駅間物流
京常鉄道は都心と茨城県を結ぶ私鉄だった。他の私鉄やJRと同様、廃切符や廃定期券を百パーセントリサイクルしていると宣伝していた。少量ながら不法投棄現場で廃切符類だけを集めた袋が発見されたとの報を受け、環境部ではなく広報部の千尋課長が衝撃を受けた様子で市庁に飛んできた。
「はあこれですか」袋の中身を目にした千尋はがっかりしたように言った。「これで全部でしょうか」
「見つけられるだけは見つけたつもりですよ」伊刈が答えた。
「そうですか。恐れ入ります」千尋はメディアに情報が漏れることを何より心配している様子だった。発見した袋を全部回収したのは京常鉄道にとっても好都合な配慮となったようだった。
「これが捨てられていた現場を見せてもらってもいいでしょうか」千尋がおずおずと言った。
「かまいませんよ。これからご案内しましょう。足はありますか」
「電車で来たものですから」
「それじゃうちの車で行きましょう」
千尋をCR-Vの後部座席に乗せて伊刈のチームは現場に向かった。
「確認されました廃切符はコーサイ物流が各駅を回って収集したものです」千尋が隣に座った伊刈に説明した。
「コーサイ物流というのは子会社ですか」
「いいえ夫婦二人だけの小さな会社で当社との間に資本関係はございません」
「そんな小さな会社と付き合っているのは何かいわくがあるんですか」
「以前からずっと廃切符の回収を委託してきたようです。おそらく先代社長が労組のOBだったのではないかと思われます」
「昔は鉄道系の労連は強かったですからね。全国の鉄道が一斉にストをやったらゼネストも同然でした」
「さようで」
「コーサイというのは弘済会のことですか」
「それをもじった社名じゃないかとは思います。当社にも昔、京常弘済組合というのがありましたが今は解散しております」
「廃切符の処理の具体的な流れを教えてもらえますか」
「コーサイ物流が各駅の廃切符を回収して回り、ストック場のあるターミナル駅に持ち込んでから、廃切符と廃定期を手選別しております。そこまでがコーサイ物流の仕事です」
「廃切符の処分先はどこですか」
「古紙問屋を介して製紙メーカーで溶解再生処理しております。このルートから不法投棄現場に出回るようなことはありえないと思います」
「するとコーサイ物流から流出したとお考えなのですか」
「ほかには考えられませんので」
「コーサイ物流がターミナル駅に持ち帰らずに不正ルートに流出させるメリットが何かあるのですか」
「いえそんなことをしても利益はないと思います」
「利益がないんだったらコーサイ物流から不法投棄に回ることはありえないんじゃありませんか」
「しかし現に不法投棄現場で出ているのですからどこかから流出したのだと思います。ターミナル駅に集められた後の流出は考えにくいものですから」
「そう決めつけないほうがいいんじゃありませんか」
「わかりました。もう少し調査してみます」千尋は考え込むように沈黙した。ほどなく車は現場に着いた。
「ずいぶん大きい穴なんですねえ。これ全部不法投棄なんですか」くすぶり続けている一般廃棄物の捨て場を見て千尋が言った。数十万トンという大規模現場を見たことがないので千トンの小さな穴でも十分に大きく見えたのだ。
「下に降りてみますか」
「ええお願いします」
「それじゃ足元に気をつけて付いてきてください」
夏川、伊刈、千尋、喜多の順で、四人は坂道を降り始めた。いったんおさまった火災だが火種が残っていたのか廃切符の袋を回収したときよりも煙が多くなっていて、火山の火口に降りていくような感じだった。下に行くほど塩化水素の刺激臭を感じた。
「このあたりにしておきますか。下の方は悪いガスが溜まってる可能性がありますから」伊刈は底まで行く必要もないと考えて崖の中腹で立ちどまった。
「こんな危険な場所からあの袋を回収されたんですね。ほんとに恐れ入ります」
「上に戻りましょう」
「わかりました」
四人は喜多を先頭に崖際の道をまた戻り出した。
「ところでコーサイ物流は産廃の収運業の許可を持っていますか」伊刈が車に戻った千尋に問い掛けた。
「必要なんでしょうか」
「廃切符と廃定期が産廃にあたるなら必要ですよ」
「産廃なんでしょうか」
「厳密に言うと紙は一廃、プラスチックは産廃になるでしょうね」
「つまり定期のほうは産廃ですか」
「環境部の方じゃないので念のため説明しますが、一廃を運搬する場合には市町村の許可、産廃を運搬する場合は県か政令市の許可になります」
「いろいろ難しいんですね」
「コーサイ物流に収集運搬業の許可があるかどうか確認されたほうがいいですね」
「大変申し上げにくいのですが許可はございません。実は環境部に確認してみましたところ駅間の運搬は構内運搬になるので許可は不要と考えていたそうなのです。いかがなものなんでしょうか」
「公道を走行していますので構内運搬には該当しませんね」
「そうですか。すると無許可になるのですね」
「青ナンバーでもないのでしょう」
「はい営業ナンバーではないです」
「そうだとすると京常鉄道が無許可業者に産廃の収集運搬を委託したことになります」
「当社の違法ということですか。それは困ります。この会社に頼むのはもうやめたほうがいいということですね」
「結論を出すのはもう少し調べてからにしましょう。もともと古紙は専ら物(古来から再利用されてきたくず鉄、古銅、古紙、ガラス瓶、古繊維のこと)といって廃棄物処理業の許可が不要になる特例があるんです。だから紙製の廃切符を運搬するのは許可がなくても問題がなかったんじゃないかと思います。ところが最近はプラスチックになったから」
「なるほど。そこまでは環境部に聞いていませんでしたがおっしゃるとおりかもしれませんね」
「ターミナル駅から古紙問屋までの運搬はどこに頼まれていますか」
「そこから先は古紙問屋が取りに来ているかと思います。できれば当社の廃切符を引き上げさせていただきまして、当社で改めまして適正処分したいのですがいかがなものでしょうか」
「最終的にはそうしていただくことになると思いますが事件が解決するまではこちらで証拠として保管します」
「事件といいますとマスコミに発表されるようなことになるのでしょうか」
「公表する予定は今のところありません」
「できれば公表は差し控えていただけないでしょうか。なんと申し上げましょうか、会社のイメージダウンになりかねませんので」
「鉄道会社なんですから風評で利用客が減るというようなことはないんじゃないですか」
「鉄道はそうだと思いますが、観光事業やらデパートやらいろいろ関連事業があるものですから」
「こちらからあえてリークすることはないですが、報道機関にも報道の自由がありますからお約束はできません」
「どうかよろしくお願いします。弊社としましても、もう少し調査を進めましてまたご報告にあがります」駅前で車を降りた千尋は平身低頭で駅舎に消えていった。
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