フェリー
「産業廃棄物の調査に来たんですが、フェリー会社の収集運搬のご担当の方はいらっしゃいますか」伊刈が立ち入りの趣旨を告げると、しばらくしてパシフィックフェリーの尋山専務が現れた。内航有数のフェリー会社の専務らしい人品の人物だった。
「どのようなご用件でしょうか」
「こちらのフェリーは産廃の収集運搬業の許可をお持ちですね」
「もちろんです」尋山は怪訝そうな顔で答えた。
「調査にご協力いただきたいことがあるんですが」
「それでしたらどうぞこちらへ」尋山は自分のオフィスに伊刈たち三人を案内した。広くはないが全面ガラス張りの窓から埠頭に停泊したフェリーを一望できる居心地のよさそうな部屋だった。すぐに女性の事務員がお茶を持ってきた。
「私どもの指導しています不法投棄現場からこちらのフェリーを経由して運搬されている廃棄物があるようなので確認してほしいんです」伊刈は女子事務員が退室するのを待ってから尋ねた。
「不法投棄現場ですか」尋山は驚きの表情を隠さなかった。「違法な運搬があるとお疑いなのでしょうか」
「関係者が検挙されて撤去をしている現場があります。撤去廃棄物の運搬は違法ではありません。ただ行政代執行ではなく原因者による任意の撤去なので手続に問題がないか確認したいんです」
「なるほど」状況がわかって尋山はちょっと安心した顔をした。「それでどのようなご協力をすればよろしいですか」
「ビバリーヒルズ・インターナショナル、もしくはアウトカム・コモディティ・エクスプレスという会社が振り出したマニフェストを確認したいんです」
「わかりました。取引関係があればすぐにわかると思います」
尋山は協力的で関係書類をすべて見せてくれたのですぐに状況がわかった。これまでにアウトカムの廃棄物を載せたトレーラーが三十便パシフィックフェリーを経由して九州まで運搬されていた。マニフェストはすべてアウトカムが振り出しており、ビバリーのマニフェストは一枚もなかった。ビバリーは許可業者ではないのでアウトカムの名義を使ったのだ。運搬先は北九州環境という処分場で、マニフェストに記された処理方法は破砕となっていた。
「おかしいですね」夏川がマニフェストを見るなり言った。
「どうした?」
「アウトカムは破砕処分場ですから九州まで運んで破砕する必要なんかないですよ」
「なるほど」伊刈が頷いた。
「それに北九州環境って聞いたことがあります。確かガス中毒で死亡事故を起こした最終処分場ですよ」
「その事故なら知ってます。原因は硫化水素ですよね」喜多が伊刈を見た。二人は太陽環境のマンホールを思い出していた。
「それってどんな事故なんでしょうか」尋山が伊刈を見た。
「最終処分場で起こった死亡事故ですね」伊刈が説明した。
「最終処分場ですか。でも許可は中間処理だけです。当社の法務が運搬先の許可は審査しておりますから間違いありません」
「事故のあと最終処分の許可だけ取消されたんです」伊刈が答えた。
「なるほどそういうことですか」
「フェリーで運んだあとはどうするんですか」
「北九州の別の収集運搬会社が埠頭まで取りに来ていると思います。当社の運搬は港までですから」
「マニフェストの写しをいただいていいでしょうか。それから今日の便がもう一台あるはずですので、その分もお願いします。あとヤードに停まっているトレーラの写真を撮影させてください」
「わかりました。当社とすればこれからどうしたらよろしいでしょうか」
「調査結果をご報告しますよ」伊刈は立ち上がった。
フェリーターミナルには廃棄物を積んだトレーラが三台あった。ブルーシートをはがしてみると、積荷のベールには見覚えのあるゴムの打ち抜きくずが混ざっていた。アウトカムが受注した廃棄物に間違いなかった。アウトカムが受注した廃棄物をアウトカムがマニフェストを振り出して他の処分場に委託すること自体に違法性はない。しかし書類上受注したのはアウトカムでもベーラーは明らかにビバリーヒルズの敷地内にあった。つまりアルトカムが梱包処理を無許可のビバリーヒルズに委託したことになる。これが実際にはビバリーヒルズが受けている廃棄物だという立証になるなら委託基準違反で取り締まれる。
ベーラーもアウトカムに貸してしまえばよかったのに、ぎりぎりの敷地しか貸さなかったためにビバリーヒルズの敷地で梱包処理を行うことになってしまったのだ。これは明らかに如月のミスだった。後はセミトレーラーがアウトカムではなくビバリーヒルズから出たという証拠をつかめば両社の経営が一体であることは動かなくなるように思われた。
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