プライド
東関浄技社は県内でも最大級の産廃業者だった。グループ会社を合わせた連結売上高は数百億円を誇っていた。当然のことながら政治力もあり、うかつに調査に入れる会社ではなかった。
「技監、どうしますか」伊刈もさすがに慎重にならざるをえなかった。
「どうもこうもあるか。検査に行くしかないだろう。国の審議会委員だからって遠慮する必要なんかないぞ。かえってきちんと調べてすっきりしたほうが風評も立たないんだ。なんなら俺から電話しておいてやるから行ってこい」仙道は全くびびっていなかった。こんなときには頼りになる親父だった。
「やりたいようにやっていいってことですね」
「そうだ。この際おまえのやり方で好きなように調べて来い。なかなかできんからな。おまえの実力を見せてやれ」
「わかりました」
仙道の後押しもあり東関浄技社に対して伊刈流の立入検査を実施することになった。処理工場は高速道路沿いの産廃処理施設の密集した地域のど真ん中にあった。高速道路の反対側にはアウトロー施設でありながらまんまと生き延びたエターナルクリーンの煙突から立ち上る煙が見えた。施設が雨ざらしのエターナルクリーンとは違って、東関浄技社の処理施設は完全に建屋で覆われており、高速道路からは何も見えない構造になっていた。各種審議会の委員、講演会や大学の講師、業界団体の理事会と多忙な立山社長は不在だったが、工場長の香川が快く出迎えてくれた。不法投棄への関与など夢にも思っていない様子だった。
「最初に処理の流れに沿って設備をざっと案内してください」伊刈が挨拶もそこそこに言った。
「わかりました。それではまず入荷ヤードからご案内します」香川が先に立って歩き始めた。
「ヤードに降ろされた産廃はざっくりと手選別してからベルトコンベヤで選別ラインに送られます。ベルコンに乗せるときにもう一度手選別で長尺物をピックアップします。これが入ってしまうと破砕機のカッターに絡まってしまうんです」
ベルコンの脇に立った作業員が長い鉄の棒でテープ状のフィルムなどを器用に絡め取っていた。
「これが当工場の主力設備の複合選別機です。最初に廃棄物を二軸カッターで破砕し、トロンメルで土砂をふるい落とし、磁石で金属を分離してから、風力で重いものと軽いものを選別します」
複合選別機は銀色に塗装されたプレハブ小屋くらいの大きさの施設だった。クラッシャーは遮音されているようで意外に静かだった。ブーンという低周波の騒音が耳についたが、これは風力選別のためのファンの振動だった。小さな覗き窓から香川の説明どおりの処理の様子がわずかに見て取れた。
「選別精度はどれくらいですか」
「残渣率は十パーセント以下です」
「逆に言うとリサイクル率は九十パーセント以上」
「そうです」
複合選別機の反対側からは、土砂、金属、紙、プラスチックに見事に選別された廃棄物が出てきた。
「このあと廃プラと紙くずは造粒ラインに送ってRDFを製造します」香川はRPF(Refuse Peper&Plastic Fuel古紙廃プラスチック類再生燃料)と言わずに、あえて古い名称のRDF(Refuse Derived Fuel再生固形燃料)と言った
「加圧式のRDFですね」
「そうです。以前は加熱式でしたが、加圧式にしました。当工場では顧客の要望で紙くず主体のものと廃プラスチック主体のものの二種類製造しています」
「RPFと変わりませんね」
「営業マンはRPFと呼んでいます。私ががんこにRDFと呼んでいるだけです。RDFじゃ売れないそうです」香川は二種類のRDFのサンプルをとりあげた。
「紙くず主体のものはご覧のとおりほとんど真っ白です。カロリーは低いですが不純物が少ないので廃ガスがきれいです。小型ボイラーの助燃材として出荷しています。廃プラ主体のものは見た目は真っ黒ですが、ハイカロリーで石炭の代替品として出荷できます。塩素分は一パーセント以下にコントロールしていますが、脱塩装置のついた大型炉でないと大量に使えませんので製紙メーカーなど大口の需要先に出しております」
「紙くずは産廃ではないので入荷しにくいのでは」
「おっしゃるとおりです。紙くずはなかなかほしいだけ集まりません」
「今日お伺いしたのは京常鉄道の廃切符の件なのですが、やはり紙不足を補うためですか」伊刈はやっと本題に入った。
「実験としてお預かりしたものですね。他のものとは分けてトン袋で保管しております」
「まだ保管中ですか?」伊刈は意外そうに言った。
「そうです。こちらへどうぞ」香川は工場の片隅に置かれたフレコンバッグ(トン袋)を示した。
「入荷した段階で三種類のものがありました。切符と定期が選別された状態と混合された状態のものです。混合されたものをこの工場で分けることは困難なので、そのままRDFに加工できないか実験しておりました」
「切符と定期に分けられたものは材料リサイクルが可能なのでは?」
「分けられていても磁気粉があって古紙原料となりませんのでね」
「京常鉄道ではトイレットペーパーにしていると発表していますが」
「他の古紙原料に少しだけ混ぜるのでしょう。切符だけでトイレットペーパーにはなりませんね。磁気粉を分離する技術はありますがコスト的に厳しいんです。それでうちに実験を依頼したのではないでしょうか。切符と定期に分けてあればRDFにする場合でも配合がやりやすいです」
「定期券はほかのリサイクルが可能なのではないですか」
「おっしゃるとおりプラスチックとして再生できないか研究しております。磁気を削り取ればいいだけですから切符よりは有望ですね」
「まだかなり残っているんですか。在庫量はどれくらいですか」
「この袋一つが五百キロです」
「四つで二トンですか」
「それくらいだと思います」
「既に処分したものもあるんですか」
「もちろんあります」
「リサイクルしたのですね」
「もちろん再生品として売却しております」
「どちらへ」
「何社かと契約しておりますのでどこへ出したかは今すぐにはわかりません」
「書類はありますね」
「事務所へ行けばございます」
「わかりました。その書類を拝見してもよろしいですか」
「もちろんです。事務所にどうぞ」香川は自社の仕事になんの疑念も持たないように社屋に向かって歩き出した。
事務所の会議室に陣取った検査チームは廃切符にこだわらずに本格的な検査を始めた。
「見た目よりも大きな会社なんですね」香川が躊躇なく提出した決算書を見ながら喜多が言った。
「この工場の規模から想像されるよりは大きいかもしれないな」伊刈がにやりとしながら答えた。
「ていうか一桁違いませんか」
「決算書をちょっと見ただけでわかるようになったんだ」
「それくらいわかりますよ」
東関浄技社の売上高は百億円を超えており、関連会社を含めた連結売上高は三百億円近かった。もちろん全国の産廃業者の中でもトップクラスの経営規模だ。しかし施設の処理能力から計算すると単独売上高百億円は明らかに過大だった。
「売上高の内訳のわかる資料を拝見することはできますか」喜多の指示で香川はすぐに資料を出してきた。疑われることに慣れていないのかまるで無防備だった。立山社長が留守だったことも幸いした。
「売上高の構成としては産廃よりも副業のほうが多いのですね」喜多が書類を見ながら確認した。
「環境、清掃、健康の事業を複合的にやっております。産廃以外の事業は入札で叩きあいになってあまり儲からないので利益率からすれば産廃が主力事業です」
喜多は売上高の内訳を使って産廃関連の事業だけに修正して計算してみた。それでもやっぱり処理能力と売上高はバランスしなかった。伊刈をちら見すると無言でいけいけの合図を送ってきた。
「産廃の売上高を中間処理と収集運搬に分解することは可能ですか」
「その資料もお持ちしましょう」香川はノータイムで書類を取りに行った。
追加された資料を見て喜多はようやく謎を解く鍵を手に入れた。
「収運の比率がかなり高いんですね」
「そのとおりです。工場はご覧のとおり小さいですから、収運で稼いでいるのです」香川には隠し事をする素振りは一切なかった。
「しかしその割には保有車両が少ないようですが他社に再委託されていませんか」
「自社運搬はほとんどございません。東京都は収運の再委託を一回だけ認めてくれていますので、東京営業部の受注分は都内の収運業者に再委託しております」
「再委託している仕事は収運と処分の料金を込みで客先に請求しているんじゃありませんか」
「おっしゃるとおり一括で料金を頂いております」
「それでだいたいわかりました」
「なにか問題があるのでしょうか」さすがにここまで畳み掛けて質問されると香川も少し不安になったようだった。
「数字はバランスしました。ここの工場で実際に処理している分の売上高は五億円くらいですね」喜多は慎重に言葉を選んて言った。
「そんなものかもしれません。やっぱり東京営業部の収運の売り上げが大きいですね」
「喜多さん売上の件はそんなものだろう」伊刈が途中から介入した。
「廃切符の件に戻りますが受注したときの契約書とマニフェスト(産業廃棄物管理票)を拝見してよろしいでしょうか」
「契約はないんです」
「え、なぜですか?」伊刈が意外そうに聞き返した。
「さきほども申し上げましたとおり正規の受注ではなく実験ということでお預かりしておりますので」
「処理費はもらっていないのですか」
「研究費として頂戴しております」
「研究の契約書とか請求書とかもないですか」
「請求書はございます」
「それを拝見させてください」
香川は書類を持ってきた。
「廃切符の受注量は確かに十トンですね」
「嘘偽りはございません。それが信用でございますから」
「さきほど確認した在庫量が二トンでしたから処分量は差し引き八トンということになりますね。処理量を直接確認できる書類はないでしょうか」
「それはムリです。廃切符だけを特別に分けて処理しているわけではありませんのでね」
「でも実験なんですよね。外の廃棄物と一緒に処理しては実験にならないんじゃないですか」
「なにぶん少量ですので、それだけでプラントを回すことができませんので他の廃棄物と混ぜることになります」
「廃切符だけで製造したRDFはないということですか」
「さようでございますが、おっしゃるとおり八トン消費したということになりますが、加熱処理により水分などが若干減量しますので、製造したRPFに含まれる切符は八トンよりは少ないと思います」
「廃切符にも水分があるということですか」
「はい若干ございます」
「計測した値はありますか」
「京常鉄道に提出した報告書がございます。十パーセント程度の減量になるようです」
「すると製造されたRDFに含まれている廃切符は計算上は7.2トンということですね」
「そうですね、あくまで計算でございますが」
「売却先を特定できますか」
「廃切符の分としては特定できません。さきほども申し上げましたとおり廃切符だけのRDFは製造しておりませんので」
「それで結構ですからRDFの売却先を教えていただけますか」
「わかりました。一社ではございませんのでリストを作成いたします。売却先にも調査に行かれるのですか」
「必要があれば行きます」
「当社が不法投棄に関与していたかのように疑われかねませんので、不法投棄の調査というのは困るのですが」
「その点は配慮します。不法投棄の調査だとは言わないことにしましょう」
「そう願えますと助かります」
香川からRDFの出荷先リストをもらうと、伊刈はそろそろ潮時と判断し問題なしと講評して検査を締めくくった。
「班長、どう思いますか」車が発進するなり、喜多が言った。
「完璧な処分場と言うには程遠かったかな」
「ですよね」
「収集運搬の再委託が売上の八十パーセントを占めてたね。処分の再委託もいくらかあったね」
「ほんとですか。それ見逃しました」
「受注した廃棄物の中に品目違反があって、それを返品せずに再委託したんじゃないか。とがめ立てるほどの量じゃなかったんで指摘しなかったんだ」
「国内トップクラスの会社でもやっぱり百点満点とは行かないですね。Aクラスの業者でこのレベルだから、Bクラス以下ならその気になれば許可を取消せるネタはいくらでも見つけられますね」
「喜多さん、それは違うと思うよ」それまで黙っていた夏川が言った。
「どういうことですか」喜多が夏川を見た。
「班長と喜多さんの帳簿検査はレベルが高すぎます。あんな検査をされたら合格する業者はありませんよ。こんな検査見たことありません」
「今にこんなのあたり前になるよ。スケートの三回転ジャンプと同じだからね。昨日の奇跡は今日の常識明日の嘲笑だよ。名人芸じゃだめなんだ」伊刈はそう言いながら、この検査手法をなんとか広く普及させたいと考え始めていた。
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