第6話

 山はまさに実りの季節!

 キイチゴだけではなく、野ブドウやスグリなんかもぎっしりと実って、木々は重たそうに枝を下げている。

 俺は担いでいた背嚢を下ろし、中にぎっしりと詰め込んであったパンを取り出した。

 大きく口を開け、ふわっふわしたパンにかじりつく。

「んんんんん~、誰が何と言おうと炭水化物っす!」

 久しぶりに味わう穀類のかぐわしい旨みと滋養。

「やばい、やばいっす! 脳髄まで染み込むぅ!」

 俺はもう一口、さっきよりもさらに大きく口を開けてかぶりつこうとした。

 その時だ、俺の背後で茂みが揺れたのは。

「獣か!」

 とっさにパンを後ろ手に隠したのは、森の獣にくれてやるのが惜しかったからだ。断じて村人に見つかったらライにチクられるんだろうな~とか、そういう理由じゃない。

 しかし、キイチゴの茂みの陰から出てきたのは獣ではなく、二人の人間だった。

「デュフ? こんなところにオークがいるデュフ?」

 驚きの声をあげた男はオークみたいにブクブクと太っている。いや、体に毛のない、いかにも室内で飼いならされたような肌の色を見るに、オークというより白豚だ。

「これはこれは、確かにオークでありますぞ」

 そう答えた男のほうは太ってはいないのだが……なんというか痩せすぎだ。全体的に骨の上に皮を張って頭をくっつけたような、ひどく骨ばった見た目をしている。

 二人ともかわいらしい女の子の絵が描かれたシャツの上にチェックの服を羽織り、額にりりしく赤い布で鉢巻をしているが、それさえ情けなく見えるような体形なので冒険者には見えない。

 唯一冒険者っぽい持ち物はモスグリーンの大きな背嚢、これは俺が見たこともないような光沢のある布で作られていた。

 太った方の男が、手にしていた黒い鉄の筒を俺に向ける。何が楽しいのかひどくハイテンションになって叫ぶ。

「ひゃあはー、ここで会ったが百年目、デュフフフフ!」

 良くわからない状況だ。俺は立ち尽くすしかない。

 痩せたほうの男は、太った男後ろでひょこひょこと体を揺らしていた。

「お、お、こ奴、銃を恐れぬでござるよ」

「デュフ、もしかしたら銃を知らぬという可能性も微レ存なり」

 聞きなれない単語に、俺は首を傾げる。

「じゅー?」

 二人の人間は俺の返事に何かを納得したようで、大きく頷いた。

「いやいや、何でもござらんよ」

 それでも俺は好奇心から聞く。

「その黒い奴がじゅーってやつっすか? それ、何をするものなんすか?」

「でゅふ、べつに何もしないんだな」

「実は拙者たち、このあたりにあるというオークの村を探しているでござるが、お兄さんはもしかして第一村人でありますかな?」

 これにはさすがの俺も警戒してパンを抱える。

「あ、あんたたち、何者っす? うちの村に何の用っす?」

「まあまあ、それよりお兄さん、こんなところでお弁当でござるか?」

 痩せた人間は俺が大事そうにパンを抱えているのを見て、自分の背嚢を肩から下した。

「パンを食べるなら、いいものがあるでござるよ。こないだファミレスでちょうだいしたマーガリンがここら辺に……」

「ま、まーがりん?」

「大丈夫でござるよ、美味しいから、食べるといいでござるよ」

 差し出されたのはつま先に乗ってしまうほどの小さな容器。

「これが食べ物……?」

「ああ、そのまま食べちゃダメでござる。まずはふたをはがしてでありますな……」

 中身はバターに似た何か。

 かぐわしい油脂の香りがあたりに漂う。

「ふんふんふん、香りはバターよりも甘いっすね」

 俺だってバカじゃない。

 パンをつける前に、まずは指先でほんの少しだけ、それをすくう。

「ほお、すげえうまそうっす……」

 とろける油脂がねっとりとまとわりついた指先を口に含む。

「ふううううう! こ、これは!」

 脳天まで突き抜けるような油の快楽。

 コクはバターに及ばないが、それが逆に口当たりなめらかなさっぱり感を演出していて、なんというか……うまい!

 俺はパンをちぎって小さな容器に押し付け、それを貪り食った。

「はあああ、マジうまいっす、やばいっす! パンがとまらねえええええええ!」

 もっとも、容器が小さいのだから二口も食べれば終わりだが。

 俺は意地汚くも、二人の背嚢をじろじろと眺める。

「も、もっとないんすか?」

 痩せた男のほうが、肩を揺らしてわざとらしく笑った。

「あるでござるよ、たんとあるでござる。ほかにもカップラーメンや缶詰や、食べるものならいっぱいあるでござるよ」

「聞いたことのない食べ物ばっかりっす!」

 俺は、この二人はきっと行商人なのだろうと考えた。

 だとしたら、やたら大きな背嚢を背負っていることも、冒険者の雰囲気がないことも納得だ。

「そ、その、『カッぽラーメン』ってのが食べてみたいんだけど、あいにく、手持ちがないっす」

「でゅふふ、『カップラーメン』な。気にしなくても、おごってあげるんだな」

「そうでござる、ここで出会ったのも何かの縁と思いまして、宴を催す……ぷぷっ、これ、駄洒落ですぞ」

 ギャグは面白くないが、人は悪くなさそうだ。

 俺はこの二人に誘われて近くの空き地でささやかな宴を楽しんだ。

 二人は気前よくカップラーメンやら見たこともない菓子やらを、たらふくふるまってくれた。それは、ズンダマメばっかりの食生活に飽き飽きしていた俺の舌と腹をすっかり慰めてくれた。

 満腹になった俺は少し眠くなって……草の上にごろりと身を横たえたのだった。

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