打ち抜きくず

 アウトカム・コモディティ・エクスプレスは市道に沿ってビバリーヒルズ・インターナショナルの敷地の一角を鉄板の塀で囲う形で操業していた。間口三十メートル、奥行き百メートルほどの敷地内は、右手にプレハブの事務所、廃棄物保管場、破砕施設、破砕物保管場が一列に並び、左手は通路に使われていた。狭い敷地を合理的に使っているように感じたが、先に施設を設置して後から適当に塀を築造したとも言えた。事務所には産業廃棄物処理業の許可証が掲げられ、マニフェストの受付カウンターが設けられていた。立ち入ってみたがとくに廃棄物が大量に保管されたり流出したりといった状況ではなく、ビバリーヒルズ・インターナショナルのダミー会社だと知らなければ平均的な管理状況の業者という印象だった。事務所内には社長の木村の他に女性の事務員が一人いるだけだった。木村は肩書きこそ代表取締役社長だが如月の傀儡に違いなく実質は工場長だった。年齢はまだ三十代、ダミーとはいえ社長なのだから大抜擢だと言えた。

 木村の案内で伊刈たちは場内を点検した。保管中の廃棄物の山を見たとたん伊刈の目の色が変わった。

 「これあったよな」伊刈が拾い上げたのは自動車部品工場のものと思われる真っ黒なゴムの打ち抜きくずだった。

 「ええ確かに向こうにありました」喜多が小声で答えた。

 「これは何ですか」伊刈は木村に向きなおった。

 「ああそのゴムには困ってんです」木村は顔を曇らせた。「うちの破砕機に入れるとからまっちゃうんで返品しようと思ってるんですよ。それで除けてあるんです」

 「除けてる? ほかのゴミと一緒じゃないですか」

 「いえこれから返品しますよ」

 「どこに返品するんですか」

 「ハリマですよ」

 「ハリマってシュレッダー会社の」伊刈には聞き覚えのある社名だった。犬咬市内に複数の自社処分場を開設して大量のシュレッダーダストを埋め立てていた会社である。

 「ええそうです」

 「後でマニフェストを確認できますか」

 「いいですよ」

 場内にはほかに大きな問題を認めなかったので伊刈たちは事務所に戻った。

 木村は事務所でハリマから打ち抜きくずを受けたときのマニフェストを探し出してきた。排出元ごとにきちんとファイル化されており、俄作りのダミー会社とは思えない几帳面さだった。まだ会っていない実質オーナーの如月の人柄に触れたように思った。書類は全部、木村が管理しているのか、なんでも自分で要領よく探し出してきた。マニフェストの受付も木村が担当しているようだった。木村の他に一人いる女性事務員は、ずっと検査チームに地味な事務服の背を向けたままで、立ち上がりもしなければ振り返りすらしなかったので、顔立ちどころか年格好もわからなかったが、ロングヘアをまとめたシュシュの柄があどけなかったので、まだ二十代前半じゃないかと思われた。検査チームを完全にシカトしている女性事務員は実は如月の愛人で、実質木村よりも格上なのかと伊刈は一瞬思ったが、どうでもいいことなので頭を切り替えた。

 「契約書もありますか」伊刈が言った。

 「ええありますよ。見られるんじゃないかと思って一緒に持ってきました」木村はクリアファイルに入れて防水した契約書を示した。

 「契約書もマニフェストもハリマとは社名が違うじゃないですか。東宥リサイクルになってますよ」

 「そこはハリマの子会社なんですよ。ほらうちと同じでハリマさんも今やばいでしょう。それで子会社の名義で営業してるんですよ」木村は能天気にもアウトカムがビバリーヒルズのダミー会社であることを否定しようとしなかった。偽装工作について如月ほどの覚悟がなかったのだ。

 「許可を取消されたらほとぼりが覚めるまで子会社の名義で営業を続けるってのはこの業界の常識なんですか」

 「さあそれはわかりませんけど、ビバリーは許可取消されてませんよ」

 「そうかビバリーはもともと無許可ですよね」

 「そおっすよ」木村は事の重大さを理解していなかった。

 「アウトカムの親会社はビバリーってことで間違いないんですね」

 「土地も施設ももともとビバリーのものですからね。それを親会社って言うならそうですかね」

 「株主は如月さんの別れた奥さんでしたっけ」

 「え、別れたんすか。一緒に住んでると思いましたけど」

 「だいたいわかりましたよ。東宥リサイクルの契約書とマニフェストのコピーを貰えますか。打ち抜きくずの分を全部ほしいんですけど」

 「いいですよ」木村は最後まで悪びれることなく対応した。チンピラ上がりの外見の割に機転もきくし憎めない性格で、如月が番頭格にしている理由がわかる気がした。

 アウトカムの木村から東宥リサイクルの書類の写しを貰うと、伊刈たちは隣のビバリーヒルズ・インターナショナルに戻った。いつの間に来たのか駐車場に白いベンツSクラスの最新型が停まっていた。車の脇に立った如月社長は上等なスーツをラフに着こなした意外なほどダンディな紳士だった。収監中にヘアカラーが抜け、ロマンスグレーに戻ったままにしている髪のせいで、テレビに映った逮捕シーンの時よりも老けて見えたが、運送会社の社長には見えなかったし、ましてや不法投棄罪で執行猶予中の身とは思えないくらい矍鑠としていた。

 「これはこれはご苦労様」初対面にもかかわらず如月は伊刈の顔を知っているような挨拶をした。

 「隣に行って来ましたよ」

 「そうですか。高名な先生に見ていただいて隣も光栄なことだね」

 「そこでこれを拾ったんですが」伊刈は真っ黒な打ち抜きのゴムくずを見せた。

 「はあそうですか。隣のことはわからないもんでね」

 「こちらにも同じものが散らかっていたと思うんですが」

 「ほうそうですか。うちは受けた覚えはないけどねえ」

 「拝見していいですか」

 「ダメと言っても見るんでしょう。気の済むようにどうぞ」

 「お立会いいただけますか」

 「いいよどうせ暇なんだから。これから五年間はゴミに触ったらだめなんだそうだから」

 「これから五年間じゃありませんよ。執行猶予期間が明けてから五年間ですよ」

 「まあどっちだっていいじゃないですか。もう一生ゴミに触る気はないんだから」

 伊刈はアウトカムで確認した打ち抜きゴムくずを探しにゴミ山に再び登った。如月は英国地のグレーのスーツに白い革靴という格好で伊刈についてきた。伊刈もトレードマークのスーツに革靴といういでたちだったが、すっかりよれよれでパリっとした如月とは好対照だった。探していた打ち抜きくずはゴミ山の中腹に散乱していた。元々はかなりの量だったものをユンボのバケットで掬った残りのように見えた。

 「これは隣で受注した廃棄物ですよ。どうしてこっちにあるんですか。こっちに降ろしたんじゃないですか」伊刈が質問した。

 「そんなことするわけないだろう。隣から風で飛んでくることもあるんだろう」

 「ゴムが風で飛ばされますか」

 「そんなこと風に聞いてくれよ」

 「ベーラーも拝見していいですか」

 伊刈は建屋の中に納まったベーラーを振り返った。破砕機はアウトカムに譲ってしまい、焼却炉はゴムを燃やせるような大きさではなかったので、打ち抜きくずを処理したとすればベーラーしかなかった。

 「勝手に見るといいよ」如月は平気な顔で言った。判事と裁判官ですらまんまと騙したのだから役所なんぞなんとでも言い逃れられると言わんばかりだった。

 伊刈たちはゴミ山を降りてベーラーに移動した。長さ十メートルはありそうな大型のベーラーだったが、町工場で手作りした製品らしく部品には電車のレールなどが転用されていた。

 途中にまだ仕掛品のベールが引っかかっていた。つぶさに点検していくと圧縮された廃プラスチックの中にゴムの打ち抜きくずが混ざっているのがわかった。

 「ベールをばらせますか」

 「えっなんで」

 「ゴムくずがどれくらい入っているか確認したいんです」

 「それはムリだよ。ばらすには専用の機械が必要なんだ。へたにばらすと番線が飛び散って大怪我するよ」

 「それじゃしょうがないですね」

 「あと何かあるのかい」

 「向こうにブルーシートを掛けてあるのは保管中のベールですね」

 「そうだと思うよ」

 「それも拝見しますよ」

 「あんた噂どおりしつこいねえ」

 伊刈は如月の同意を得ずにベールの保管場に近付いた。夏川と喜多がブルーシートをはがすと、見込んだとおりサイコロ状のベールが三段に積まれていた。いくつかのベールには打ち抜きのの黒いゴムくずが見えた。しかし伊刈は喜多に写真を撮らせただけで、もうそのことには触れなかった。

 「このベールは輸出するんですか」伊刈が話題を変えて聞いた。

 「ああ今は輸出はやめたよ。うちの名前じゃもう税関を通らないよ」

 「じゃどこへ」

 「これは最終処分場へ出すんだよ。裁判所に撤去を約束したからな。バラで出すより効率がいいだろう。運賃がもったいないからな」

 「さすが運送業のご出身ですね」

 「常識だよ」

 「どこの最終処分場ですか」

 「マニフェストがあるよ。どうせ見ていくんだろう」

 「そうですね」

 伊刈たちはブルーシートを元に戻してから事務所に戻った。如月がいないときはふんぞりかえっていた若い男が直立不動で待っていた。

 「てめえ、この人が誰か知ってっか」如月が若い衆をたしなめた。

 「市の方っすよね」

 「ばかやろう。てめえが今読んでる本の著者様じゃねえか」

 「ほんとすか」若い男は目を丸くして伊刈を見直した。「あのサインとかもらってもいいんすか」

 「ふざけたこと言ってる暇があるなら掃除でもしてろ。こいつが隣から飛んできて散らかってんだよ。全部片しとけ」如月は黒い打ち抜きくずをスチール机に放り投げた。

 「へいわかりました」若い男は蒼い顔で事務所を飛び出していった。

 「それで」如月は伊刈を振り返った。「なんだっけ」

 「最終処分場へ出しているマニフェストを拝見するはずでした」

 「ああそうか。最近のはこれだな」如月はスチール机の引き出しからマニフェストを取り出した。そこには県内有数の最終処分場グリーネットの社名が書かれていた。

 「たったこれだけですか。六万リュウべ撤去すると裁判所に約束されたんじゃないんですか」

 「持ち込んだ業者が片す分はそいつらが勝手にやってるからね。ここにはその分のマニ伝はないよ」

 「片している業者の名簿はありますか」

 「それはもう連中が役所に出しただろう。ゼロの何て言ったかな、おたくのとこの主幹に出してるよ」

 「沢口主幹ですか」

 「そうそう」

 「じゃそれは確認してみましょう」

 「あとは何を見たいんだい。なんでも見せてやるよ。隠し事はできない身だからねえ」

 「とりあえず今日はこれで引き上げます。また明日お邪魔しますよ」

 「明日? 今日じゃ用が済まないのか」

 「撤去しているところが見たいんで」

 「明日も撤去はないよ」

 「ないことを確認するのも仕事ですから」

 「なるほどねえ、そういう言い方もあるか。勉強になったよ」如月は鷹揚に笑ってみせたが口元は不愉快そうに歪んでいた。

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