第15話
「あ~、くそっ、むしゃくしゃする!」
このまま帰ったら女房に八つ当たりしちまいかねない。
俺は村の真ん中にあるアブラミーの酒場へと足を向けた。
店主のアブラミーは、肥満体が多いオークの中でも特に肥満中の肥満――正面から見ると背丈よりも横幅の方が広く見えるもんだから、『ひしゃげたゴムまり』なんて侮蔑的なあだ名をつけられている。
ただし、料理の腕で右に出る者はいない。
彼は体形通りの食道楽であり、食を極めるために何年もの歳月をかけて世界中を旅してきたツワモノでもある。
特に酒と相性のいい料理を作らせたら右に出る者はなく、この酒場はオークのみならず、他種族がわざわざ酒肴目当てに訪ねてくるほど繁盛していた。
しかし、この村は現在、雑風ライ監修のもと、厳しい食事制限の真っただ中にある。
アブラミーの店もさぞかし閑古鳥が鳴いていることだろうと、俺はそう考えて彼の店を訪れたわけだが……閑古鳥どころか、大繁盛なんだな、これが。
俺はほぼ満席状態の店内をかき分けるように進んで、カウンターの端にたどり着いた。
座ってゆっくり酒を楽しむテーブル席と違って、この店のカウンターは立ち飲みだ。
並んでいるおっちゃんたちがちょ~っと詰めてくれれば、俺のためのスペースは確保できるってわけで……俺は早速片手をあげて、店主であるアブラミーを呼んだ。
彼はもてなしのためのアツアツに蒸したタオルを持って、俺の前に来た。
「なんだよ、今日はずいぶんと繁盛してンじゃねえか」
俺が言うと、蒸しタオルを差し出しかけていたアブラミーがニコニコと笑った。
「おかげさんで」
「これ、やばいんじゃないの? みんな、食事制限とか守る気ないでしょ」
つまり、雑風ライがどれほど頑張ろうとオークはオーク、食の誘惑にあらがうことなどできなかったということで……。
「へ、ざまあみろってんだ」
なんだか愉快な気分になって、俺はアブラミーに注文を伝えた。
「なあ、ビアをくれ、思いっきり冷えたやつをな」
ところが、アブラミーは首を横に振った。
「ダメダメ、うちはビアは置かないことになったんだ。
「そうなのか……じゃあ、酒は適当でいいから、つまみにあれを出してくれ、鳥を油で揚げたやつ」
「ああ~、揚げ物も、今は出していないんだ」
なんだか様子がおかしい。
きょろりと店内を見渡した俺は、カウンターの中央、天井近くに誇らしげに飾られた肖像画を見つけて、うめき声をあげた。
「雑風……ライ……」
そう、それはにっこりとさわやかに微笑む、あの筋肉男の肖像――そしてその下に『雑風ライ公認酒場』の文字!
「いったい、これはどういうことだよ!」
俺の叫びに答えるように、どこからかライの声が。
「その疑問、私が答えてあげよう!」
彼は、いつからそこにいたのか……突然、込み合ったテーブル席の真ん中に立ち上がった。
「君は、こう思っていないかね、食事制限とは『食べてはいけないもの』を決めることだと!」
「いや、そりゃ、制限っつうくらいだから、そうなんじゃねえの?」
「ナンセンス! 食事制限とは、肉体に必要な栄養をいかに効率よく取り入れ、そして不要な栄養をいかにして減らすか……つまり、『食べるべきもの』を決める行為なり!」
「いや、食うもんはともかくさ……酒はさすがにやばいだろ」
「酒も体に取り入れる栄養の一つ! そして、正しく飲めば楽しくストレスを解消してくれる優れもの! ならば、飲んでも太りにくい酒を、正しく飲むべし!」
アブラミーが、カウンターの中から言葉を挟んだ。
「酒は適量を、そして楽しく飲めば体にいいってのは、昔から知られてることだろ」
ライがムキッと筋肉ポーズをとって。
「そこで私は(ムキッ)この店主君と(ムキッ)筋肉に優しいメニューを開発したのだ(ムキムキーン)!」
アブラミーも、ライを真似して筋肉ポーズ。
「それ故に公式(ムキッ)、それ故にヘルシー(ムキッ)、その効果は、見よ、我が肉体を(ムキムキーン)」
俺はアブラミーをよーく見る。
そういえば、こいつ、横幅が背丈より細くなったような気がする。
例えて言うならば、以前はデブを縦に押しつぶしたような潰れかけたデブだった。
いまはドラム缶のようなデブ……明らかに以前よりも引き締まっている。
ライとアブラミーが、ダブルでポージングを決めた。
二人とも、無駄に自信満々な表情で。
「「見よ! 筋肉!」」
俺は、自分の中にあった飲酒欲が急速に引いて行くのを感じた。
「馬鹿らしい」
カウンターから離れようとする俺を、アブラミーが慌てて引き止める。
「おい、飲みに来たんじゃないのか?」
俺は少し怒気を含んだ言葉を返した。
「ああ、そのつもりだったんだけどな、帰るわ」
「せっかくヘルシーなツマミを取り揃えてるのに……」
「何がヘルシーだよ、クソ喰らえだ。どうせキャベツにちょっと塩振ったとか、生のにんじんを細く切ったとか、そんなんだろ。そんな小鳥の餌で酒飲む趣味はねえよ」
「それは、俺の料理の腕をバカにしてるのか?」
「バカにはしてねえ。だが、あんたほどの料理人がヘルシーとやらで満足しちまうとは……がっかりだ」
「ヘルシーだって料理は料理だ。俺は誠心誠意真心込めて、どんな食材にも愛情を……」
「ああ、うるせえ。理屈とかいらねえよ」
俺はアブラミーに背中を向け、軽く片手を上げて別れを告げた。
「あばよ、あんたは変わっちまった」
ふと顔を上げると、ライが腕組みをしたまま、困ったような顔でこちらを見ていた。
そう、全てはこの男のせいだ。
「あんたのせいだよ、あんたのせいで、アブラミーも、村の連中も……バラまで変わっちまった。全て、あんたのせいだ」
吐き捨てるように言うと、あとは何も見ず、俺は足早にその店を出た。
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