第3話 エンゲージ

 ‶ブロッケン警報が発令されました。繰り返します。ブロッケン警報が発令されました。今すぐ地下シェルターに避難してください″

 ストリート内の至る所に設置された、さっきまで華やかなCMやアトラクションの待ち時間等の情報を流していたモニターの映像がシェルターへの避難誘導のそれへと切り替わっていく。

 だが、人々はそんなものには目もくれず、各々の携帯端末を見ていた。

 に映し出されたのは、北極のヘルゲートと、それを囲むエンジェルハイロウを捉えた映像だった。

 ヘルゲートの表面を無数の波紋が埋め尽くしたかと思うと、全ての波紋の中心から鋭い槍が伸びて、エンジェルハイロウを串刺しにしていた。

 あっけなく砕け崩れ落ちる天使の輪。

 そして一瞬にして膨れ上がった黒球から異形の怪物が姿を現した。

 は、黒い球体の全身を埋め尽くすように鋭い槍が伸びる、ウニのようなブロッケンだった。

 しかし、それでもストリートを埋め尽くす人々は、まるで他人事のように、そして食い入るようにその映像を見つめていた。

 それは、一度もブロッケンの襲撃を受けたことがない人たちにとっては、まだ対岸の火事に過ぎなかったのだ。

 その時だった。

 ブロッケンの全身から伸びる棘が槍のように伸びて、周りを囲む壁と、その上から砲撃を浴びせていた砲台を串刺しにしたかと思うと、突如としてブロッケンの周りに黒い円盤状の物体が次々に出現し始めた。

 いや、それは出現したのではなかった。

 空間に穴が開いていたのだ。

 さほど大きくない黒い穴。

 それが、空中に浮かぶブロッケンをぐるりと囲むように全方位に次々に現れたかと思うと、全身の槍が突き出るように伸びて、その黒い穴の中に吸い込まれるように消えて行った。

 そして、は起きた。

 マイたちの遥か頭上の空間に幾つもの黒い穴が開き、そこから巨大な黒い槍が飛び出して来て、ミルキーウェイストリートの大地に次々に突き立てられたのだ。

 そしてそれは、ここだけの出来事ではなかった。

 黒い穴はガリレオの至る所に、いや、それだけではない。

 同じ物が世界中に出現し、そこから姿を現した巨大な槍が人々が暮らす世界中の都市に突き立てられていた。

 そう。この4年で月に避難出来た人の数は、全世界で50万人にも満たず、大多数の人が地球での生活を余儀なくされていたのだ。

 〝ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ″

 轟音と共にお店の天井が崩れ落ちた。

 その瞬間、マイの眼前に黒い巨大な壁が突き立てられ、今の今まで彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた女性店員がお店ごと消えていた。

 それは、北極のブロッケンが突き立てた槍の先端だった。

「みんな早くシェルターへ避難して。すぐ横の大通りに入り口があります」

 マイが叫ぶ。

 その時だった。

 ミルキーウェイストリートに、いや、ガリレオの、そして世界の至る所に突き立てられた無数の巨大な槍の、その表面を覆う巨大なうろこが一斉に起き上がったかと思うと、全方位に向けて撃ち出されていた。

 〝ドガっドガっドガっドガっドガっドガっドガっドガっドガっ″

 車イスに乗ったマイが、壁だけになったお店から出るのと、その壁を打ち砕いて、巨大な鱗が四方八方に撃ち出されたのがほぼ同時だった。

 建物の壁や、ファーストフードを売る屋台に大きな鱗が次々に刺さっていく。

 そして、辛うじて生き延びた人たちは見た。

 巨大な鱗が大型のSUVほどもあるサソリのような姿に変形していくのを。

 人間など一掴みで切断できるほど巨大で鋭利な2対のハサミ状の爪。

 どんな複雑な地形も走破する6本の多関節の脚。

 そして、その後ろには、縦横無尽に動き回る長い尻尾があった。

 しかもその先端には鋭利は鈎爪を持つアームがあり、その中心から鋭く尖った槍のような巨大な針が飛び出していた。

 ハサミや脚や尻尾が動く度に、漆黒の鎧のような外皮がスライドし、その隙間から黄色い炎がこぼれるように垣間見える。

「ブロッケン」

 マイが呟く。

 そう、サイズはかなり小さかったが、それはブロッケンそのものだった。

 異形の怪物は、ごみ箱の中に逃げ込んだ人を巨大なハサミでごみ箱ごと切断し、壁の向こうに隠れた人を、尻尾の先の槍で壁ごと貫いて殺していく。

 そして、その間にもブロッケンは更なる追い討ちをかける。

 全ての鱗を撃ち尽くした槍が大地から引き抜かれ穴の中に消えたかと思うと、それと入れ替わるように、別の穴から新たな槍が姿を現し、大地に突き立てられ、そこからまた、数えきれないほどの鱗が撃ち出されていく。

 さっきまで笑顔と笑い声が溢れていた場所が阿鼻叫喚の地獄に変わっていく。

 そんな中を、幼い我が子を抱いて逃げ惑う母親がいた。

 彼女は、パニックになって逃げ惑う人の波にもみくちゃになりながらも、何とか最寄りのシェルターの入り口にたどり着いていた。

 だが、何故か人々がシェルターの入り口からこちらに、死に物狂いの形相で逃げて来る。

 そして彼女は見た。

 地下シェルターへと続く階段を、1体のブロッケンが上がってきたのだ。

 逃げなければ殺される。

 だが、あまりの恐怖に、彼女は泣き叫ぶ我が子を抱きしめたまま、身動きひとつとれずにいた。

 〝ドガっ″

 そして、間髪入れず巨大なハサミが振り下ろされ母子を圧し潰した。

 いや、2人は無事だった。

 その直前、誰かが2人を突き飛ばしたのだ。

 それはマイだった。

 彼女は逃げ惑う人々を誘導しここまで来た。

 だが、間近に迫るブロッケンの恐怖に皆途中で散りじりになってしまい、ここまでたどり着いた時には彼女だけになってしまっていた。

 そして、今まさに母子がブロッケンに襲われるのを目撃した彼女は、そこに車イスを突っ込ませ、その勢いのまま2人を抱きかかえるようにジャンプしていた。

 巨大なハサミに粉砕されたのは車イスだった。

 ハサミが車イスから引き抜かれ、ブロッケンがマイたちの方を向いた。

「逃げて」

 マイは小さな声でそう言うと、近くに転がっていた鉄パイプのようなものを握り、それを支えにして何とか立ち上がった。

 全身がガクガク震え、顔が苦痛に歪む。

「私が囮になります。その間にシェルターの中へ」

 満身創痍の少女のものとは思えぬその言葉に戸惑いながらも何とか立ち上がろうとする母親。

 だが、脚が動かなかった。

 あまりの恐怖に腰が抜けてしまっていたのだ。

【ギニャ~~~っ】

 雄叫びをあげブロッケンが襲い掛かって来た。

 それに鉄パイプで立ち向かうマイ。

 〝グジャっ″

 何かが串刺しにされる音が響いた。

 そして、鉄パイプを紙のように切断し、マイのすぐ脇をかすめて、巨大なハサミが大地に突き刺さっていた。

 見ると、ブロッケンの身体はランスによって地面に串刺しにされていた。

 巨大なサソリの、鎧のような身体が崩れ落ちていく。

 すると、ランスが黄色い炎を噴き出す太陽のような塊を刺し貫いているのが見えた。

 それは、かなり小さかったが、間違いなくブロッケンのコアだった。

「大丈夫ですか?」

 声が聞こえて来た方を見上げると、ランスを投げたスーツが降りて来るのが見えた。

 ダイバーズ・ギアのコックピットがパワードスーツになっているのは、このような事態に対応するためでもあったのだ。

 そして、それが始まりの合図でもあったかのように、通路や搬入口から、凄まじい数のパワードスーツが姿を現し、異形の怪物たちとの混戦状態へと突入していった。

「敵は私が防ぎます。あなたたちは今すぐシェルターの中へ・・・」

 〝ドガっ″

 その刹那、スーツを装着した兵士の言葉が途切れた。

 彼女は、目にも止まらぬ速さで直上から飛んできたドリルミサイルのような形をしたブロッケンに空中で串刺しにされ、マイたちの目の前で大地に激突していた。

 その衝撃ではじけ飛んだスーツのパーツが、血しぶきと共にマイたちに降り掛かる。

「早く逃げて」

 マイが母子の方を見てそう叫んだ。その瞬間、彼女は信じられないぐらい長く伸びた巨大な尻尾の先に全身を横殴りされてはじけ飛び、建物の壁に激突していた。

 それは、ドリルからサソリとスズメバチが融合したかのような姿に変形したブロッケンの仕業だった。

 そして、まばたきする間も与えず、尻尾の先の鋭い槍で母子を串刺しにしていた。

「!!」

 いや、その瞬間、母子はまた突き飛ばされていた。

 咄嗟に我が子を庇いながら大地に倒れた母親がそちらを見ると、自分たちが居た場所に、こちらを向いて立つ1人の少女の姿があった。

 それは、ブロッケンに横殴りにされたはずのマイだった。

 そして、彼女ののあたりから、巨大な注射針のようなものが飛び出ていた。

 彼女の腰のあたりに、ブロッケンの尻尾の先の鋭い槍が突き刺さり、その身体を貫通していたのだ。

「いや~」

 幼子を抱いたまま母親が手を伸ばしマイを掴もうとする。

 ‶ガチャンっ″

 だが、彼女の指先がマイに届くより尻尾の先のアームが閉じ、マイを挟んだままそれを大きく振って、ブロッケンが迫って来た。

「・・・っ、ぐっ、げほっ、うぇぇっ」

 全身が砕けたかと思えるほどの衝撃と、刺し貫かれたままの腹部を襲う息も出来ないほどの激痛に襲われながらマイは吐血していた。

「くっ」

 尻尾の先のアームが閉じマイの身体を挟み込む。

 だが、彼女はされるがままだった。

 身体がバラバラになったかのようにピクリとも動かない。

 そんな彼女の視線に映ったのは、自分を捕獲したブロッケンが、あの母子に迫り行く姿だった。

「や、やめろ~~っ」

 マイは自分を挟むアームをこじ開けようとしたが、ビクともしなかった。

「クソ、離せ」

 そこで彼女は気付いた。

 自分が何かを握っていることに。

 はさっきブロッケンに串刺しにされ、大地の激突したパワードスーツから飛び散った物の中の1つだった。

 マイはブロッケンに横殴りにされ壁に激突した直後、母子を助ける為に起き上がった。

 その時、大地に突いた手の場所に偶然あったを無意識に握っていたのだ。

 それを握ったままスイッチを押すと、折りたたまれていた刃が伸びて帯刀のようになった。

 刃の部分に青白い光りが走るのが見える。

 それは、電磁ソードだった。

 マイは腹部の傷口が開き、血が噴き出すのもお構いなしに、身体を思いっ切り捻り、帯刀を背後にいるブロッケンの尻尾の、黄色い炎が揺らぎ見える関節の隙間に突き刺した。

【ギニャァァァァ~~~~~~っ】

 尻尾の先を斬り落とされ悲鳴をあげるブロッケン。

 その刹那、彼女を挟んでいたアームは崩れ落ちていた。

 が、みぞおちに刺さった槍だけはそのまま残っていた。

 それでもマイは攻撃の手を緩めなかった。

「やめろ~~っ」

 ソードでブロッケンのハサミを弾くたびに、腹部を貫く槍を伝って滴る血が激しく飛び散る。

 だが、今の彼女は怒りが痛みを凌駕していた。

 しかし、その間にも尻尾が再生していくのが見える。

「くそっ」

 マイはハサミの波状攻撃を掻い潜り、その1つを斬り落とした。

 が、次の瞬間。返す刀で斬り落とそうとしたもう1つに、刃を受け止められてしまっていた。

「しまっ・・・」

 〝ドゴっ″

 それはまさにトドメの一撃だった。

 再生し、ハサミをも上回る巨大なハンマーと化した尻尾の先がマイの身体を横殴りにしていた。

 ‶バキバキバキっ″

 体中の骨が砕ける音がして、マイは再び背中から壁に叩き付けられていた。

「がはぁ」

 地面に仰向けに落ちた彼女は全く動くことが出来ず、ただ血を吐き続けていた。

 だが、それでもその手はソードを離してはいなかった。

 ‶ぐしゃ″

 それは、ソードを握る彼女の腕をブロッケンが踏み潰した音だった。

「・・っぁああ」

 声にならない声をあげるその顔目掛けて巨大なハサミが振り下ろされた。

 グサっ。

 次の瞬間。

 ハサミの先端がマイの頭を挟む格好で地面に突き立てられていた。

 そして、ブロッケンはバラバラになりながら崩れ落ちていた。

 残されていたのは、黄色い炎を噴き上げるコアと、それを刺し貫く槍のような針だけだった。

 ハサミが振り下ろされた瞬間、マイが自分のみぞおちからを引き抜き、ブロッケンはに突き刺していた。

 目の前でパワードスーツのランスがブロッケンのコアを刺し貫くのを見た彼女は、それまでの実戦経験からコアがどのあたりにあるのかが分かっていたのだ。

 マイは動くことも出来ず、そのまま寝転がっていた。

 もはや見る影もないほどボロボロになった白い寝間着の腹部の辺りから赤い染みがどんどん広がっていく。

 頭上をいくつものパワードスーツやブロッケンが行き交うのが見える。

 だが、ブロッケンがマイに襲い掛かることも、パワードスーツが救助に来ることもなかった。

 それは、端から見れば自分はもう助からないということなのだと彼女は悟った。

 だが、それでもマイは諦めてはいなかった。

「いやだ。こんなんで、こんな所で死ねない。あいつらを根絶やしにするまでは・・・」

 が、意識が遠退いていく。

「お~い」

 その時だった。

 突然。そう、あまりに突然にその声は聞こえた。

 我に返ったマイが目を開けると、目と鼻の先に自分を見つめる顔があった。

「お前、すごいな。ブロッケンを生身で倒した人間なんて初めて見た」

 それは、小麦色の肌にショートカットの髪と大きな瑠璃色の水晶のような瞳が可愛いとしかいいようのない美少年、いや、美少女だった。

 アスリートの如く鍛え上げられた長身に、紺色の袖なしワンピースという出で立ちの少女は、こんな状況下にあるにも関わらずマイに興味津々の様子だった。

「ねぇ」

 少女がマイの耳元で囁く。

「あいつら倒したい?」

 少女が柱のようにそそり立つ槍を見ながらマイに視線を送る。

 ‶こくっ″

 マイは小さくうなずいた。

「よし」

 少女はニコっと笑うと、跳ねるように起き上がった。

 そこにブロッケンが襲い掛かる。

 ‶バギっ″

 ドゴォっ。

 巨大なハサミが振られると同時に、弾き飛ばされたが、柱のような巨大な槍に叩き付けられていた。

「み~つけた」

 そう言ったのは、ハサミに殴り飛ばされたはずの少女だった。

 そう。殴り飛ばされたのは少女ではなくブロッケンの方だったのだ。

「きゃ~~~~~~っ」

 その時、か細い叫び声が聞こえた。

 その主はさっきの母親だった。

 彼女はブロッケンに囲まれていた。

「来い、ハーケリュオン」

 少女はそう言いながら駆け出すと、母子に襲い掛かろうとするブロッケンの間を流れるような動きですり抜け、2人の前に立っていた。

 それだけではない。

 彼女はその肩にマイを担いでいた。

「もうダイジョウブだよ」

 そう言いながら泣き叫ぶ幼子の頭を優しく撫でる。

 その瞬間。

 周りを埋め尽くすブロッケンの身体から破裂するかのようにコアが飛び出し、次々に崩れ落ちていた。

 そして少女は、何事も無かったかのようにシェルターのインターホンに話しかけた。

「もしもし、えっと、あの~中に入れて」

 なんともたどたどしく言葉を紡いで話す少女。

 ‶ガチャンっ″

 その時、分厚い扉が、人ひとりがやっと通れるぐらい開いた。

「よし。早く行って」

 少女は母親の背中をそっと押した。

 幼い我が子を抱いた母親は、押されるままに扉の奥に駆け込んだ。

 そしてマイたちの方を見た。

 それは、手を伸ばし、マイを担ぐ少女の手を引っ張るためだった。だが、

「もういいよ。早く閉めて」

 少女はそう言い残すと、マイを担いだまま階段をジャンプで駆け上がって行ってしまった。

「え?ちょっと待って」

 ‶ガチャンっ″

 母親の必死の呼びかけを掻き消すかのように扉が閉じられた。

 その時だった。

 隔壁が紙のようにあっけなく貫かれ、1機のギアが姿を現した。

 自らの身長をも上回る巨大なランスを手に持つそれは、少女とマイのすぐ近くに降り立つと、腰を下ろし片膝を大地に着けた。

「・・・あ」

 マイはその姿に見覚えがあった。

 全身を覆う重ね合わせた黒い装甲。

 額から突き出た2本の鋭い角と、赤く光る4つの目。

 それは、南極でマイたちを助けてくれたあの漆黒のギアだった。

 だが、その姿は前に見た時とは違っていた。

 全身の装甲の隙間と、何よりその胸の中心に開いた穴から噴き上がっていた赤い炎が見えなかったのだ。

 それは、見えないというより、炎が消えてしまっていると言ったほうがいいかもしれない。

 だが、それでもその全身から放たれる威圧感は凄まじく、その姿を見た途端、小型のブロッケンたちが散りじりに逃げていく。

「よし、いくよ」

 少女が肩に担いだ瀕死のマイに話しかけた。

 その時だった。

 ‶ビ~、ビ~、ビ~っ”

 マイの耳のインカムが鳴った。

 だが、マイは到底受け答えなど出来るはずもない。

 少女はマイの耳からインカムを抜き、自分の耳にはめた。

「もしもし?」

「あなた、自分が何をしようとしているか分かってるの?」

「あ、もしかしてサンドラ?」

 だが、その声の主は少女の問いかけを無視して言葉を続けた。

「今すぐ止めなさい。その子は医療班にまかせて。

 聞いて、最高評議会がブロッケンに対してトールハンマーの使用を許可したの。このままだと北極が炎に飲み込まれるわ。その前にブロッケンを倒して」

 物凄い剣幕でまくし立てる声と共に、インカムから眼前に映像が投影される。

 そこに映し出されたほは、北極上空に静止する攻撃衛星に装備された超々高出力レーザー砲〔トールハンマー〕にエネルギーが充填されていく様子だった。

「それ無理」

「え?」

 少女は平然と放ったその一言に、インカムの向こうの相手は言葉を失った。

「今のままじゃハーケリュオンでもムリだよ」

 その時、北極のブロッケンの真上に大きな黒い穴が出現した。

 それに向けて伸びる巨大な槍がその穴の中に吸い込まれていったかと思うと、攻撃衛星の直下に黒い穴が開き、そこから飛び出した槍が、トールハンマーごと衛星を貫いていた。

を倒すにはこの子が必要なんだ」

「何を言ってるの?その子が運命の人だっていう根拠はなに?」

「カン」

「は?」

「カン、直感だよ」

「あなた正気・・・」

 そこで通信は切れた。

 少女は耳からインカムを抜き、捨てていた。

 そして、マイを担いだままギアの機体を駆け上がり、胸の中心に開く穴の中に躊躇することなく飛び込んでいた。

 穴の入り口には見えない壁のようなものがあるらしく、2人がそこに入った瞬間、ガリレオの中枢にある司令室もモニターに映る、マイの反応が消えていた。

「信号、途絶しました」

「くそ」

 オペレーターからの報告に、司令官の女性、サンドラは思わずそう叫んでいた。

 その頃、少女とマイはハーケリュオンの胸の穴の奥にある球状の空間の中にいた。

 少女はマイを肩から降ろし、後ろから支えるように前に立たせた。

 背後からマイを支える少女は、逃げ場もないほど身体を密着させていた。

 少女はマイの手を恋人繋ぎで握ると、その耳元の囁きかけた。

「ねぇ」

「・・・・・ん?」

「ブロッケンをやっつけたい?」

「・・・・・うん」

 ほとんど意識がないはずのマイがこくっとうなずく。

「ハーケリュオンに受け入れられなかったら加護の焔に焼かれて死ぬよ。それでもいい?」

 ‶こくっ″

 それは、ほとんどわからないぐらい小さなものだったが、マイは確かにうなずいていた。

「よし、じゃあ、私が言う通りに言って。その後キミに合わせて私も言うから、ゆっくりでいいよ。いくよ

 パンツァー・シュラウド、ハーケリュオン。ほら言って」

「・・・・・ぱ」

 かすれそうな声をなんとか絞り出すマイ。

 少女がそれに声を合わせていく。

「「・・パ・ン・・ツァー・・・」」

「シュラウド」

「「・・シュ・・・ラウ・・ド・・・」」

「ハーケリュオン」

「「・・ハー・・ケ・リュ・・オ・ン」」

「そう、もう少しだから頑張って。

 クロス・エンゲージ」

「「・・・・・ク・・ロ・ス、エン・・ゲージ」」

 2人が声を合わせ、その言葉を紡いだ瞬間、2人がいる空間が、まるでその場に太陽が出現したかの如き眩い光りに満たされた。

 その神々しい輝きはハーケリュオンの胸の穴からフレアのように激しく噴き上がり、装甲の隙間を走って全身を駆け巡り、ハーケリュオンそのものが黄金の輝きを放っていた。


 その頃北極では、ブロッケンに対しダイバーズ・ギアによる総攻撃が行われていた。

 だが、全ての攻撃が、ブロッケンに到達する前に、その周りに浮かぶ黒い穴=ワームホールに吸い込まれて消滅し、損害を与えることはおろか、本体に近つ“くことさえ出来ずにいた。

 ワームホールから突如として凄まじい飛び出した槍が、逃げ遅れたギアを串刺しにして黒い穴の中へと引きずり込む。

 そのコックピットに備え付けられた小型カメラが捉えたのは、ワームホールに突入した瞬間、2人のパイロットがコックピットごと、いや機体ごと全方位から一瞬で押し潰される様だった。

 そしてその瞬間、それは起こった。

 その穴から、黄金の輝きを放つ光の塊が飛び出して来たのだ。

 は、太陽の如く神々しい輝きを放つ1機のギアだった。

「いくよ」

「うん」

 その胸の奥、神々しい光りに包まれたコックピットの中にいたのは、あの美少女とマイだった。

 その身に着けていたものは光りに焼かれて全て消滅し、2人は全裸でそこに立っていた。

 3D映像で浮かび上がるランスを握る2人が重ねた手を前に突き出すと、光の巨人も巨大なランスを前に突き出してブロッケンへと突っ込み、一瞬にしてその身体を貫通して氷の大地に着地していた。

 そしてそのランスの先端には、黄色い炎を巻き上げて激しく燃えるコアが突き刺さっていた。

 ブロッケンが崩れ落ちていく。

「やったね!ハニー」

「はにぃ?」

 少女が放ったあまりに突然の一言に戸惑うマイ。

 だが、興奮気味の少女は、そんなマイにお構いなしに言葉を続ける。

「私たち、あのブロッケンを倒したんだよ」

 マイはその言葉に促されるようにブロッケンの残骸を見た。

「・・・すごい。、私がやったの?」

「そう。がやったの。ハニーのおかげだよ」

「北極にいる全部隊に通達」

 その時、ドローンから声が聞こえた。それはサンドラだった。

「たった今、北極のブロッケンに向けてBH弾が発射された。これはブロッケン及びコアの消滅が確認される直前に発射されたもので、BH弾は完全自立型兵器の為、外部からの干渉が出来ず自爆もさせられない。全員退避。繰り返す、全員退避」

「間に合わない」

 マイが悲痛な表情で呟いた。

 BH弾とは人工的に造り出されたブラックホールを封じ込めた弾頭の略で、文字通り爆発と同時に標的とその周り、200km四方の全てのものを吸い込む兵器だ。

 人類が初めてブロッケンと遭遇したあの日。

 ニュージーランド上空に出現したブロッケンのコアを偶然貫いたのがトールハンマーで、日本に出現したブロッケンを消滅させたのがBH弾だったのだ。

 だがそれは、日本の地図を書き直さなければならないほどの甚大な被害と引き換えだった。

「しっかりしてハニー。大丈夫、今のハーケリュオンなら、ううん、私たちならBHに勝てる」

 マイは振り返り少女の顔を見た。

「本当?」

 その顔はまだ不安と疑念に曇っていた。

「うん。私を、私たちの力を信じて」

 少女はそう言いながら繋いだままのマイの手を更に〝ぎゅっ″と握ると、マイの唇に自分の唇を重ねた。

「え?」

 自分に何が起きたのかをマイ自身が理解する前に唇が離れた。

「ハニー、前見て」

「え?えぇっと・・・はい」

 マイは戸惑いながらも言われるままに前を見た。

「大丈夫。私が言う言葉をそのまま言うだけだから。いい?いくよ」

「OK」

「「パンツァーシュラウド・ハーケリュオン、モード・フェニックス。クロス・エンゲージ」」

 2人が声を合わせてそう叫ぶと、ハーケリュオンと呼ばれた巨人は氷の大地を蹴ってジャンプしていた。

 そして、全身から黄金色の炎を噴き出し2体に分離しながら全身の装甲そのものが複雑に形を変え、再び1つになった時、は巨大な翼を広げる伝説の鳥を模した姿になっていた。

 その機体は本来漆黒なのだが、羽毛や羽根のように変形した全身の装甲の隙間から噴き出す神々しい炎に包まれた姿は、まさにフェニックスそのものだった。

「このままイッキにいくよ」

「うん」

 フェニックスとなって飛翔したハーケリュオンが、光速に迫る速さで急上昇して行く。

「「いっけえぇぇぇ~~~っ」」

 そしては、ワープ速度に迫る速さで急降下してきたBH弾と正面から激突していた。

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ。

 その瞬間、北極上空に小型の太陽が出現したかのような大爆発が起こり、その輝きが全てを飲み込んだ。

 は、ガリレオからも、いや、月からも肉眼で見えるほどの輝きだった。

 


                            〈つづく〉



























 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る