#_12 斯くも美しきムーランルージュ
魔族とは、単一種族の名称では無い。それは人族に仇なす知的種族の総称。死と破壊の邪神ゼラを信奉する一派である事以外、彼等に明確な共通項は無い。
とは言え、邪神を信奉している以上その性質は否が応でも似通ってくるものだ。高い不死性、強大な魔力、そして闇属性に特化した魔法。彼等の危険性を説明するなら、この三つの要素は外せない。
死を司る神を信奉するが故の不死性は凄まじく、頭を吹き飛ばされても平気で復活する種族すらいるのだから厄介な事この上ない。
そして、その信奉の賜物とも言えるのだが、彼等の強大な魔力と闇属性に特化した魔法は相互関係にある。
正確に言えば、彼等は魔力が高い訳では無い。勿論並みの人族に比べれば強大ではあるが、その本質は魔力効率。つまり、伝導効率の高さである。
ゼラは闇の邪神である。それを信奉する魔族は、当然闇属性を最も得意としている。そして、ゼラは他の聖霊と相性が悪い。平和と調和に重きを置く他の神々や精霊と、死と破壊の神であるゼラには大きな確執があるらしい。故に、ゼラを信奉する者はそれ以外の聖霊の力をまともに借りられない。仮に詠唱をしたところで、その
だが、一方でその信仰には大きな利点もある。ゼラは闇属性の最高神だ。人族にも闇魔法を使える者は多く居るが、人が使う闇魔法は土地神や闇の精霊に力を借りているだけの、言わば二流の魔法である。ゼラは自分を信仰している者にしかその力を授けない。つまり、闇魔法の秘奥は魔族にしか使えない。
その伝導効率は極めて高く、高威力の闇魔法は前述の不死性と相まって人族に大きな脅威を齎している。
幸い、死と破壊の神を信奉している性質上、彼等は運命神イクセリオや生命神シャンドラの加護を得られず、人族と比べて個体数が増え辛い。子は神からの贈り物と言うが、正にその通りなのだ。数の脅威こそが人族最大の武器なのである。
悪魔種、吸血鬼種、幽鬼種等。魔族と区分けされるそれらの種族を討伐するには、一般的にその十倍の人族が必要とされている。
当然相対するのが下位の悪魔種と上級冒険者なら話も変わってくるが、あくまでこれは一般論である。平均的な悪魔種と、平均的な衛兵や傭兵が戦うなら、十倍戦力でようやく互角というのが世間一般の認識だ。
それを踏まえた上で、空間を跳んで平原に着地した俺は愕然とした。眼前に広がる地獄絵図、折り重なった異形の亡骸。燃え盛る篝火に照らされた空間で、アイリスは舞うように剣を振っていた。
「……確かに、確かにこれは……ムーランルージュだ」
旅に出る前、喫茶店でアイリスから聞いた事があった。冒険者時代の異名、二つ名の話。
特に有能な一部の冒険者にのみ与えられるその異名は、正式に王から下賜されたり、組合に届け出るような類いのものでは無い。
比類なき戦いぶりを見た同業連中が風の噂で広める渾名、畏敬の念を込めて呼称するその呼び名こそが、異名である。
ーー
美しい半円を描く流麗な太刀筋。尾を引く血飛沫がアイリスを中心に赤い輪を形作り、放射状に飛散する。一秒にも満たない刹那の時間で幾度と無く描かれる深紅の半円が、俺の目にはまるで風車のように見えた。
「あっ! なんで置いてくんですかっ! 死ぬかと思いましたけどっ!?」
俺に気付いた彼女の声色は、神聖さすら感じるその剣戟とはあまりにも不似合いだった。
「……そうか? 大丈夫だろ、とてもそんな感じには見えない」
一言交わす間にも片手で数え切れない程の悪魔が両断されている。漆黒の体躯、長く伸びた爪。耳の近くまで裂けた大きな口からは黄ばんだ犬歯が覗く異形の化物。正に悪魔じみたその異形達を撫で斬りながら、彼女が言う。
「いいから助けて下さいよ! 本当、もう限界っ」
甲冑には傷こそ無いものの、全身に夥しい鮮血がこびりつき、白銀の甲冑は元から深紅の鎧だったのでは無いかと錯覚する程に染まっていた。
「ああ、さっさとずらかろう。……黒の血脈は居たか?」
剣戟を掻い潜ってアイリスの肩に触れる。転移は術者が触れていなければ同行者を飛ばせない。ーーしょうがなく手を置いたが、肩口に付いた血糊の感触が気持ち悪い。
「黒き血は、居ません。取り敢えず斬った中には、ですけど」
荒い呼吸でアイリスが答える。ーー黒き血、黒の血脈。吸血鬼で言えば真祖の系譜、悪魔や幽鬼種ではデーモンと呼ばれる位階の個体は、血が黒い。
「そうか、まあいい。跳ぶぞ」
端的に告げ、
視界が歪む。周りを囲んだ異形の化け物が一斉に飛びかかる。突き出された長く鋭い爪が身体に触れる寸前、その風景が闇に呑まれ、次の瞬間には全く違う景色が眼前に広がっていた。
・
「そ、そんな……」
外壁から町へと降りる螺旋階段。カンカンと高い音を鳴らす靴音が響く暗闇の中、アイリスが悲痛な声を上げた。
「残念だ。セリアは天に召された」
実際は地の底に落としたのだが、言わない。アイリスの性格を考えると、それは合理的じゃない。俺はあくまでも事故として、セリアの死を彼女に伝えた。
「……せっかく、せっかく友達になれたのに」
背後から聞こえてくる声には力が無かった。振り返るまでもなく、泣いているのが背中越しにも伝わってきた。
「同感だ。だが、それもこれも全て魔族のせいだ。奴等がドーラを包囲しなければ、セリアはこの町に来る事もなかった。違う未来があった筈だ」
アイリスはよく泣く。珈琲を貶された程度で泣く面倒な女だ。そして、その度に彼女は感情に流され混乱する。俺から言わせればそれは愚か以外の何物でもないが、言い換えれば与し易い女とも言える。
故に、混乱に乗じて論点をすり替える。本来、セリアの死と魔族には殆ど何の因果関係もないが、さもそれが問題の根本のように押し付ける。
「そう、ですね。魔族、魔族のせいで……」
ーーいや、違うだろ。事故で落ちたのならセリアの不注意だし、事実を言えば俺の仕業だ。……馬鹿で助かる。ベアトリクスならこうはいかない。馬鹿も利口も良し悪しだな。
「まあ、気を落とすな。俺達には神に託された使命がある。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。……奢ってやるから、今日は呑め」
話している間に螺旋階段の終わりが見えた。薄暗い外周区域に降り立つと、視線の先に煌々と光る街並みが見える。ドーラの夜の中心街、酒場街である。
「いえ、とてもそんな気分では……」
項垂れた様子でそう答えるアイリス。その肩に手を置き、提案する。
「まあ、そう言うな。良い店を知ってる。きっと気持ちも少しは晴れる筈だ」
「良い店……ですか?」
彼女が訝しげに視線をあげる。俺は努めて和やかに微笑み、分かりやすく大きく頷いた。
「
「……弔い」
視線を交わしたまま、アイリスが小さく反芻する。涙に濡れた瞳が、どこか色っぽい。
「ああ、そうだ。セリアを笑って送る為、遺志を継いで魔族を倒す為、酒で明るく弔ってやろう」
ーーどうせ
「そう、ですね。……うん、弔いましょう。明るく、送ってあげましょう」
言葉の意味を咀嚼するように、自分を納得させるようにゆっくりと話すアイリス。その声に段々と力が戻る。
ーーそうだ、その意気だ。出来ればその意気でブラムもあの世に送ってくれ。
涙目で微笑むアイリスを引き連れ、
軒を連ねたドーラの酒場の煌々と輝くその灯りが、死者を導く送り火のように見えた。
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