プロローグ02 崩れ逝く壁の中で

 この国はバスティオン皇国。

 数千という年月をこの場所で過ごした歴史ある国だ。

 この国に課せられた使命は人類を護ること。

 堅牢な城壁を有するその国は日々魔物との戦闘を行っていたのである。


 そして、この国はかつての友好の証明でもある。

 今となっては冷え切った関係にある人間と亜人。

 かつて、魔王との大戦時には手を取り合って戦っていたのだ。

 人間の技術では作れない堅牢な城壁は獣人が資材を運び、ドワーフにより組み立てられ、エルフの加護を与えられたもの。

 そして、世界を守護するのが人間の仕事だった。


 そんな平和の象徴も今は崩壊の一途を辿っている。

 火に包まれ、魔物による蹂躙をただ茫然と見ているものがいる。


「なぜ今更になってこのようなことが……」


 ポツリと呟いたのは現国王その人だ。

 凄まじい数の魔物がすでに壁を越えてきている。

 もはや打つ手立てはない。


「国の歴史に泥を塗ってしまった。私は何という愚王なのだ。あの子の話しに耳を傾けていれば……」


 国王の胸中は後悔で一杯になっていた。

 魔物の様子がおかしいことは兆候として表れていたのだ。

 分かっていながら敢えて対応しなかったのは傲慢さゆえだろう。


「お前だけでも逃げおおせてくれ……」


 そして国王は、娘のことを思う一人の父親だった。

 すでに、兵士に娘を連れて逃げるように命を下している。

 今頃国外に出ていることだろう。

 魔物が溢れた世界で平和に暮らせるとは考えづらい。

 それでも、娘を護りたいと思うのは親心なのだろう。


「もうすぐ魔物が城に辿り着くな……」


 城下が徐々に静かになってきていた。

 先ほどまでは、爆発音や破壊音、そして国民たちの悲鳴が聞こえていたのだが、かなり落ち着いたように感じられる。

 おそらく、国民たちはもうこの世を去ったのだろう。


「すまない……民たちよ」


 国王は届かぬ謝罪を口にする。


 そのとき、ガチャッと音を立てて扉が開いた。

 虚ろな目で窓から外を眺めていた国王も、反射的に扉の方に目をやる。

 そして、扉を開けたものの正体に驚愕するのだった。


「貴様は……何者だ」


 扉を開けて入ってきたものは、体のシルエットこそ人間に近いものを感じさせる。

 二本の足に二本の手、二足歩行で顔立ちも人間のようだ。

 しかし、明らかに人間でなければ亜人でもない。

 背中には翼が生えており、頭には角のようなものもある。

 目はどこまでも吸い込まれそうな黒。

 最適な名称を付けるならば、魔人、というのがしっくりくるだろう。


『お初にお目にかかる、人間よ。私は名をアガリアレプトと言う』

「何の用かね」

『言わずとも分かっているであろう?』

「……分からんね」

『そうか、分からないか。人間とはもっと知的な生物かと思っていたが、どうやら思い違いだったようだ。仕方がないから教えてやろう。我らが望むことは世界を手中に収めることだよ』

「なぜ、今更になってそんなことを」

『そんなものは、今が好機と思っただけだ。どうやら人間は平和ボケしているようだからな』


 国王は歯を噛みしめるしかなかった。

 アガリアレプトと名乗る魔物の言う通り、平和に慣れ過ぎていたのが事実だからだ。


「貴様が魔王というやつか!?」

『好きに呼ぶが良い。名称などどうでもよいことだからな』


 国王の頭には数千年前の魔王と勇者の伝説が思い浮かんでいた。

 国王の知る魔物とは、ここまで知的ではない。

 何も考えず城壁に突っ込んできては、国の防衛隊に殺されるという存在なのだ。

 それが、ここまで知的でなおかつ人間とコミュニケーションが取れるなど、伝説上の魔王しか考えられないのである。


 魔王の再臨。

 それは、世界の破滅を意味することだ。

 どうやら破滅するのはこの国だけでは済まないらしいと国王は悟った。


『では、そろそろご退場願おうか。我らが目指す世界に貴様の居場所はないからな』


 アガリアレプトは冷淡な声でそう述べると、国王に向けて攻撃を放った。

 軽く放たれた攻撃はいとも容易く国王を殺したのだ。


 死ぬ間際に国王が考えていたことは、一つの願いだった。


「勇者よ……目覚めてくれ。そして、世界を救ってくれ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る