第一章 初心者冒険者編
第1話 始動
「ロゼ~、リヒト~、まだ目的の街に着かねえの~?」
「うるさいわね! 黙って歩きなさい」
「ロゼ姉言いすぎだよ……シルト兄ももうちょっとだから頑張ろう! ねっ!」
街と街を繋ぐ街道を、話しをしながら歩く三人組がいる。
構成は男性二人に女性一人。
見た目はまだまだ幼く、二十歳にもなっていないだろう。
言い合いをしているようにも見える三人だが、雰囲気は和やかで、そこから三人の関係性が窺える。
仲良しなのだろう。
三人の容貌は美男美女といえるだろう。
まず一際目を引くのは、長身の男性だ。
整った顔立ちに短めのブロンドの髪をセットしている。
美しい青色の瞳も相まって、まるでモデルのような出で立ちだ。
そしてなにより、武器として槍を携えていることに目が行く。
彼がシルトと呼ばれた男性だ。
二人目は可愛らしい女性だ。
身長はこの世界の平均身長より少し高いくらいであり、長めの赤みがかった髪が特徴的だ。
スタイルも悪くない。
むしろ出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという理想的なスタイルだろう。
そして一人目の男性と同じく彼女も目に特徴がある。
真っ赤なルビーのような目をしているのだ。
そして、魔術師特有の武器である魔法の杖を持っていて、三角の帽子を被っている。
彼女がロゼと呼ばれた女性だ。
最後の一人は、三人の中で最も幼い見た目をしている。
見た目だけではなく、年齢も一番幼い。
身長も小さめで、髪型は短めの茶髪である。
腰には剣を携え、左手には小ぶりな盾を装着している。
彼がリヒトと呼ばれた少年である。
三人が武装をしていることから、この世界は物騒なことが分かるだろう。
一昔前はこの街道は平和そのもので、よほど武装する必要などなかった。
しかし、二十年前にこの世界の情勢は急激に変わってしまったのだ。
鉄壁を誇っていた城砦国家が魔物の大軍勢に滅ぼされたのである。
この世界は魔物が住む領域と人間が住む領域に分かたれていた。
それは、城塞国家が魔物の侵攻を防いでいたからなのだ。
長年に渡って魔物から世界を守り抜いてきた城塞が打ち崩され、世界中は混乱に陥った。
魔界に抑えられていた魔物たちが世界中に溢れ出したのだ。
今となっては、どこの国のどの地域でも魔物による被害が後を絶たない。
そんな殺伐とした時代背景を抱えているのである。
そんな危険と隣り合わせの街道を歩いている三人だが、シルトはチラチラと辺りを見回すと、フワ~ッと一つ欠伸をした。
そしてロゼとリヒトに言葉を掛ける。
「さっきから魔物も出ないし、俺たち運がいいのかもな」
「そうやってすぐ油断する。あなたの悪いところよ」
「そうは言うけどな、魔物の気配がないのは事実だろ?」
「何よ。私が間違ってるって言うの?」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。これから、冒険者になるんだから集中する時とそうじゃない時を使い分けないとね!」
シルトとロゼは些細なことで意見が対立する。
それを取り持つのがリヒトの役割のようだ。
最年少のリヒトが一番大変な役割を担っているということになるが、もはや慣れているといった感じである。
殺伐とした時代背景の影響もあり、近年では新しい職業として冒険者というものが誕生した。
「冒険」者とは名ばかりで、実際は魔物を倒すことがメインの仕事になるのだが、人気のある職業である。
冒険者は、なろうと思えば誰でもなれる職業だ。
現状、各国の防衛隊や騎士団だけでは国中の魔物による被害を抑えることは難しい。
そのため、民間の団体として冒険者は誕生したのだ。
初めは力のある一般人が有志で魔物を討伐していた、いわば自警団が冒険者の始まりだった。
しかし、報酬なし、装備や消耗品は自腹、という条件では強い魔物はもちろんのこと普通の魔物に挑むものもいるはずがない。
このままでは国は荒廃の一途だということで、魔物を倒して欲しければ依頼を出して金銭を払うこと。
そして、依頼達成者には国から追加で報奨金を出すということになったのだ。
国としても報奨金を出すことには反対意見も多かったようだが、偶然の産物で、魔物の器官の一つである”核”が魔力を帯びている価値のあるものだと判明したのだ。
そのため、魔物の核を持ってくることで魔物を討伐したことの証明とすることにし、回収した核の売り上げを報奨金に回すという意見で纏まったらしい。
今では冒険者ギルドというものが世界中に設立され、冒険者になりたいものは冒険者ギルドで登録をすることが義務化されている。
冒険者は、国からの命令通りにしか動けない騎士団とは違い、自由に動けるため非常に助かっている地域が多い状態だ。
騎士団は国の中枢を主に警護するため、辺境の村などは滅ぶばかりなのである。
冒険者を雇うには、もちろん依頼料を支払う必要はあるのだが、命には代えられない。
そのため、冒険者の評価は割と高くなっていて、世間での地位を確保したと言えるのだ。
そして冒険者とは実力次第でいくらでも稼ぐことのできる職業である。
そのため億万長者も夢ではない。
実際、かなりの額を稼いでいる者もいるのだ。
しかしその反面、夢を追いかける者たちは毎年多くの命を散らしている。
実力がない者は淘汰されていく、そんな厳しい職業なのである。
もし、ちゃんとした訓練を積んでいれば多くの人の助けになったであろう若者たちが早熟なうちに死んでしまうという現状が問題視されることもあるのだが、如何ともしがたい状態だ。
「早く冒険者になりたいよな~!」
「まあ、そうしないとお金が尽きちゃうし」
「冒険者か~、ワクワクするね!」
「ああ! ロマンだよな!」
「何よ、ロマンって。私たちはロマンじゃなくてお金を求めてるの」
「分かってないんだな、ロゼは。可哀そうに……」
「どういうことよ!」
現在街道を歩いているシルト、ロゼ、リヒトの三人も時代の流れに乗り、冒険者になるべく冒険者ギルドのあるアンファングという街を目指しているところだ。
冒険者ギルドは各地に設置されているため、近場の街で登録できることも人気の一因だろう。
「冒険者ギルドってどんなところだろうな?」
「ただの施設でしょ?」
「酒場とかがくっついてて結構大きいって聞いたよ!」
「酒場か! 楽しみだな~。酒ってまだ飲んだことないし、美味いのかな? ロゼ、一緒に飲んでみようぜ! リヒトはジュースな!」
「はいはい。口よりも足を動かしなさい」
「そんなこと言って、ちょっと楽しみそうな顔してるぜ!」
「してないわよ!」
「いつも通りだね、二人とも……」
子供のように言い争う二人を見ながら、最年少のリヒトは苦笑いするのだった。
冒険者になることに胸を躍らせながら、街に向け意気揚々と歩いていた三人だったが、すでに日は傾いており辺りは徐々に暗くなってきている。
三人が歩いている街道は簡素な道のため、街灯のようなものがほとんどなく夜になると見通しが悪くなってしまう。
さらに、夜になると魔物の数が増え活発になるため、下手に進むよりも焚火などを焚いていた方が安全なのだ。
なぜなら魔物は火を嫌うものが多いからである。
「暗くなってきたし、そろそろ野営の準備をしなきゃだね」
「リヒト! さっき次の街まであとちょっとって言わなかったっけ? お兄ちゃん嘘はキライだよ!」
「あの時は、ああ言わなきゃシルト兄が動いてくれないと思って……」
「リヒトは悪くないわ。そもそも次の街までどれくらいか把握してないあのバカが悪いのよ」
「うぐっ……」
シルトは核心を突かれたように声を詰まらせる。
「ほら、ボーっとしてないで脳筋は手を動かして野営の準備しなさい」
「……わかりました」
ロゼの辛辣な態度にシルトはすっかり落ち込んでしまったのか、黙々と野営の準備を進めていく。
シルトが野営道具を広げ、手際よくテントを張り終えたところで、
「火種になりそうな木の枝とか草とか集めてきたよ!」
「ありがとうリヒト! 誰かさんと違って言わなくても動いてくれて助かるわ」
「なんで俺の方を見るのかな、ロゼさん」
「僕はたいしたことしてないよ。シルト兄がいつも力仕事してくれてほんとに助かってるんだ、ありがとね!」
「リヒト……いつの間にそんなにフォローが上手くなって……兄ちゃんその言葉に救われるよ」
感極まった様子のシルトがリヒトを抱きしめる。
その様子を見たロゼはやれやれといった表情を浮かべている。
「いつまで寸劇やってるの。リヒトが集めてくれた火種に火を点けるから二人とも下がって。『―― イル ――』」
ロゼが魔法を詠唱すると、集めていた火種に小さな火柱が立ち、瞬く間に燃え始めた。
どうやら炎魔法を使用したようだ。
「いつ見てもロゼの魔法は凄いよな~。俺も魔法は使えるけど、ロゼの場合は魔法名を言うだけでほとんど無詠唱に近いだろ? 見習わないとな~」
「……これくらい普通よ。さっきのは低級魔法だから。もっと上のランクの魔法になればこうはいかないわ」
シルトは普段から見慣れているロゼの魔法に改めて感嘆の声を上げている。
そんなシルトからの素直な称賛を聞いたロゼの頬は焚き火のせいなのか照れているのか、ほんのり赤く染まっていた。
「シルト兄、ロゼ姉! 今日の晩ご飯は誰が作る?」
焚火の炎が安定したころ、リヒトが二人に問い掛ける。
三人はとある場所でずっと一緒に育ってきており、この旅を始める前までは当番を決めてご飯を作っていたのだが、旅を始めてからのご飯当番はまだ決めておらず、ここ数日は立候補やじゃんけんなどで決めていた。
一応三人とも料理はできるということだ。
実力には大きな差があるのだが。
「俺に任せとけ、美味いの作ってやる!」
「やった! 僕、シルト兄の料理大好きなんだ!」
「いいの?」
「おう! 俺も役に立つところを見せとかないとな!」
先ほどの名誉挽回と言わんばかりに堂々と料理担当に立候補したシルトは手際よく料理の準備を始める。
「リヒト、明日には街に着くか?」
「今日と同じペースで行けば明日の昼ごろには着くと思うよ!」
「それなら、持ってきた食材は使い切っちまうか! これから冒険者になるんだ、豪勢に行こうぜ!」
そう言うと、慣れた手つきで野菜や果実、干し肉などを捌き、数種類の美味しそうな料理を作り上げていく。
具材たっぷりの温かいスープにサラダ、サンドイッチなど栄養のバランスとお腹をしっかりと満たしてくれる内容だ。
「さあ、完成だ! あったかいうちに食うぞ!」
「「「いただきます!」」」
食前の挨拶を三人仲良くすると、出来立ての料理を頬張る。
「美味しいよシルト兄!」
「そうだろ~。ロゼはどうだ?」
「……美味しいわよ」
「へへっ! 口に合って良かったよ!」
リヒトとロゼの口にはシルトの料理はしっかりと合うようだ。
いつもは言い争いになるロゼでさえ称賛の言葉を贈るのだから、ロゼの胃袋はすでに掴まれているということだろう。
シルトの料理は見た目もさることながら味も申し分なく、そして量もしっかりとお腹を満たしてくれるようで、三人はパクパクと食事を取っている。
「「「ごちそうさまでした!」」」
談笑しながらの楽しい食事を済ませた後、三人は寝る準備を始めた。
「今日の見張りは俺がやるわ!」
誰に聞かれるでもなくシルトがそう言った。
魔物が出る街道で三人とも寝床に着くのはかなり危険な行為だ。
寝込みを襲われれば弱い魔物が相手でも命の危険だある。
そのため見張りというのは必要不可欠な仕事というわけだ。
「それは悪いよ! シルト兄には晩ご飯も作ってもらったし、僕がやる!」
「私がやるわ、二人は野営の準備頑張ってくれたから」
意外にも全員が見張りに立候補している。
見張りなど普通はやりたがらない役割であるはずなのだが。
三人はお互いを思いやる優しさを持ち合わせているようだ。
そんな三人だからこそ、ずっと一緒に生活してこれたのだろう。
「いいって、俺がやるから! リヒトはちゃんと寝ないと身長伸びないぞ。ロゼも夜更かしは美容に悪いからな」
しかし、シルトはそう言うと頑なに譲らず二人を強引にテントに押し入れる。
ロゼとリヒトは抗議していたが、シルトの強引さに諦めたのか、
「交代の時間になったら起こして」
と言い残すとテントの中で休み始めた。
シルトは二人が眠ったことを確認すると焚き火のそばに座り、体を暖めながら周囲に気を配り警戒し始めた。
しばらくの間、周囲の警戒していたシルトだが、魔物などの気配は感じられなかったため肩の力を抜き、ふと空を見上げた。
空には綺麗な満月が昇り地上を照らしている。
「俺たちの旅もこの満月みたいに光に満ちているといいなぁ」
満月に手を伸ばしながら呟く。
三人の旅は始まったばかりなのだ。
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