第10話
ライはまず、俺を見た。
俺が汗まみれになって、肩で息をしているのを、見た。
そして、眉をしかめた。
「いけないなあ、カタくん、急激な運動は心臓への負担がかかる。特に脂肪燃焼効果を期待するなら、息を切らすほど強う運動ではなく、軽く呼吸が上がる程度の有酸素運動が良いと言われているのだよ!」
「筋肉講座は後でいいっすから、あいつら……」
俺は二人の人間を指さす。
ライはそちらへ顔を向け、すぐに明るい笑顔を浮かべた。
「やあ、こちらへ来てからニンゲンに会うのは初めてだ! はじめまして、こんにちは!」
いきなりのライの登場に身構えていた二人が、これで少し表情を緩める。
「こ、こんにちはですぞ」
「ちわっす、なんだな」
ライは少し眉をしかめ、腰に手を当てて胸を張る。
「んっ、元気が足りないぞ、こんにちわっ!」
二人はこのペースに飲まれたか、慌てて背筋を伸ばした。
「こっ、こんにちは!」
「よーし、いいぞー、げんきですかー!」
「げ、げんきですっ!」
「はっはっは~! 元気が一番!」
こんな筋肉バカに頼るのは不安だが、ここで他に頼れる相手などいないのだから仕方ない。
それに、ライだって召喚された人間なのだから、何らかの能力を持っているはずだ。
この二人と互角に戦える可能性があるのは、彼だけなのだ。
俺はライに向かって叫んだ。
「そいつら、俺たちの村を襲おうとしているんす!」
「ほう?」
人間どもは気づいただろうか。
ライの片眉だけが怒りの形につりあがったのを。
いや、気づかなかったに違いない。
彼らはヘラヘラとだらしない笑顔を浮かべた。
「ああ、聞いたことあるでござるよ、まれにモンスターたちが拙者たちと同じ世界の人間を召喚することがあると」
「なにも、同じ世界から来た人間同士、争うことはないと思うんだな」
ライはいつも通りの朗らかな声で、それに応えた。
「奇遇だな、私もそう思うよ! 同じ世界から来た、こちらの世界には縁もゆかりもない身どうし、争うことは不毛だと思うよ!」
いつも通り?
そんなわけがない。
普段の彼の朗らかさには裏表がない。
だから俺は、この男を少し侮っていたのかもしれない。
いま、ライの声はわずかに低く、怒気をはらんでいた。
まるで獣の唸るような、低くくぐもった声がライの口元から漏れる。
「つまり、このまま村には手を出さず、おとなしく帰ってくれると、そういうことだよな?」
二人の人間がゲラゲラと笑いだす。
意地の悪い、高圧的な笑いだ。
「ぶふぉ、手を引くのはそっちなんだな」
「いやいや、かわいそうでござるよ、笑っちゃ」
「あんただって笑ってるんだな」
「笑うでござろう、この御仁、自分がマッチョだからって拙者たちより強い気になっちゃってるでござるでござるよ」
「たしかに、笑えるんだな!」
この反応、二人とも自分が与えられた能力に相当の自信があるに違いない。
しかし、自信ならば負けていないのが雑風ライという男。
二人よりもさらに高らかに、朗らかに笑う。
「はーっはっはっはー」
二人はビクッと体を震わせて笑うのをやめた。
「な、なにがおかしいんでござる?」
「おかしくはないが、面白そうだから笑ってみた! はーっはっはっはー!」
「ふ、ふざけたやつなんだな」
しかし、ライは自信満々、胸を張って揺るがない。
何者も恐れぬその姿は、百戦錬磨の証であるかのようにも見える。
いや、実際はこれがライの初戦闘のはずなんだけど……。
この無駄にデカい態度に、二人の精神は大きく揺さぶられたらしい。
きっとここに来るまで、彼らは救世主としてあがめられるばかりだったのだろう。
村に立ち寄れば村人から歓迎され、町に赴けば祝賀会に呼ばれ……
それはそれは大事に、誰も逆らう者のいない暮らしをしてきたはずだ。
ところが今、彼らはたった一人の男によって笑い飛ばされている。
それも意味不明……いや、意味さえないかのように、ただ笑われている。
「はーはっはっは……おや、もう笑わないのかね?」
ライの言葉に激高したか、太った方の男が先に動いた。
「バカにしやがって、ステータスオープン!」
男は指で眼鏡の形を作り、顔の前にかざした。
これを発動させると相手の能力がデータ化され、視界に浮かぶのだという。
つまり彼の眼には、数値化されたライの戦闘力が見えているはず……。
ところが、男は叫んだ。
「な、なんなんだな、これ!」
彼は指メガネを顔から外して、まじまじとライをながめた。
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