意外な温情
一週間後、再び京常鉄道の千尋課長が尋ねてきた。今度はコーサイ物流の駒形夫妻を伴っていた。コーサイなどという古臭い名前を冠しているので古参の縁故企業を想像していたが、夫妻は意外なほど若くせいぜい三十台前半にしか見えなかった。
「今度のことは大変申し訳ありませんでした」夫妻は揃って頭を下げた。
「いえ謝ることはないでしょう。コーサイ物流が不法投棄に関与したとは疑っていませんよ」伊刈はあっさりと否定した。
「そうではなく無許可で産廃を回収していたことです」最初の慇懃な挨拶とは違って駒形がややタメ口に近い言葉で言った。むっとしているようにも聞こえたが、正直なのだともいえた。京常鉄道としか取引していない会社なので営業の経験がないのだろうと伊刈は思った。
「仕方がない部分もありますよ。切符はもともと一般廃棄物の専ら物だったから処理するのに許可はいらなかったんですが最近はプラスチックになりましたからね。時代が変わったということですよ。でもこれからも仕事を続けるには少なくとも産廃の許可を取られたほうが無難でしょう。一廃の許可もあればさらにいいですね。切符を回収している駅のある市町村の許可を全部とらないとだめなのでちょっと面倒ですが」
「ええ許可を申請することにしました」
「そうですか。それはよかった」
「そうでもないです。行政書士に相談したら一か所三十万円かかると言われまして、うちは九つの自治体の許可が必要なので二百七十万円です」
「書類は自分で作られたらどうですか。産廃連盟にも申請相談コーナーがあると思うし、どこか一つの市町村で書類を作れば、あとはあて先を変えるだけですよ。自治体の手数料だけなら数万円ですから、九か所なら百万円まではかかりません。県の産廃の許可も同じですよ」
「ほんとですか。それなら助かります」
京常鉄道の千尋課長はコーサイ物流との契約を打ち切るつもりだったらしく、伊刈の寛大な対応をかえって当惑した様子で見守っていた。
「廃切符の処分先ははっきりしましたか」伊刈は話を千尋に向けた。
「それでしたら古紙問屋を介しまして静岡の製紙工場に売却されております。当社はそこからトイレットペーパーなどを買い戻す契約となっております」
「古紙問屋はどこですか」
「カミショーという業界最大手の会社です。機密書類扱いで出しておりますので信用できると思います」
「すべて製紙工場に行ってるんですか。特別にどこかよそに出してるのはありませんか」
「それがですね、お見込みのとおり実は実験的に他に出したものがございました」千尋は顔を曇らせた。
「実験?」
「はい。少量でしたので前回はご報告が間に合いませんでした」
「どれくらいですか」
「全部で十トンくらいかと」
「どんな実験ですか」
「磁気粉があってもそのままリサイクルできる固形燃料化の実験をしておりました。製紙工場で再生する場合、磁気の部分が品質上問題になるので分離しているのですが、そのコストがばかにならないんです」
「それはそうでしょうねえ」
「そこで当社としましても磁気粉を低コストで分離する技術開発を製紙工場にお願いするのと並行しまして、磁気粉があってもそのままリサイクルできる固形燃料化の研究をしております」
「実験場所は」
「東関浄技社です」意外な社名を聞いて伊刈は一瞬とまどった。東関浄技社は県内どころか全国でも有数の業者として知られていて、社長の立山は全国産業廃棄物連盟の理事、国の審議会委員、大学の環境工学講師などを歴任し、いずれは全国組織の理事長になるだろうと噂されている人物だった。
「実験が適正に行われているか調査に行かれたことはありますか」伊刈は平静を装って尋ねた。
「信頼できる会社だと聞いておりますので行ったことはございません」
「業界を代表する優良業者ですからね。こちらでも調査してみますよ」
「できれば当社に調査はおまかせ願いたいんですが。あまり事を荒立てたくないものですから」
「わかりました。それじゃあそちらで調べてみてください。役所が調査をすると確かに目立ちますからね」
「そう願えればありがたいです」
数日後、京常鉄道の千尋課長から最終調査報告書を持参したいと連絡してきた。
「駅構内から切符が盗まれたというのが当社の結論です」一人でやってきた千尋がいきなり言った。
「なんのために」
「情報を違法に読み込むためじゃないでしょうか。切符や定期はいわば有価証券ですから」
「盗難ということなら警察に被害届けは出しましたか」
「それはまだです。盗難と申しましても被害額がございませんので」
「東関浄技社の調査結果を聞いておりませんが」
「信頼性できる業者であるというのが当社の結論です。社長は日本産業廃棄物連盟の理事、中央環境審議会委員を初めとして多数の審議会や委員会の委員を務めておられます。これ以上の業者はそうないかと思われます」
「それは存じていますが所詮は肩書きですよね。処理の実態を確認されたんじゃないんですか」
「京常グループとしてお付き合いのある会社ですので環境部のほうで定期的に現地を確認しているとのことです」
「廃切符の実験の確認をしたかどうかをお聞きしたかったんですか」
「そこまではちょっと聞いておりません」
「そういうことならやっぱりうちで調べてみますよ」
「当社としては盗難ということで一件落着にしたいんですがいかがなものでしょうか」
「社内調査は一件落着でよろしいんじゃないですか」
「左様ですか」
千尋はたかだか10トンの廃切符でいつまでも調査を続けられたくない様子だったが、伊刈にとってはまだ調査は端緒についたばかりだった。
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