#_7 合理的な行動指針の件





 町に着くと、まず冒険者斡旋所を探す事にした。アイリスは部屋を取りに宿屋に向かい、今は二手に分かれている。俺は止めたのだが、彼女は文無しのセリアに宿代まで出す気らしい。度を越えたお人好し、大馬鹿である。まあ、その甘さが俺の足を引っ張らないのなら、好きにすればいい。俺には特に関係無い。


 二人と分かれ一人になった俺は、左耳に装着した聖銀ミスリル製のリング型のピアスに魔力を流し、遠話の魔法を行使する。

 これは出立に際してベネディクトに用意させた連絡用の魔道具。値が張るわりに一対となったもう一つのピアスにしか音声を伝えられない不便な道具だが、携帯電話なんて物が存在しないこの世界では、それでも有用な魔道具である。


 町の表通りを中心地に向かって歩くと、商店や酒場が建ち並び、通りはなかなかの賑わいを見せていた。小さな町だと聞いていたが、思っていたより随分と栄えているように感じる。個人的に元の世界よりかなり文明の発展が遅れた世界だと認識していたのだが、小さな町でこのレベルなら思っていたより生活水準は高いのかも知れない。


 辺りを見回しながらピアスに意識を集中する。断続的に響いていた砂嵐の様なノイズが途切れ、ピアスの振動に合わせて耳元に声が届く。


『ーー私だ。用件を聞こう』


 落ち着いた低い声。まるで感情の感じられない機械の様なその声の主に向けて質問する。


「ベネディクト、単刀直入に聞こう。……シモン枢機卿とやらは、お前の友人か?」


 俺は教会の内部事情なんて知らないし、興味も無い。友人という表現が適切かどうかは知る由も無いが、その関係性を知るには適当な問いに思えた。

 一瞬の沈黙。僅かな間を置いて、ベネディクトの声が届く。


『……いや? その逆だ』


 逆。果たして友人の対義語に何が該当するのかは分からないが、取り敢えず良好な関係で無い事だけは確かだろう。味方の対義語が敵なのだから、味方より親密な意味を持つ友人の対義語は、敵より敵対的な何かだろうか。

 ある意味予想通りのその返答に思わず舌打ちが出る。


「そうか。ならこれは非常に悪い報せになる。そのシモン枢機卿とやらが勇者を召喚したらしい。俺と同じ、異世界人だ。知っていたか?」


『……初耳だな』


 ああ、畜生。やっぱり予想通りだ。俺のこういう悪い予感は、本当に良く当たる。


 町に向かう道中、俺はセリアから勇者とやらの情報を聞いた。勿論、自分も枢機卿に召喚された勇者だと伝える様な馬鹿な真似はしない。こんな世界だ、どんな危険があるかも分からない内に軽々に身分と立場を明かすのは得策じゃない。

 セリアの話によると、シモン枢機卿の勇者は黒髪黒目の青年らしい。剣術に長け、魔法もそれなりに熟す魔法剣士。剣すら持っていない自分と比べると向こうの方が幾分ハイスペックに思える。

 魔王討伐を目標に掲げている点は共通しているが、その背景まで鑑みると、その勇者を安易に味方だと認識するのは些か憚られた。


「機会があれば殺しておくか?」


 コンビニ行くけどついでに何か買って来ようか。それくらいの軽い口調で提案する。幾ら相手の方がハイスペックだとしても、不意を突けるなら殺す事自体はそう難しく無いだろう。


『ふむ。……難しい所だ。仮に君が殺したと知られれば、間接的に私の立場にも影響を及ぼす可能性がある。当然、私と君の関係性にまで気づかれた場合の話だが……。しかし、そうか。シモンが勇者を……』


 ベネディクトが珍しく言葉を詰まらせる。恐らく、それ程までにイレギュラーな事態なのだろう。ーー同時期に同じ目的で召喚された二人の勇者。何となく、その背景が見えてきた。


「なあ、ベネディクト。ところでお前は、主流派か?」


 ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。ーー勇者召喚と魔王討伐はあくまで代理戦争。真の目的はその成果を用いた利権争いか、派閥争いか……、まあそんな所だろう。俺としてはベネディクトが多数派だろうが少数派だろうが特に興味は無いが、それを知る事で見えてくるものもある。聞けるなら聞いておきたい質問だった。


『……現状は第二派だ。しかし、僅差ではある。僅かな印象で逆転する程の、小さな差だ』


 やけに素直だ。多数派が少数派を偽わるメリットも無いだろうし、恐らく真実なのだろう。本当に僅差かどうかは別にして。


「僅かな印象とは、自分の召喚した勇者が魔王を倒すとか……そんな所か」


『……いや、実を言うとそこまでの成果は必要無い。確かに、魔王討伐が成功すれば間違いなく立場は逆転するが』


 悩ましげに、言葉を選んだ様子でベネディクトが答える。

 ーーなるほど、なるほど。大体見えてきた。


「……例えば、教会の予算を使って極秘裏に召喚した勇者が謎の死を遂げたとなれば、シモンの株は下がるな」


『ああ、そうだな。その程度の失態で立場は逆転する。もしそんな事が起これば、一気に票が流れ込み私が主流派に取って変わるだろう』


 ーーこれはピンチでもあるが、大きなチャンスだ。正体不明の魔王なんかより、勇者とは言え人一人殺す方が明らかにお手軽だし、それで魔王討伐の必要が無くなるのなら、俺にとっては好都合だ。向こうが俺の存在に気付いていないであろう今ならば、俺はシモンの勇者を闇討ちする事だって出来るのだ。……こんな好機を逃す手は無い。


「概ね理解した。また情報が入れば連絡する。お前も、そのシモン枢機卿とやらの動向に注視しておいてくれ」


『ふっ。腹の読めない男だと思っていたが、結果的に召喚したのが君で良かったかも知れん。物分かりが良くて助かる。君に神の御加護があらん事を』


 最後に形式張った何の感情もない祈りの言葉を告げ、ベネディクトが通話を遮断する。俺は交わした言葉を反芻しながら自分の置かれた立場と状況を分析し、その行動指針を導き出す。


 ーー当面の目標は、変わらずドーラの悪魔討伐で良いだろう。セリアの話ではシモンの勇者もドーラの解放を目指している様だし、そこでかち合う可能性もある。魔王討伐は、現状そこまで重要では無い。勇者が俺しか居ないのなら、有力な魔族を倒して名声を得る事でベネディクトの株を上げる必要があったのだろうが、対抗馬のシモンが勇者を召喚した事で状況は一変した。シモンの株を下げる事で、相対的にベネディクトの株を上げる選択肢が増えたのだ。

 当然、この先俺に降りかかる危険も増えたと思うが、それは俺が勇者だと広まらない限り問題では無い。


 勇者の立場を隠しつつ、ドーラの悪魔の討伐を試み、その過程でシモンの勇者を暗殺出来れば尚良し。行動指針はそんな所だろう。


「……面倒だ。制約が日ごとに増えて行きやがる」


 通りで足を止め、一人呟く。目の前の建物を見上げると、扉の上には二本の剣が交差した紋章。剣の交差した中央部分に、航海と冒険を意味する羅針盤が描かれているそのエンブレムは、そこが冒険者斡旋所である事を示している。


 ーー取り敢えず、斥候を雇おう。ドーラの悪魔討伐が目的とは言えなくなった分、説明が些か面倒になったが、果たして受けてくれる奴が居るかどうか。


 泥中を歩く様に重くなった足取りで斡旋所の扉を開ければ、酒精の混じった淀んだ空気が鼻腔をついた。









「……聞き出せたか?」


 事前に指定していた町の中央広場でアイリスと落ち合う。宿に赴き部屋を確保した彼女は、俺の質問に少し怒った様な表情を見せた。

 

「聞き出すって……。そんな、まるでセリアが敵みたいな言い方……」


 いや、敵みたいなもんだろ。説明しただろ。理解していないのか? 馬鹿なのか? 馬鹿な事は承知しているが、そこまでなのか。頭が痛い、先が思いやられる。


「何でも良い。ドーラに向かっていたセリアがあんな中途半端な場所で行き倒れていた納得出来る理由を聞かせてくれ」


 言い争いは面倒だ。俺は無駄な努力と感情的な女が何より苦手だが、それが俺にとって有用な存在なら話は別だ。アイリスは、良い盾になる。それはこれまでの旅路で充分把握した。多少面倒な性格はしているが、出来る事ならある程度の信頼関係は築いておきたい。あくまで出来る事なら、だが。


「……短距離転移ショート・ジャンプらしいです。ドーラ近郊で魔族との戦闘に突入し、撤退が遅れて座標も決めずに緊急転移した結果、あの街道に飛ばされて、そのまま魔力切れで行き倒れたと」


 渋々、と言った態度でアイリスが語る。……話の筋は通っているが、なんだこの違和感は。何か腑に落ちない、気持ちの悪い感覚。そういう事もあるだろうなと感じながらも、何処か納得出来ない部分もある。それが何処かと問われれば、明確な指摘が出来ない所が無性に腹立たしい。


「そうか、なるほど。それで、彼女は今どこに」


 疑念を残しながらも、取り敢えずは受け流す。論理的に説明出来ない勘や予想は一旦無視する。根拠の無い感情は、合理的じゃない。


「宿です。二部屋とりました。私とセリアが同室です」


 当たり前だ。お前の勝手でセリアの面倒を見る事になったのに、俺が相部屋にされていたら暴れる所だ。言われなくても分かっている。


「セリアは今後どうすると言っていた」


「明朝、町を出るそうです。はぐれたパーティと合流する為、ドーラに向かうと。……て言うかそんなに気になるなら自分で聞けば良いのに」


 質問に答えた後、アイリスがぽつりと呟く。ーー気になってはいない。ただ、捕捉しておきたいだけだ。セリアの動き、延いては勇者パーティの動きを。


「それで、斥候を請け負ってくれる冒険者は見つかったんですか?」


 アイリスから一通りの情報を聞き取り今後の動向について思案していると、彼女が胡乱げな視線で問いかけてくる。まるで気に入らない職場の上司を見る様な目つき。まあアイリスの立場からしてみれば、俺はそのまんま気に入らない職場の上司なのかも知れないが。


「いや、見つからなかった。と言うか隣町のドーラが魔族に包囲されているからな。この町に冒険者は殆ど居ないらしい。一応依頼書は貼って来たが、望みは薄いだろうな」


 隣町が戦時下にある現状でこんな町に長居する物好きは少ない。特に冒険者なんて輩は帰る先の無い流れ者の集まりだ。わざわざ好き好んで金にならない危険に近づく奴など居ないだろう。

 万全を期すなら斥候が見つかるまでこの町に滞在しておくべきだろうが、セリアと勇者パーティの動きも把握しておきたい。万が一にもドーラの悪魔を先に討伐された上、勇者パーティを見失いでもすれば……悪夢だ。俺は更なる成果を欲するベネディクトに、今度こそ魔王討伐を命じられるだろう。それだけは避けたい。


「では、どうする気ですか?」


 悩ましい。重要な決断だが、重要なだけに即決は難しい。俺は暫く沈黙した後、慎重に言葉を選んで彼女に方針を告げる。


「……明日の朝までに斥候を雇えなければ、セリアと共にドーラを目指す。……彼女を独りで危険な所へ行かせるのは、心配だからな」


「!? そう、ですか。……すみません。少し、見直しました」


 瞠目したアイリスが、申し訳なさそうに視線を足元に外して小さく謝った。ーー構わん。当然、嘘だ。セリアがどこでくたばろうと関係無いが、出来るだけ早急にシモンの勇者とやらを捕捉しておきたい。適当な方便でアイリスの評価も回復しておけるのなら一石二鳥だ。

 万が一の時、彼女には俺を守る肉の壁になってもらわなければならないのだから。


「アイリス。俺たちは、ドーラの教会に友人がいる旅人だ。勇者とか、神託とか、要らん事は一切喋るなよ」


 改めて念を押す。目標は要塞都市ドーラを包囲する魔族の長、狡猾な悪魔。を、倒さんとする勇者の首。


 ーーどれでも良い。


 全員敵だ。どれを殺ってもプラスにしかならない。


 そう考えれば、これはある意味簡単な仕事かも知れない。俺は面倒過ぎる現状を無理矢理そう思い込んで乗り切る事に決めた。

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