セミトレーラ
ハリマのダミー会社、東宥リサイクルの廃棄物は、書類上はアウトカム・コモディティ・エクスプレスに入っていることになっていたが、実際にはビバリーヒルズ・インターナショナルに入っているはずだと伊刈は確信していた。それを実証するために警察ならハリマとビバリーに張り込み、ハリマから出たダンプを追跡してビバリーに入るのを現認するだろう。しかし追跡や張り込みは伊刈の流儀ではなかった。このやり方は人員と時間を要する。警察は捜査対象を絞り込むから実施できるが、それは裏を返せば捜査対象にならなかった事件は見逃すということなのだ。行政にはそうした恣意性は認められない。それにどっちみち、たった三人のチームでは追跡も張り込みも実施不可能だった。
伊刈が選択したのはいつもの方法、しつこいくらい毎日場内に立ち入って状況変化を把握するということだった。警察は捜査令状がなければ現場には入れない。そのため回りくどい方法で何か月も内偵を続ける。しかし行政は廃棄物があるところならどこにでも立入調査権があるのだ。警察に対する行政の唯一の優位性を伊刈は最大限に利用した。毎日行けば廃棄物が増えたか減ったか把握できる。どうして減ったのか、どうして増えたのか毎日追求しているうちにはボロを出す。何が伊刈を駆り立てているのかわからなかったが、ビバリーに対する伊刈の執念は異常なほどだった。毎日立ち入りを続けていれば幸運に恵まれる確率も高くなる。ビバリーへの連続立入りを始めて一週間後、帰りがけに二十トンのセミトレーラとすれ違った。
「今のトレーラ、ビバリーかアウトカムに行くんじゃないかな」伊刈が言った。「タイヤが沈んでいなかったから空荷だよ」
タイヤを見れば積載量がわかるので、いつの間にかタイヤを見る癖がついていた。
「アウトカムは間口が狭くてトレーラは入れないと思いますよ」夏川が言った。
「それじゃビバリーか。どっちに入るか確認しよう」
「どっちかに入るって確証があるんですね」喜多が言った。
「こんな山奥、ゴルフ場と産廃しかないじゃないか。ここから奥だとビバリーの先はもうトレーラが通れる道じゃないだろう」
「それもそうですね」
伊刈の指示で夏川はCR-VをUターンさせ、振るスピードでセミトレーラを追跡した。五分ほどであっさりセミトレーラがビバリーに入るところを確認した。いったん手前のゴルフ場の入り口で待機し、トレーラが戻るのを待った。
「何を積んでると思う?」伊刈が言った。
「ベールですよ。コンテナに積むためにベールを作ってたんですよ」夏川が言った。
「どこへ行くんでしょうか」喜多が尋ねた。
「どこにせよ遠くですね。近場ならダンプを使いますよ」夏川が答えた。
一時間ほど待っているとセミトレーラが再び現れた。今度はタイヤが沈んでおりスピードも遅かった。
「どこまで行くか追跡しよう」伊刈が言った。
「了解です」滅多にない追跡劇に夏川が興奮気味に言った。
セミトレーラの追跡は簡単だった。後方視界が悪い上、違法な運搬をしているという意識がないのか警戒心が全くなかった。ビバリーは違法な現場だが、そこから廃棄物を撤去し、許可のある処分場に運搬することは契約書とマニフェストを揃えていれば違法ではなかった。セミトレーラは犬咬インターチェンジから高速に乗り湾岸線を経由して都心に向かった。
「横浜に向かっているんですかね」喜多が言った。
「輸出ならそうだろうけど、あのベールを輸出するのはムリだって社長も認めてただろう」伊刈が答えた。
「それじゃどこでしょうね」
セミトレーラは有明ランプの手前でウィンカーを出した。
「ここで降りるとビッグサイトですよ。まさか廃棄物の展示会じゃないですよね」喜多が言った。
「有明埠頭ですね。そこからフェリーに乗るんですよ」夏川が言った。今日の夏川は冴えていた。
セミトレーラはビッグサイトの対岸の有明埠頭のフェリーターミナルに向かった。停泊中のフェリーの巨大な白い船腹が見えてきた。埠頭のヤードに到着すると、追跡してきたトレーラを牽引してきたトラクタから運転手が降りて、トレーラを切り離す作業を始めたところだった。周囲にはトレーラだけがずらりと並んでいた。
「トラクタのナンバーを撮っておくから、ゆっくりと車を通過させて」
「わかりました」夏川は言われたとおり車両を徐行させた。まだトラクタが連結された状態のセミトレーラの写真を撮影すると、伊刈はトレーラの積荷の検査は後回しにしてフェリーターミナルの事務室に向かった。
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