俺の女に手を出すんじゃねえ ~バラの場合~

第14話

 よお、ここからは俺、バラが案内するぜ。

 ライがこっちの世界に来た時に出迎えた三匹のオーク、あれの一番兄貴分が俺だ。


 俺は、どっちかっつーと、この雑風ライって男を胡散臭いと思っている。


 そもそも、第一印象からして最悪。

 何が「筋肉だ!」だっつーの。

 筋力ですべてが解決できたら、誰も苦労しないっつーの!


 おまけにこの男、俺のかわいい弟分であるロースをあっという間に手なずけやがった。

 まあ、ロースは素直で、ちょっと考えが浅いところがあるから、新参者と打ち解けるのが早いのもわかる……わからなくはない。


 しかし、だ!

 内向的で用心深いカタまでもが、あの男に心を開いたというのが、信じられないというか気に食わないというか……。


 二人はある日、山へ出かけて行った。

 行くときは連れだってじゃ無い。別々に出かけて行ったっていうのに、帰ってきたときは二人連れ……しかもお互いを『親友』と呼んで、肩まで組んで。


 おまけに、カタは疲弊しきっていて、傷だらけだった。

 しかし、二人ともその理由を頑なに語ろうとはしない。

 だから俺は、雑風ライを、うちの畑の裏の大きな楡の木の足元へと呼び出した……。



「だから、なにも難しいことを聞いてるわけじゃ無いんだ。あの山で、何があったんだ?」


 すでに同じ質問を何度も繰り返したあとだ、俺は少しイラついて、棘っぽい声をしていたかもしれない。

 さすがのライも不機嫌に……ならないんだなあ、これが。


「は~はっはっは! 何度でも答えよう! それは二人だけの秘密なのだと!」


「秘密ねえ……」


「しかし、これだけは断言しよう! 君が心配するようなことは何もなかった!」


「なんだよ、心配するようなことって」


「つまり、密会! 私とカタ君が山で人知れずいちゃこらして、肉体と肉体で語り合い、絆をつなぐとか、そういうイベントは発生しようがないのだ!」


「なんで、そう言い切れるんだよ」


「なぜなら、私は男より女が好きだ!」


「ああ、恋愛対象は普通に女だよってことだな」


「しかし、それ以上に筋肉が好きだ! 愛してるっ!」


「そこが……わかんねえ」


「はっはっは、ともかく、カタ君の貞操は無事だということ! これだけは保証しよう!」


 正直、それはどうでもいいこと。

 俺が知りたいのは、この男が何をたくらんでいるのかということ。

 筋肉を鍛えるとかいって村の連中をたぶらかしているが、それが本当に善意からなのだろうかということだ。


 何しろ村の女性連中は、すでに一人残らずこの男の虜だ。

 望めば村のどの女でも口説けるだろうに、誰にも手を出さず、黙々と筋肉に尽くす姿がたまらないのだと……これはウチの女房が語った雑風ライという男の魅力だ。

 女どもはこぞって彼の名を張り付けたうちわを作り、彼が道を歩けばその後を追っかけ、彼が笑えば惜しみなく黄色い声を浴びせる。


 まるで村中の女という女すべてが、魅了の能力にかけられたかのように、雑風ライという男に夢中なのである。


 つまり、カタがこの男と急に仲良くなったのも、魅了系の能力によってたぶらかされているのでは無いかと……。


「おい、お前、なにを企んでいる?」


 面倒な駆け引きやカマかけは効果なしと見て、俺はそのものズバリをこの男に尋ねた。

 彼は、高らかに笑って答えた。


「はーっはっはっは! 私の目的は……」


 ムキっと胸を張って胸筋を強調するポーズ。


「筋肉だ!」


 いや、この答え自体はある程度予想していたが……こうもあっけらかんと胸を張って答えられては、それがこの男の本音なのではないかとも思ってしまう。

 つまりこいつは、脳の中まで筋肉だと。


「そうか、つまり、こうやって村の連中をたぶらかしたんだな」


「たぶらかす……たしかに人聞きは悪いが、その通りであると言っておこう! なぜなら私の筋肉は言葉よりも雄弁に語り、美貌よりも人を酔わせ、そして、伝説よりも強くロマンを感じさせる! この筋肉に人が熱狂するのもしかり!」


「なるほど、つまり、筋肉の筋肉による筋肉のための魅了……」


 俺も少し混乱してきたようだ。

 もしもこれが魅了という能力のせいだとしたら……恐ろしい男だ、雑風ライ!


「今日のところはこのくらいで勘弁してやる」


 俺は彼の魅了にハメられないようにと、大きく身を引いた。


「いいか、お前が何をやろうとしているのか、俺は知らん! だが、この村に災いをもたらすと俺が判断したならば、その時は……斬る!」


「素晴らしい! 勇ましくてかっこよいではないか!」


「くそっ、茶化しやがって」


「茶化してなどいない。心からの称賛だ!」


「うるせー、その嘘くさい物言いが、すでに信用できねえんだよ。だが、どうやら悪意はないようだと、今日のところは信用しておいてやる」


「うむ、感謝しよう」


 俺は踵を返し、ライに向かって背中を向ける。

 しかし、一つだけ言い忘れていたことを思い出して、くるりと振り向いた。


 彼は、俺に疑われていることなど何も気にしていないかのように、ニコニコと笑っている。

 その能天気な顔に向かって、俺はすごんで見せた。


「なあ、もうひとつだけ言っておくぞ、俺の女房に手を出すんじゃねえぞ」


「わかった、心得ておこう」


 頷くときにも、彼はさわやかな笑顔を浮かべている。

 それが俺の癇に障るのであった。

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