ホームレス

 玉串町の稲荷神社境内の玉串公園には確かにホームレスが住み着いていた。昼間は誰もおらず夜になると集まってくるのだ。調査に行ってみると折りたたんだダンボールの裏にエアコンが百台分ほど不法投棄されている場所があった。

 「かなり古いですが同じメーカーのばかりですね」夏川がすぐに指摘した。

 「メーカーのリサイクル工場に集まったものってことですか」喜多が言った。

 「犬咬にはリサイクル工場なんてないよ。違うんじゃないか」伊刈が言った。

 「じゃどういうことでしょう」

 「マンションの解体とかなら同じメーカーのが一度に出るってこともあるよ」

 「室内機ばかりですね。室外機が一つもないのはどうしてですかね」夏川が言った。

 「金属が取れるから売ったんじゃないですか」喜多が言った。

 「それビンゴかもな」伊刈が言った。

 「その線で調べてみますか」夏川が言った。

 調査チームがエアコンの周辺に出所の証拠になるものが落ちていないか探しているところへホームレスの男が一人近寄ってきた。

 「あんたら役所のもんだね」

 「そうですけど」

 「あんの担当だい。公園課かい、そいとも厚生課かい」

 「産廃ですよ」

 「ああこれんことかい。これは産廃じゃねえよ。俺のお宝だよ。だから片されたら困るよ」

 「どこから持ってきたんですか」伊刈が尋ねた。

 「もらったんだよ。ばらせばいくらか金になるんだ」男が答えた。

 「室内機ばかりなんですね」

 「外機はそのまんまでもスクラップ屋が持ってくんだとよ。内機はばらさないと誰も買ってくれねえんだ。手間が出ねえからね。そいで俺がもらってきたんだ」

 「でも手付かずみたいじゃないですか」夏川が言った。

 「暇をみてやろうとは思ってんだけどよ、俺もいろいろと忙しいからねえ」

 「誰からもらったんですか」夏川が続けた。

 「それは言えねえなあ」

 「マンションの解体とかから出たみたいですね」喜多が言った。

 「ちがあよ。漁組のアパートから出たものだって聞いてんよ。あ、言っちまったよ」

 「地元の漁組ですか」

 「それ以上は言えねえよ」

 「このまま放置しておくと不法投棄になりますよ」

 「売れるもんなら産廃にはなんねえって聞いたけど違うのかい」

 「家電リサイクル法の対象ですからリサイクル工場に持っていかないと不法投棄です。一度シール(家電リサイクル券)を貼ったらスクラップ屋に持ち込むのだって違法です」

 「そうかい、そんな面倒くせえもんならもらうんじゃなかったな。儲かると思ったんだけど手間ばっかり食っていくらにもなんなくってな」

 「もらった会社を教えてもらえれば持って帰らせますよ」

 「いいよ、俺がなんとかするわ」

 喜多が犬咬漁業協同組合にアパートの解体について問い合わせてみると、解体されたのは漁協のアパートではなく望洋大の教員寮だということがわかった。望洋大と聞いて伊刈が最初に思い出したのはスェーデンに行ってしまった大西敦子だった。それからシンポジウムで出会った秋篠圭子準教授を思い出した。

 教員寮の解体について調べるために太平様を見晴るかす望洋大のキャンパスに立つと、シンポジウムの日のことがまざまざと思い出された。事務棟で廃棄物処理の担当者は誰かと尋ねるとくだんの秋篠準教授だと言われた。準教授がそんな実務的なことまで担当していると聞いて、ちょっと意外な感じがした。しかし大学とはそういうところだ。会社で言えば教授会は取締役会であり、教授は取締役、学部長は専務か常務といったところだ。準教授は課長、講師は係長だから、準教授が廃棄物処理の実務担当でもおかしいことはなかった。

 迷路のようなキャンパスの中で、やっと秋篠の研究室を探し当てた。準教授は不在で、留守をしていたのはセイラのバイトの塩川モモエだった。

 「あっ先生どうしたの」塩川の方から伊刈を見つけて声を上げた。

 「秋篠先生はどこかな」

 「今日はいないと思うよ。みんなでどうしたの」

 「仕事だよ」

 「どんな」

 「教員寮の解体工事のことを聞きにきたんだ。具体的に言うとエアコンのリサイクルのこと」

 「ふうん、モモエわかんないなあ」

 「先生に伝えてくれないかな」

 「いいよわかった。ねえ今日はモモエ、シフト入ってるよ」

 「そう、じゃ久しぶりに寄るよ」

 「そうじゃないんだよ。べつにセイラはどうでもいいだけどさ」

 「何?」

 「あのね」

 「?」伊刈にはモモエが何を言いたいのか検討もつかなかった。

 「班長、モモちゃんの誕生日じゃないですか」

 「すっごい、夏川さんどうして知ってんの」モモエが目を丸くした。

 「なんとなく」

 「そうなんだよ、今日誕生日なんだよ」

 「プレゼントってこと」伊刈が言った。

 「うんまあ、そうかなあ。学生ってさ、貧乏でしょう。だから救済ってことで」

 「援助じゃないんだ」

 「まあどっちでも」

 「わかったよ。なんか買ってくよ」

 「やったあ」

 「そのかわり秋篠先生頼むよ」

 「まかして。あたしちゃんと伝えとくからね」モモエは弾むように言うと小走りに立ち去った。

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