第5話
最初にライが手を付けたのは、村内の食卓改革だった。
「君達が食べるべきはタンパク質だ!」
ライに言わせると、農地を耕して小麦を作り、その小麦から作ったパンを食べる俺らの食事は、炭水化物ってやつが多すぎるんだと。
じゃあ何を食えばいいのかというと……
「タンパク質と食物繊維だ!」
食物繊維ってのは、つまり野菜。どの家も自家用に菜っ葉や根菜を育てる菜園を持っていて、野菜の確保は簡単だ。
問題はタンパク質ってやつ。
俺たちは農耕を生業としているから、肉ってのは狩猟の得意な種族から小麦と交換で手に入れるもんだ。当然安定した供給があるわけじゃなし、大体が肉ってのは保存も効かない。
これに対してライが出した答えはこうだ。
「プロテインだ!」
「ぷ、ぷろ、て?」
「プロテインとはタンパク質を効率よく摂取するためのサプリメント。この原料となるのは牛乳と、そして、大豆だ!」
「ダイズってなんすか?」
「この世界には大豆はないのか? このくらいの大きさの、黄色い豆だ」
「ああ、ズンダマメのことっすね」
こうして俺たちの食事は豆と野菜メインの『キンニクのための食事』に切り替えられたわけだが、これが結構きつい。
俺はどちらかというとパンや雑穀がゆなんかを好む性質で、これが食べられないというだけでもストレスマッハなのだ。最も俺以外のやつは、このきつさが逆に「効果ありそう」ということで、ありがたがっているが。
そんなわけで俺は、山へ遊びに行くことにした。
山にはちょうどキイチゴがなる季節、パンを持ち込んでキイチゴを挟み込み、思う存分に食い散らかしてやろうと思ったのだ。
もっとも勇者に襲来される恐れがある今、村の外へ出るのに誰にも行き先を告げないというわけにもいかず、俺は目的を伏せて行先だけをライに告げた。
「大丈夫なのか? 数日前に北の山で勇者の一行を見かけたという報告があったんだが?」
俺は心底驚いてライの顔をまじまじと見る。
「勇者のこと、いちおう気にしてるんすね」
「そのために私はよばれたのだろう。だから当然だ」
「いやあ、筋肉のことしか考えてないのかと思ったっす」
それでも、俺が行くのは南の山だ。勇者が現れたと噂のある北の山からは離れているし、丘に毛が生えた程度の低山なのだからなんの危険もない。
そう説明すると、ライはそれでも少し渋い顔をして小さな銀色の笛を俺に差し出した。
「持って行きたまえ」
「なんすか、これ」
「ホイッスルだ。君が危険な目にあったとき、これを吹けば私が駆けつける」
「も、もしかして転移の時に得た特殊能力ってやつですか!」
「いや、筋力で駆けつける」
「はあ、筋力で……」
「どうした、遠慮はいらない、持っていきたまえ」
まあ、お守りだと思えばいいだけのことだ。俺は何気なくその笛を受け取り、そして首にかけた。
「いいかい、危険な目にあったら、迷わずこれを吹きたまえ、お兄さんとのお約束だゾ!」
こうして俺はライがくれた笛を念のために首から下げて、一人、南の山へと向かったのであった。
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