第7話

 どのぐらい眠っただろうか、ふと薄目を開くと夕方だった。

 俺の背後からは、二人の人間がささやきあう小声が聞こえる。


 さて、前にも言ったとおり、俺は面倒なことはできればしたくない性格だ。

 寝て暮らせれば最高、寝ることこそ至福なのだ。


 だからもうひと眠りしようと、目を閉じた。

 すると耳に、物騒な単語が飛び込んできた。


「皆殺しなんだな」


 そんなん、気になるに決まってるじゃん。

 だから、そのまま耳だけを澄ます。


「それにしてもバカなオークなり、俺たちを善人と信じてやがるでゴザルよ」


「善人には違いないんだな、魔王を倒し、この世界を救うために召喚された、正義の勇者なんだから」


 二人が小声で「グフグフ」と笑う。


「こいつが目を覚ましたら、親切に『村まで護衛してあげる』んだな」


「その護衛が、いきなり虐殺者に変わる、こいつはきっと絶望するんでござろうなあ、かわいそうに」


「そんなかわいそうなことはしないんだな、ボクは親切だから、真っ先にこいつを殺してあげるんだな」


「ぐふぐふぐふ」


 俺は震えそうになる体を、気力だけで押さえつけていた。

 今最優先にするべきは、ここから逃げ出すことだ。


 ふと、胸元に下げた笛のことを思い出す。

 これを吹けばライは来てくれるといった……筋力でっていうのが胡散臭いが。

 一瞬、それを吹き鳴らしてしまおうかと悩みもしたが、俺は思いとどまる。


 筋力ってのをあてにしてないせいもあるけれど、それがむしろ比重としては大きいけれど。

 それ以前に、これはライの食事制限に逆らった俺の責任なのだ。

 俺が何とかするのが筋ってもんだ。


 俺は二人が気付きやすいように、寝起きを装ってもそもそと体をゆすった。


「うう~ん、むにゃむにゃ」


「お、起きたでござるな」


「村まで帰るのかな? だったらボクたちが送って行ってあげるんだな」


 親切面をする二人に向かって、俺は寝ぼけ眼をこする演技。


「……しょんべん」


「ああ、おトイレでござるな、そこらの茂みでするといいでござるよ」


「……いや、大きい方も出そうっす」


「それはさすがに離れてしてほしいでござるが、う~ん……」


「やばい、あ、もう出そうっす!」


 俺の迫真の演技に、人間たちは慌てた。


「わ、わかったでござる!」


「この紐、これを括り付けていくんだな! その代わり、時々引っ張るから、そうしたらちゃんと引っぱり返して、無事だよ~って教えてほしいんだな!」


 あくまでも善人面か、面白い……。

 俺は素直に、二人が背嚢から出した紐を腰に結び付けた。


「じゃあ、ちょっとウンチいくっす」


 まだ寝ぼけているようなゆっくりとした足取りで、俺は二人から離れた。


「さて、と」


 二人から身を隠すように茂みに入ってすぐ、都合よく野兎を見つけた。

 この辺のウサギはオークが自分たちを捕まえないことを知っているのか、とてもオーク懐っこい。


 俺はそのウサギを呼び寄せ、自分の腰から外した紐を、このウサギに括り付けた。

 それから、二人の人間に聞こえるように怒鳴る。


「なんか、ウンコするのにちょうどいいところがないっす。もう少しだけ奥に行っていいっすか」


「わかったでござるよ」


 これで、ウサギが動き回ってくれている間は時間が稼げる。

 俺は駆け足でその場から逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る