第8話
「やばい、やばいやばいっす! あいつら、勇者っす!」
いつごろからか……それこそ歴史が始まったころから、人間と魔族は争いを続けている。
とはいっても、四六時中ドンパチしているわけじゃないが。
どこの大陸でも、人間と魔族が暮らす境界線ってのがきちんと決められている。
俺が住むこの大陸では山脈を境にして魔族は北に、人間は南に。
そうやって住み分けることで、余計な争いを避けているわけだ。
ところが、これは表面上のこと。
人間にも魔族にも血の気の多い奴ってのはいるわけで、そういうやつらが勝手に戦争を始める。
特に人間の間には『勇者』と呼ばれる存在が伝説として語られているから厄介だ。
勇者っていうのは、異世界から来たりし者だと言われている。
圧倒的な力を持ち、世界を平和へ導く者。
ま、あくまでも伝説だ。
ところが人間は、この伝説を大真面目に信じている。
だから時々、異世界の人間を召喚しては魔族の世界にけしかけてくるのだ。
あの二人も、そうやって召喚された勇者候補だろう。
ならば、村に近づけるわけにはいかない。
異世界の人間は、本来ならば俺たちの世界では存在しない『物質』だ。
この世界に適応するために、必ず女神の祝福を受ける。
この時に与えられるのが、倒したモンスターを『経験値』として自分の力にする能力。
勇者候補たちは、この経験値を求めて俺たちを襲うのだ。
「もしもあいつらに村が見つかったら……」
嫌な未来しか想像できない。
弱いモンスターが群れて暮らしているというのは、あいつらにとっては好都合なのだ。
村一つを丸ごと焼き払えばそれなりの経験値がまとめて手に入る。
これに抗すべく、俺たち弱いモンスターは村の用心棒として『異世界人』を召喚する。
目には目を、異世界人には異世界人を、だ。
とあるスライムの村なんかは、「もうこいつが勇者でいいんじゃないの」というほどゴリゴリに強い異世界人の召喚に成功したという。
なんだか「性癖にぶっ刺さった」とかわけのわからないことを言って村の娘を娶り、幸せに暮らしているらしい。
これでスライムの村は安泰だ。
ところが、俺たちが召喚してしまったのは、筋肉しかとりえのないあの男……。
ふいに耳の奥で、あの無駄に自信満々な笑い声が聞こえたような気がした。
――はっはっはー! 案ずることはない、私を呼びたまえ!
「誰がお前なんか頼るもんかっす!」
幻聴に悪態ついて、俺は村とは逆に向かって走り出した。
女神からの祝福を受けている奴らだから、どんな能力を持っているかわからない。
何らかの能力で俺を見つけ出す可能性だってあるはずだ。
だから村からできるだけ遠く。
追跡系能力を持っていなければ、俺のことを見失って村への手がかりをなくすわけだ。
どちらにしても犠牲は俺一人で済む。
「上等っす!」
俺は村とは逆、山頂目指して上り坂を駆け上がろうとした。
しかし悲しいかな、気概とは裏腹に肉体のほうは限界が近い。
「くふっ、この程度の……坂道……余裕っす!」
そうは言っても揺れる腹肉は無駄に体力を奪ってくれる。
膝も俺の意思に反してがくがくと震える。
ほんの一瞬、ライの笛を吹いてしまおうかと考えたりもする。
「いや、俺も……男っす! このくらい……」
絶対に笛なんか吹くものかと心に決めて、俺は坂道をひたすらに駆けた。
膝だけではなく太ももまでが震えだしたが、それでも、足を止めたりはしなかった。
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