え、俺、筋肉とか無理なんすけど ~カタの苦悩~
第2話
こっからは俺、カタがご案内するっす。
あ、俺、冒頭で主人公をお迎えに行った三匹のオークの、二番目に大きなオークっす。
なんで俺がこの物語を語る羽目になってるかっつうと、俺らが異世界から召喚したあの男に任せておくと話が進まないからっす。
例えばっすよ、名前を聞くじゃないっすか。
「雑風ライだ」
この辺りは普通っすよね。ところが、これが職業となると。
「筋肉だ」
念のためにもう一度、ご職業を。
「筋肉だ」
まあ、一事が万事こんな感じだったけど、それでも聞き取りに時間をかけてわかったことは、『キンニク』って言葉の意味が、異世界でもこっちでも変わりなく『筋肉』だってことっすかね。これには俺ら、落胆を禁じえなかったってやつっす。
だって、俺らは……
「なるほど、つまり、村がたびたび勇者に襲われる、これを何とかしてほしいということだな」
椅子に深く腰掛けたライは、俺ら三匹のオークに向かって深くうなずいた。
異世界から召喚した戦士の種に用意した家屋は広くて立派なものであり、もちろんその広さに合わせて用意したのだから調度品も豪華でデカい。しかし王座のように背もたれに飾りを刻んだビロウド張りの大きな椅子でさえ、筋肉でたくましく膨れ上がった彼が座ると『ちょうど良い大きさ』でしかなかった。
「ふむ、まるで俺の体にあつらえたかのようなこの座り心地……つまり君たちは勇者に対する対抗策として『筋肉』を望んでいたのだな!」
別にそういうわけじゃない、召喚の呪文だけで手いっぱいなのに、召喚対象を選ぶなんてできるもんか。感覚的にいうとあれだ、異世界という大きな箱に手を突っ込んで、とりあえず最初に掴んだものを引っ張り出す感じ。
それでも、はるばる異世界からやってきた彼に、それを話すことはためらわれる。だから俺はあいまいにうなずいて見せた。
「そっすね」
ライはこれに大満足したようで、大口を開けて朗らかに笑う。
「わかる、わかるぞ。異世界転生の小説では、現代知識をいかに生かすかばかりが描かれるが、あんなのは嘘っぱちだ。利便な道具もなく、文明も十分に発達しておらず、資材の調達さえままならぬ世界に行っても通用する能力……それは、筋肉だ!」
彼はガバリと立ち上がり、お得意の筋肉を見せつけるポーズをとった。
「見よ、この美しい肉体を。勇者がいかほどのものかは知らないが、ここまでの美しい筋肉は持っておるまい!」
こういう時、よせばいいのにまじめに答えてしまうのが我らが兄貴分、バラというオークの性分である。
「あ~、勇者っつっても、俺らみたいな雑魚を倒して経験値を稼ごうとする初心者ばっかりなんで、そうっすねえ、そんなたくましい感じの勇者はいないっすねえ」
「なるほど、ならばこそ筋肉!」
ライはいきなりバラ兄貴に向かって手を伸ばし、たるみ切った腹肉を麻製の着衣ごと、むんずとつかんだ。
「なんだ、この体は、だらしない! だから初心者勇者ごときに舐められるんだ!」
「いや、俺らオークってのは、これが普通で……」
「その思い込みが良くない! 思い込みは正しい努力を妨げる」
「た、正しい努力って?」
「よくぞ聞いてくれた! 君は思っていないか、厳しい運動をすれば筋肉は育つものだと。それは違うのだ! 運動において重要なのは正しい負荷を正しく筋肉に与えてやること、筋肉に必要なのはつらいだけの運動ではなく、個人の能力に合わせて組まれた快適かつ合理的な運動なのだ!」
彼は俺らの目の前に太くてたくましい腕を突き出して、とどめの一言を放った。
「だから、結果にコミット!」
最後の一言は良く分からなかったが……ともかく、俺ら自身がたるんだ体を鍛えなおす羽目になる流れだってことは良くわかった。
俺らの中でも一番年若いロースなんかは、すでに身を乗り出すようにして目を輝かせている。
「すげえ! つまり、俺にも筋肉が!」
「もちろん、君が望むなら!」
正直、俺は望んでいない。
厳しかろうが厳しくなかろうが運動は運動だし、俺は体を動かすことが嫌いなのだ。正直な話、できることなら働きたくないし、必要がなければ外へ出るのもおっくうだし、なんなら寝ているだけで暮らしていければ理想だとまで思っている。
だが、場の進行は俺の気持ちなどお構いなし。
「すげえや、ライさん、今の話、村長にも聞かせてやってくださいよ!」
「それがいい、それで、村をあげてみんなで筋肉だ!」
ちょっと落ち着け弟分よ、筋肉を祭りかなんかと勘違いしている兄貴もいったん落ち着いて、とは思ったが、俺はそれを口には出せずにいた。そういう突っ込みを入れるのは俺の性分じゃない。
あとはこの筋肉男が、さすがに村全体の面倒は見切れないと投げ出すことを願うばかりだが……。
「任しておきたまえ! 早速村長のもとへと行き、村の者たちを集めてもらおう!」
自信満々に胸筋を大きく張り出したポージングを見せつけられては、もはや落胆のため息くらいしか出ない。
「さあ行こう、今すぐ行こう、村長のもとへ!」
こうして俺らは、ライを連れて村長の家へと向かったのであった。
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