最後の大物
ビバリーヒルズ・インターナショナルの如月社長逮捕の瞬間が正午のニュースで放送された。悪びれた様子のない堂々とした風体とダンディなスーツが印象的だった。内偵の情報は伊刈にも届いていたが、今日逮捕状が執行されることは知らなかった。それにしてもなぜ逮捕の瞬間にテレビカメラが居合わせたのだろうか。警察がリークしなければ撮れないはずの画だった。逮捕があることは右翼の大藪も知っていた。行政よりも警察の方が案外パフォーマンスには長じているようだ。
《TVニュース》
産廃不法投棄容疑で運送業者社長逮捕 本日早朝、県警生活経済課はリサイクルを偽装して六万立方メートルの産廃を山林に堆積した容疑で、ビバリーヒルズ・インターナショナル代表取締役の如月一樹(52)を逮捕しました。如月容疑者は中国国内でリサイクルすると偽って集めた産業廃棄物を、同社敷地の裏山に大量に堆積したまま放置したということです。如月容疑者は輸出原料として保管していただけで、不法投棄はしていないと容疑を全面否認しています。
「相変わらず警察の仕事は遅いですね。内偵を始めて何か月たったんですか」喜多がニュースを見ながら言った。
「神奈川県警との合同捜査だったそうですからね。でも警察は警察で行政の動きが悪いからだってぼやいてますよ」夏川が応じた。
「如月逮捕でようやく県内の大型検挙は打ち止めかな」伊刈が言った。
「そうだといいですね」喜多が言った。
パトロールに出かけようとした矢先、ハナイの花井社長が電話をかけてきた。「伊刈さん助けてくださいよ」
「切符の件ではお世話になりましたね」伊刈が社交辞令を言った。
「そんなこといいですよ。それより大変なんですよ」
「どうしました?」
「ビバリーヒルズのニュース見ましたか」
「見たよ。まさかあそこに入れてたんですか」
「今朝からうちにも神奈川県警のガサ入れがあったんですよ。ちゃんと書類作って金払って出してたのに逮捕されそうなんですよ」
「やっぱりリサイクル偽装だったんですか」
「滅相もない。うちはほんとに買ってもらってましたよ」
「裏金で運搬費とか払ってなかったですか」
「そりゃまあね」
「いくらですか?」
「トン五百円で売ってたんですが運賃を二万円請求されてました」
「それじゃまるっきり偽装じゃないですか。金額のこと今朝のガサ入れで言いましたか」
「うたっちゃいました」花井は逮捕暦があるのか警察用語を使った。
「ビバリーヒルズの現場を見たことはあるんですか」
「ないです」
「警察はもう帰ったんですよね」
「ええ」
「何か証拠は押収されたましたか」
「いえとくに大したものは。帳簿を何冊か持って行きましたけど」
「じゃ捜査令状だけで逮捕状はなかったんですね」
「そうかもしれないです」
「身柄を持って行く気なら今日逮捕されましたよ。そうじゃないと証拠隠滅されるでしょう」
「そんなものですか」花井はちょっと安心したように息をついた。「じゃ大丈夫なんですか」
「それはわからないですが仮に挙げられたってその程度の容疑なら執行猶予はつきますよ」
「だって許可がなくなるじゃないですか」
「また別の会社で始めればいいでしょう。前の会社もそうなんだから」
「そんな呑気な」
「ビバリーの現場ってニュースでは六万立方メートルって言ってたけどどうなんですか」
「そんなものじゃないらしいですよ。五十メートルの崖にガンガン流し込んでたそうです。その十倍はあるんじゃないですか」
「それじゃ五十万トン級ってことですか」
「それくらいはあるんじゃないですか。それよりどうしたものでしょうか」
「首を洗って待ってればいいんじゃないかな」
「そんなあ」花井は泣きそうな声で電話を切ったが何かを悟った様子もあった。
一週間後花井からまた伊刈に電話があった。
「たびたびですいませんが、相談に乗っていただけませんか」
「またビバリーヒルズのことですか」
「お察しのとおりです」
「だったら弁護士に相談した方がいいんじゃないですか」
「そりゃ相談はしてますよ。してますけど弁護士ってのはなんか好きじゃないんですよ」
「好き嫌いじゃないでしょう。重病になったら嫌いでも医者にかからないと死にますよ」
「でもね、こっちは事件になったら困るのにね、事件になったら弁護しますよみたいに言われるとね、なんか違うんじゃないかなってね」
「事務的に流されてるって感じですか」
「そうそうそれですよ。こっちは会社がなくなるかどうかの瀬戸際だってのに」
「ビバリーの件はどんな感じになってるんですか」
「逮捕されるのだけはなんとか免れられそうなんですけど、今日になってビバリーの弁護士から内容証明が届いたんです。搬入業者へのお願いという文書で、貴社から搬入された一万リュウべをただちに撤去されたいと書かれてるんです。それから搬入者会議を開催するというんです」
「お願いなのに内容証明ですか。欠席するとどうなるか書かれていますか」
「書いてあります。告発を検討するそうです」
「ほとんど脅迫状ですね」
「そうですよ」
「ほんとに一万も出したんですか」
「とんでもないです。せいぜい千リュウべですよ。ふっかけてるんですよ。文書の宛も各位になっていて社名なんかなしですから一律に出したんですよ。一万リュウべで六社なら六万リュウべ、それで如月が起訴された数字になるでしょう」
「どうするつもりですか」
「告発は怖いですよね」
「一万リュウべ片したらいくらかかるんですか。リュウべ三万円として三億円ですか」
「持ち帰れば一億円くらいでなんとかなりますけど」
「ビバリーの弁護士としたら裁判所に撤去を約束する上申書を出すときに、その文書を添えて執行猶予を狙ってるんでしょうね」
「それに違いないですよ」
「だとすれば結果を急いでますよ。サイチン(最終陳述)までに撤去を始めないと意味がないですから、すぐに撤去を始めるかわりに、ほんとに出した分だけに負けてもらったらどうですか」
「そうかなるほど。やってみます」
「それから老婆心で言っておきますけど、撤去に協力したら告発を見送るなんて約束はどっちみち違法な契約だから無効ですよ。あくまで紳士協定ですね」
「そうなんですか」
「滅多な文書は出さないことですね。どうしても文書を作るんだったら嫌いでも弁護士を通した方がいい」
「わかりました。うちの顧問と相談してそうします。でもうちみたいにダメな会社にどうしてそこまで教えてくれるんですか。こんなお役人さん見たことないですよ」
「教えてくれると思って聞いてるんでしょう」
「それはそうなんですが」
「不法投棄は犯罪です。だけどね、不法投棄が儲かる仕組みを作ったのは誰だと思う」
「言っちゃっていいんですか」
「いいですよ」
「政治家とお役人ですよね」
「僕はね花井さん、そんなダメな仕組みを後生大事に守るつもりはないんです。犯罪ってのは虫歯みたいなもんですよ。そこにトラブルがあるってことを激痛で教えてくれてるんです。虫歯はね、歯に責任があるわけじゃない。歯の管理者に責任がある。そうですよね」
「はあなんとなく。つまり伊刈さんは役所が嫌いだから俺らの味方してくれるってことですね」
「犯罪の責任はとってもらいますよ。だけど花井さんを悪人だとは思ってない。そういうことですよ」
「わかりました。ビバリーがどうあろうと伊刈さんには迷惑かけないようにしますよ」
「人のことはいいですよ。自分の会社を守るのが精一杯でしょう」
「それはそうですが」
「まず自分を守りきってから人のことも考えたらいいですよ」
「ほんとにすごい人っすね。わかりました自分を守らせてもらいます」花井は腹が決まったようにがちゃんと電話を切った。
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