見せ玉
撤去工事に着手した情状が認められたのか、大規模不法投棄事件では珍しく如月は執行猶予付きの判決を勝ち取って保釈された。それだけなら驚くには当たらなかったが、如月はアウトカム・コモディティ・エクスプレスというダミー会社を設立し、ビバリーヒルズ・インターナショナルの無許可処分場内の一角を囲って操業を再開したのだ。
アウトカムが犬咬市に収集運搬業の許可を申請したのはまだ如月が収監中のことだった。本社が茨城県になっていたので処理業班は社長の木村が如月の腹心の部下であり、株主が旧姓の貝塚に復した如月の妻だということに気付かなかった。アウトカムがビバリーヒルズの敷地と施設の一部を借りて処分業の申請書を提出たときに初めて如月のダミー会社だと気付いたのだ。
さっそく産対課内で対策会議が開かれ伊刈も会議に参加した。
「そもそもビバリーってのは何をやってた会社なんだ」仙道が処理業班の班長の室町を見ながら発言した。
「もともと運送屋だそうです。そこからゴミの運搬を覚えて、逮捕される直前まで廃プラを購入して輸出する商社の真似事みたなことをやってたようです。ところが実際には輸出はほとんどしていなくて、運搬費名目で処分費を受け取っていたことがわかったんで、無許可処分業ってことで検挙になったんです」室町が報告した。
「どうして警察の検挙まで市では指導できなかったんですか」伊刈が質問した。
「怪しいと思って如月が提出した輸出書類を経産省と環境省に確認したらバーゼル(条約)の協議もちゃんとやって、ほんとに輸出した廃プラが僅かですがありました」
「税関はどうなの」
「一切答えられないってことでした」
「僅かってどれくらいなんだ」仙道が尋ねた。
「コンテナ二本だそうです」
「それでも書類は本物だったってことか」
「そうです」
「見せ玉まで使ってたってことは本格的だな」
「ビバリーヒルズにはニュースで言ってた十倍は入ってるってほんとですか」伊刈が再び質問した。
「地元の市民団体が毎月写真を撮ってましてね。それを見るとかなりの現場ですね」宮越の後任の班長になったチームゼロの馬込沢が答えた。
「それじゃどうして六万リュウべなんて報道したんだ」
「ボーリング調査を拒否されたんで目視でわかる量にしたんです」馬込沢が答えた。
「如月は六万トン撤去すれば終わりだといってるみたいじゃないですか」
「そうかもしれませんが六万リュウべだって撤去するのは不可能です」
「六万リュウべ全量撤去すると約束したんで如月には執行猶予がついたんでしょう。撤去計画を作って裁判所に上申したんじゃないですか」
「それはほんとですね」警察から出向している墨田警部が言った。
「今日はビバリーヒルズよりアウトカムをどうするかだろう。露骨なダミー会社じゃないか」仙道が怒ったように言った。「どうして許可を取消せないんだ」
「それがそうもいかないんです」処理業班でアウトカムの審査をした沢口主査が言った。
「実質的なオーナーが如月なら黒幕条項を適用できるんじゃないですか」伊刈が言った。
「黒幕条項だなんてムリです。証拠がありませんよ」沢口が弁明した。
「アウトカムの本社はどこですか」伊刈が冷静に聞き返した。
「申請したときは茨城県でしたが今は如月社長の自宅の庭のプレハブです」沢口が答えた。
「本社は如月の自宅、申請中の処分場はビバリーヒルズの敷地、施設はビバリーヒルズから承継、株主は如月の元細君で実は今も同居中の偽装離婚、社長は如月の舎弟なんだろう。これだけ証拠が揃っていて黒幕条項にかからなかったら、なんのための黒幕条項なんですか」
「そう言われても伊刈班長、全部状況証拠なんですよ。本人が否定したらそれまでで決め手にかけるんです」
「本人に聞いたら否定したんですか」
「聞いてはいませんが、あなたが黒幕ですかと聞いてそうですと認めると思いますか」
「何もそんなバカ正直に聞けとは言ってないです。状況証拠を積み重ねて追い詰めていけばいいでしょう」
「それなら伊刈班長がやってください」沢口が開き直ったように言った。
「やっていいならやりますよ。不法投棄なら担当じゃないですがリサイクル偽装なら担当できますよね」
「じゃお願いします」沢口の返答は売り言葉に買い言葉だった。
「おいおまえら好加減にしろよ。仲間割れしてる場合か」仙道が仲裁に入った。
「簡単なことです」伊刈が言明した。「とりあえず場内を徹底的に検査して両社で産廃が融通されている証拠を探しますよ。ビバリーヒルズに入ったものがアウトカムに入ったり、その逆だったりすれば無許可会社との受委託で許可を取消せますし経営の一体性を立証することもできるでしょう。もしも証拠が挙がれば許可を取消してもらえますか」
「如月がアウトカムは自分の会社だって認めるならもちろん欠格条項です」沢口が憮然として言った。
「認めさせますよ」
「じゃあやってください」
最後は伊刈が会議を乗っ取った形になったがなんとか会議はアウトカムの調査を続けるということでまとまった。
伊刈はその日のうちにビバリーヒルズ・インターナショナルとアウトカム・コモディティ・エクスプレスの立入検査を実施した。横文字の長ったらしい外資風の社名は如月の趣味のようだった。ビバリーの敷地は広大だった。深さ五十メートルの谷津を次々と産廃で埋め尽くしていった現場で、投棄量は六万リュウべでも六十万リュウべでもなく三百万リュウべを超えているのではないかと思われた。もちろんそうなれば全国最大級の現場である。ただしこれはビバリー一社だけの仕業ではなかった。
この付近の谷津に最初に産廃を持ち込み始めたのはフルムーン・グループの辰巳社長だった。フルムーン・グループのグループとは組合を意味していた。辰巳は小型焼却炉を設置するや、これは組合員共有の財産であると称し、組合員は自社処分場として使えるという口実を設けて複数の会社の廃棄物を持ち込ませた。この組合偽装を徹底するために処分費は組合費という名目で徴収し、場内にプレハブ事務所を建てて二階を会議室にして、毎月のように例会を開催した。辰巳が設置した焼却炉はメーカーのシナガワ・グリーン・システムが作成したカタログ上の焼却能力では一時間百九十九キロの許可基準未満炉となっていたが、実際にはその十倍の能力があった。廃棄物処理法の焼却炉規制がカロリーではなく焼却物の重さという曖昧な基準になっているのをいいことに恣意的な能力表示をしていたのだ。シナガワの偽装能力表示は極端だったが、どの小型焼却炉メーカーも多かれ少なかれ焼却能力を過小表示し、営業トークでもっと燃やせると売り込んでいた。しかしフルムーングループが集めた廃棄物は焼却炉の実質能力をさらに百倍も上回っていた。そのため燃やしきれない廃棄物は残土とブレンドして谷津に埋め立てるしかなかった。やがて谷津がすっかり埋まると、今度は小山を築き始めた。小山はいつしか見上げるほどの大山となったが辰巳は焼却物の保管だと言い張った。
伊刈が犬咬市に赴任する一年前、とうとうフルムーングループは不法投棄罪で摘発され、辰巳は実刑となって収監された。投棄量は三十万トンと推定されていたが、ボーリング調査をしたわけではないので最初に谷津を堀り下げた分は計算に入っていなかった。実際は軽くその倍は埋め立てられていた。フルムーングループの跡地を承継したのが如月だった。
如月はもともと運送会社のビバリーヒルズ物流を経営していたが、廃棄物をリサイクル資源として輸出するビバリーヒルズ・インターナショナルを起業した。当初は自宅前の小さな空き地をストック場にしていたが、競売に出されたフルムーングループの五ヘクタールの敷地を三百万円という破格の安値で落札すると、その広大な敷地を使って大量の廃棄物を集め始めた。その大半は輸出に適さない混合廃棄物だった。如月は廃棄物をリサイクル資源として購入する契約を締結しておき、運搬費、協力費、研究費、促進費など、さまざまな名目で実質的な処分費を受け取る偽装を考えついた。西部環境事務所がこの偽装を暴けなかったために、現場が拡大してしまったのだ。伊刈がいた東部環境事務所の所管だったら、少なくとも一年前には搬入を止めることができていただろう。
ビバリーヒルズの場内に入ってすぐ左手にプレハブの事務所があり、若い男が一人留守番をしていた。仕事はほとんどないのか事務所内にはスチール机が一つあるだけで書類らしいものは何も見当たらなかった。男は机に両脚を載せてなにやら本を読んでいた。表紙を見て伊刈は足を止めた。伊刈の本だったのだ。男は検査チームに気付いて本を閉じた。
「なんすか」
「市の立ち入りだ」伊刈が言った。
「そおっすか。なんもやってないすけど」
「撤去をやってるだろう」
「ああ今日はないすね」
「場内見せてもらうよ」
「どうぞ」
検査だと聞いても男には案内をしようとする様子はなかった。伊刈が読んでいた本の著者だとも気付かないようだった。
「勝手に見ていいのか」
「今日は誰も居ないすから」
「じゃ後でまた事務所に寄るよ」
「別にどっちだっていいすよ」男はやる気がなさそうに言うとまた本を読み出した。社長に読めと言われたのかもしれなかったが伊刈の本に夢中だった。
伊刈のチームは誰も居ない場内を検査した。事務所の裏には巨大なベーラー(圧縮梱包機)が置かれていた。作られたばかりのベールが数十個、屋根だけの建屋に保管されていた。近付いて見ると混合状態のプラスチックで、輸出できるような品物ではなかった。施設としては他に許可が不要な小型焼却炉があった。焼却能力は時間百キロ程度で、かつてこの場所にフルムーン・グループが設置していた焼却炉の十分の一の大きさだった。広大な敷地にはゲレンデ状のなだらかな傾斜で廃棄物が積み上げられていた。道路から見るとさほど大きな現場には見えなかったが、踏査してみるとその規模の大きさに驚かされた。いくらなだらかといっても廃棄物の山の頂上までは二十メートルの高さがあった。もともと五十メートルの谷津があった場所だから標高差は七十メートルになっていた。道路側からは見えなかったが、谷津側の崖は崩れないようにしっかりと残土で整形されていた。崖の縁に立つと田園地帯が遥かに広がる絶景で、足元の崖からはハンググライダーで飛び立てそうだった。如月は案外几帳面な性格で仕事に手抜きはなかった。しっかりした技術と経験がなければ七十メートルの高さの堰堤は作れない。そのため如月は腕の確かな重機オペレータを雇い入れていた。
「これ新しいですよ」喜多が足元の廃棄物を拾い上げた。確かに最近の日付がついていた。
廃棄物の撤去を裁判所に上申してまんまと執行猶予を獲得した如月だったが、現場の撤去は進んでいなかった。というより撤去させていると見せかけて、それを上回る量の廃棄物を持ち込んでいたのだ。これには伊刈も呆れた。日付の新しい廃棄物が大量に確認されれば新規搬入の動かぬ証拠になる。しかし一点二点では風で飛んできたと言うだろう。証拠力として十分なものにするにはトン単位で発見する必要があった。
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