第2話 冒険者ギルド

 三人は交代で休憩を取りながら見張りを行い、一夜を明かした。

 幸運なことに夜の間に魔物が現れることはなかったようだ。

 魔物が溢れている世界状況を考えると、とても運が良いといえるだろう。


 シルトが用意した朝食をしっかりと食べた三人は、目的地であるアンファングの街へ向かうために歩き始めた。 

 三人が目指しているアンファングの街というのは、世界最大の領地と権力を誇るアヴァロン王国に属する街で、アヴァロン王国領土の南西部に位置している街だ。

 街の規模としてはかなりの規模であり、アヴァロン王国の中でも5本の指に入るくらいの賑わいを誇っている。


「これがアンファングか!」


 シルトは大きな門を見ながら感嘆の声を上げる。

 三人は無事にアンファングの街に辿り着いたようだ。


 アンファングの街は大きな石の壁で外周を囲まれている。

 これは魔物の侵入を防ぐことを一番の目的としてのものだ。

 街への侵入箇所を限定することで護りやすくしているらしい。


 三人が門を潜ろうと歩いていると、


「何の用だ」


 と鎧を身に纏った衛兵に行く手を止められてしまった。

 大きな街になれば入るのにも一苦労ということだろう。

 治安のためには仕方がないのだろうが。


「俺たち、冒険者になりに来たんです!」

「冒険者か。まったく、冒険者ってのはそんなに良いものなのかね。入っていいぞ。面倒を起こさないように」


 少々投げやりな態度でシルトたちは入場を認められた。

 そんな衛兵に少しイラッとしながらも、三人は街の入り口となる大きな門を潜ると、冒険者ギルドに向かって歩を進め始める。

 歩き出す前に、衛兵に冒険者ギルドの場所を聞いてみると、「あっちだ」と面倒くさそうにしながらも教えてくれた。

 どうやら、門から続く一直線の大通りを歩いていけば辿り着くらしい。


 冒険者ギルドへと続く大通りを歩きながら三人は物珍しそうに周囲の建物や人を見回している。

 規模の大きい街だけあってかなり様々な店が軒を連ねているのだ。


「賑やかな街だな! こんなに人がいるとは思ってなかったからビックリだ!」

「そうね。ちょっと騒がしすぎる気もするけど……」


 ロゼは少し青ざめた表情をしている。


「ロゼ姉は人混みは苦手?」

「得意ではないわね……。ううん、やっぱり苦手だわ」

「まあ、誰にでも得意不得意はあるもんだしな。ほら、俺の背中にでも隠れてろよ」

「……ありがとう、シルト」


 そういうとロゼは被っている三角帽子のつばを引き下げて目深くかぶり、シルトの背に隠れるようにする。

 どうやらロゼはそうとう人混みが苦手なようだ。


「まあ、早いところ冒険者ギルドに行こうぜ!」

「そうだね!」


 シルトは明るい口調で二人を先導する。

 そんなシルトにロゼとリヒトが着いていく形で、三人は往来激しい通りを冒険者ギルドへ向けて歩き出した。


 魔物の侵攻により、この二十年の間に多くの国や街が滅びている。

 故郷を失った多くの避難民が、生活できる場所を求めて彷徨うことになり、その結果として一つの街に住民が増えてしまうという現象はここ十数年でよくあることなのだ。


 住民が増えることが悪いこととは言わないが、残念ながら職に就けない市民が多くいるのが現状だ。

 急激に増えた避難民全員に対して、王国の補償は間に合っておらず、生活に困った者たちの万引きや窃盗などの犯罪も蔓延してしまっている。

 そのため、街の一角には生活難の者が集まってスラムのようになっている区画も生まれている。

 お世辞にも治安が良いとはいえない状況なのだ。

 この現象は、大きい街であればあるほど顕著に現われる問題のため、アンファングの街では日々対策に追われているのである。


 シルトたち三人は、そんな事情を抱えているアンファングの街の大通りをしばらく歩き、ついに冒険者ギルドに辿り着いた。


「これがギルドか、でかいな~!」

「ほんとだね!!」

「……はぁ」


 感嘆の声を上げながら、シルトとリヒトが目を輝かせて冒険者ギルドの建物を眺めている。

 立派な冒険者ギルドの建物が相当お気に入りのようだ。

 確かに、宿屋が併設されていることもあり、大人な雰囲気が醸し出されている。

 シルトやリヒトからすれば少し背伸びした建物ということだ。

 まるで、大人の階段を一歩登ったような感覚を味わっているのだろう。

 そして、そんな二人を冷めた目でロゼが見つめている。

 サッパリ分からないわと言いたげな表情で。

 建物にロマンを抱くのは男だけと言うことなのだろうか。 


 流石は多くの冒険者を有しているということだけあり、冒険者ギルドはアンファングの街でも五本の指に入る大きな建物だ。

 そんな冒険者ギルドは街のほぼ中央にある。

 様々な通りと繋がっていてアクセス的に最も便利で目立つ立地だ。

 そして酒場が併設されているため冒険者以外の人も出入りしており、かなり賑わっている。

 さらに、冒険者ギルド周辺には道具屋や武器屋などの様々な店が軒を連ねているようで、冒険者ギルド周辺で全てが解決できるような街づくりだ。

 設立されて間もないはずの組織がここまでの影響力を持つというのは相当凄いことだろう。

 いったいどんな権力が働いたのだろうか。


 また、一説によれば、その街に滞在する冒険者の多さイコール街の活気に繋がるとも言われるほどだ。

 これはあながち間違いではなく、冒険者の立場が高くなっているこの時代を象徴するかのような言葉ともいえるだろう。


 そんなアンファングの冒険者ギルドを眺めながら、リヒトが知識を披露した。


「シルト兄、この街のギルドは支部なんだよ。噂では王都にある冒険者ギルド本部はもっと大きいって聞いたよ!」

「マジかよ!! いつか行きてえな!」

「うん!」

「……ふぅ」


 さらにテンションが上がっていく二人。

 それとは対照的に、徐々にイライラし始めるロゼ。


 ただ、リヒトが提示した情報は正しいものだ。

 冒険者ギルドはアヴァロン王国王都を本部としながらも、各地で噴出する依頼に極力応えるため、多くの街や国、地域に支部を作っている。

 その方が円滑に依頼がこなせるからだ。

 そして、冒険者ギルドが各地に展開されている最大のメリットとしては、各地域に冒険者ギルドがあることにより冒険者は国境を越えて自由に動くことができるということである。

 各国が抱えている騎士などは、一度違う地域に派遣しようと思うと、国家間で面倒な手続きをしなければならない。

 下手をすれば戦争の引き金にすらなりかねないのだ。

 魔物との戦いに集中しなければいけない時期に人間同士で争っている場合ではない。

 その分、冒険者というのは冒険者ギルドに加入することでそれが身分証明になるのだ。

 もちろんこれが全面的に良いことだとは言えない。

 例えば、騎士などとは違い崇高な精神など持ち合わせていないゴロツキのような冒険者たちがいることも事実であり、そういう輩が各地で問題を引き起こすこともある。

 ただ、多くの人命を優先した結果、今の体制に落ち着いているともいえるだろう。


「二人とも、早く入るわよ」


 いつまでも入り口前から動かない二人にロゼが釘を刺す。


「もうちょっといいだろ~」

「そうだよ、ロゼ姉」

「二度言わせるつもり?」

「「ごめんなさい」」


 ロゼの威圧により三人はようやく冒険者ギルドに加入登録するため館内に入った。


 冒険者ギルド内部は人がとても多く活気づいているのだが、汚さをまるで感じず隅々まで清掃が行き届いていることが一目で分かる。

 こういった建物から清潔にすることで、国民からの反応も変わってくるのだろう。

 明るい内装のエントランスには多くの冒険者が集まっており、皆明るく談笑している。

 話の内容は自慢話や、新しい依頼のことなど様々だ。

 ここにいる冒険者たちは良い雰囲気で依頼をこなしていることが窺い知れる。


 集まっている冒険者たちは性別も様々なら、手にしている武器や身に着けている防具も様々であり、騎士団などとは違い、統率された組織でないことが分かる。

 そんな多様な冒険者たちがいるエントランスの奥には受付と見られる場所があり、受付嬢と思われる格好をした美しい容姿をした女性が数人立っている。


 シルトたちはそんな館内の様子を眺めながら受付へと向かう。


「すいませーん。冒険者ギルドに登録したいんですけど」

「いらっしゃいませ! 新規の登録ですね。お三方とも登録でよろしいですか?」

「「「お願いします!」」」

「かしこまりました! では新規登録を行いますのでお名前や生年月日などの基本情報をこの登録用紙にご記入下さい!」


 三人に対応してくれたのはハキハキとした話し方で可愛らしい声のお姉さんだ。

 容姿もとても可愛くて、看板娘的な存在だろう。

 というより、他の受付や職員も美形が多いように感じる。

 冒険者のモチベーションを高めるためには、ギルドの顔となる職員もそれなりの人でないといけないのかもしれない。


 三人は受付のお姉さんの指示に従って、冒険者の登録を始めた。

 用紙を受け取った三人は記入事項に従って自分の情報を記入していく。

 そして、書き終えた紙をお姉さんに手渡すと、お姉さんは用紙の確認作業を行い始めた。


「シルト・ブラーナ様、ロゼ・ロードライト様、リヒト・スペランザ様のお三方の登録でよろしいでしょうか?」

「「「大丈夫です!」」」

「分かりました。少々お待ちください!」


 三人にニコッと微笑むと、受付のお姉さんが登録用紙の処理を行い始めた。

 事務的な作業というやつだろう。

 暫くすると処理が終わったようで、お姉さんは三人へと声をかける。


「では、情報の仮登録が完了しましたので、お三方には本登録に進んで頂きます!」

「本登録ですか?」

「はい! こう言ってはなんですが、最近では冒険者で一攫千金という夢を追う無謀な方たちが増えていまして……。冒険者はそんなに甘い仕事ではありませんし、少しでもそういった実力の無い方の犠牲を減らすために試験を課すことになっているんです。その試験を乗り越えれば晴れて冒険者ですよ!」


 近年冒険者の犠牲が増えているという現状を打開するために、国とギルドが協議した結果、ギルド加入本登録をするためには一定以上の実力を示すことが必要というルールを制定した。

 従って、ギルドに加入するためには試験を受けなければいけないのだ。

 その試験の内容は、低ランクの魔物の討伐が課されることが多くなっている。


「皆様にお受けいただく試験は、スライム五体の討伐です! 頑張ってくださいね!」


 シルトたちに課された試験は、低ランクの魔物に分類されているスライムの討伐になった。


 スライムと呼ばれる魔物は世界中で数多く見られる個体だ。

 知能はそこまで高くなく、攻撃力も恐れるほどではないため、低ランクの魔物として登録されている。

 しかし、スライムだからと侮ると最悪の結末を迎えることになってしまう。

 スライム状の体は打撃攻撃を通しづらく、また群れで行動することも多いため、数で押されてしまうとあっという間にスライムに取り込まれて消化されてしまうのだ。

 おそろしい話である。

 なので、世界中でも数の多いスライムを討伐するだけの実力を持つということは、冒険者としてのボーダーラインとも言えるのだ。


 依頼を受けた三人の表情はやる気に満ちている。


「スライム五体の討伐か、サクッと済ませちまおうぜ!」

「油断しないの」

「そうだよシルト兄、スライム相手でも気を引き締めないと」

「分かっちゃいるんだけど、早く冒険者になりたくてさ!」

「いつまで経っても子供みたいなんだから」


 シルトの、子供のようにワクワクしている言動にロゼはクスッと笑う。


 こうして三人は冒険者になるため、スライムの生息地へと歩を進めるのである。

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