第12話

 真っ先に動いたのは、太った方の男だ。

 彼は右腕を前に突き出して叫ぶ。


「能力発動! 『生まれいずる銃ガンズアンドローゼス』!」


 男の肘から先が黒光りする鉄の棒に変わる……よりも早く、ライが跳んだ。


「は~っはっはっは~! 『押しつぶす筋肉マッスルプレス』!」


 なんのことはない、ただのボディプレスだ。

 しかし、立っている相手を地面に引き倒すほどの威力。


 ズズゥン……。


 かすかな地響きとともに太った男は大地に伏した。

 完全に気を失っている様子である。


「はっは~! さあ、次の相手は君かな~?」


 ライは笑いながら立ち上がるが、痩せた男の方は完全に闘気を失っている。


「や、やめるでござる……」


 俺は、彼にほんの少しだけ同情した。


 異世界人である彼は、きっと見た目通りのか弱い少年だったはずだ。

 それが突然見知らぬ世界に呼ばれ、異能力を与えられる。

 少しくらい天狗になるのもわからなくはない。


 しかし、いま、彼の鼻っ柱は完全に折られた。

 それも、単なる筋肉バカに!


 筋肉バカことライは、腰を抜かした男の前に立ちはだかっている。

 両手を大きく広げて、今にも相手を押しつぶさんとしているかのようだ。


「ほ~らほら、かかってこないのかな~?」


 痩せた男はそれでも、両手を前に突き出してささやかな抵抗を試みた。


蒼い弾丸サンダーボルトッ!」


 男の両手の先に雷撃が生まれる。

 しかし、ライはその電撃に自ら胸元を差し出した。


鉄壁の筋肉マッスルシールドッ!」


 雷撃はわずかな火花となって砕け散る。

 ライは得意げにポージングを決めた。


「見たか、筋肉マッスル!」


「ひ、ひいいいいい」


「弱い、弱いなあ……君が望んだ勇者というのは、こんな弱いものなのかい?」


「せ、拙者、べつに勇者になんてなりたくないでござるもん……異世界転生したから、強そうな能力を選んだだけでござるもん」


「ほう、つまり、大した目的もないのに、己の能力を誇示するためにオークの村を襲おうとしたと?」


「ゆ、勇者とはそういうものでござるよ?」


「わかってないな~、違うんだな~」


 ライは、男の首根っこを押さえた。

 鼻先が触れ合うほどに顔を寄せて、低い声で囁く。


「オークから見たら、お前は単なる虐殺者だ」


「そ、そう……デスネ」


「勇者とは確たる信念をもって突き進む者を指す。ろくに信念すら持たないお前を、俺は勇者とは認めない」


「は、はい」


「さあ、あとは自分たちで考えろ」


「で、でも!」


「なんだ?」


「モンスターを退治するっていうのは、ゲームなんかでは勇者の正しいお仕事でござるよ!」


「ふ、確かに」


 ライは男の首根っこを放し、その体を軽く突き飛ばした。


「だが、ここはゲームの中じゃない。完全なる悪の象徴である魔王は存在しないし、完全な善として人間が存在しているわけでもない。自分で良く考えろ、勇者であることの意味を」


 そのあとでライは、いつも通りの朗らかさで、にっこりと笑った。


「考えた結果、オークの敵となるならば、それも仕方なし! いつでもかかってくるがいいぞ! この私がお相手しよう!」


 男は、もう、返事すらしなかった。

 なにかを深く考え込んでいるような、そんな顔をしていた。


 ライは俺の方に振り向く。


「さあ、帰ろうじゃないか!」


「いや、でも、こいつらはこのままでいいんすか?」


「あとは彼らが自分で決めること、俺たちの筋肉には関係ないことさ!」


「筋肉って……あんた、ほんと筋肉バカっすね」


「はっはっは~! ほめ言葉として受け取っておくよ!」


 こうして俺は、ライに連れられて村へと帰ったのだった。

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