異世界ライ○ップ ~オークだってブーチブーしたい!~
矢田川怪狸
喚ばれし筋肉!
第1話
目を覚ますと、そこは見渡す限りどこまでもひろがる緑の草原のど真ん中だった。
「なるほど、異世界転生というやつか」
俺は少しもあわてない。なぜなら……俺にはこの筋肉があるから!
見よ、輝かんばかりの鋼の肉体を! そして触れよ、硬質ゴムのごとき二の腕の弾力を!
もちろんこれらは、俺が結果にコミットして手に入れたもの。
「筋肉は裏切らない」
たとえ異世界であろうとも、この肉体の鎧ある限り、俺は何者をも恐れぬだろう。
早速、俺の筋肉を試すかのごとく、緑の海のあちこちからかさかさと草をかき分ける音が聞こえた。何者かが近づいてくる気配。
「む!」
俺は音のするほうへと胸筋を向け、両腕は体の斜め横でかっちりと組み、腰から下をややひねってサイドチェストというポージングを決めた。
たとえどんな魔物であろうと、この完全なるポージングによって強調された筋肉に畏怖しない者はおらぬはず!
果たして、草をかき分けて現れた三匹の醜いモンスターは、俺を見て少しひるんだ様子だった。
「うわ、キモっ」
「兄貴、これ、本当に人間か?」
「人間……だと思う。何しろあの呪文は、異世界の人間を呼び出す呪文だったはずだからな」
俺の筋肉は、これですべてを察した。
「なるほど、君たちが俺を呼んだんだねっ!」
俺は極力朗らかに聞こえるように声をきれいに張って、明るく言ったつもりだった。しかし、オークたちは俺の声を聴いた途端、肝をつぶした様子であった。
「キェェェェェアァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!」
そんな彼らを刺激しないように、俺はポージングを解いて親しげに両手を広げる。
「はっは~、君たち、そんなにおびえなくても、俺は君たちを傷つけたりはしないよ!」
「ほ、ほんとに?」
おずおずと近づいてくるオーク――それにしてもこいつらは、なんと醜悪な生き物なのだろうか!
身長は俺よりもかなり高く、目算およそ二メートル。しかしその体にはぶよぶよとやわらかそうな肉がたっぷりとまとわりつき、目算およそ180キロといったところだろうか――いや、筋肉よりも脂肪のほうが見た目より軽いことを考慮すれば、目方的にはもう少し軽いかもしれない。
ともかく、端的にいえばデブ。
俺はブクブクと太った三人の体を見渡し、それから小粋なアメリカン風に肩をすくめて見せた。
「君たち、良くないなあ……実に良くない」
太っていることが悪いことだとは思わない。しかし、度を過ぎた肥満には健康的なデメリットが付きまとうものだ。
「君たち、最近、尿が泡立ったりはしないかね!」
俺の言葉に、三匹のオークは顔を見合わせる。
「兄貴、こいつ、何を言い出したんだ?」
「しっ! こんなんでも、せっかく召喚に成功したんだ、ちゃんと話を聞いてみよう」
どうやら彼らは、俺の話を聞いてくれるつもりがあるらしい。
「やあやあ、ありがとう、では、早速説明させてもらおうかな」
俺は軽く咳払いして声の調子を整え……そして一気に話し出した。
「体形とは個人の生き方の縮図であり、他人がこれをとやかく言う権利はない。しかし、肥満は確かに体に負担をかけ、健康的なリスクも多い。成人病と呼ばれる疾患の多くには、肥満と関係したものも多いのだよ」
俺はここで頭の後ろで両手を組み、そこから続く僧帽筋が浮き上がるくらいに力を込めて、背筋を彼らに見せつける。
「だからこそ、何が必要か……そう、筋肉さ!」
三匹のオークはキョトン顔だ。
「えっと、それって……」
まあ、彼らが実感できぬのも無理ないこと、かつての俺も彼らと同じような体形であり、その頃は筋肉一つでこんなにも世界が変わるなんて思ってもいなかった。
だからこそ、俺は伝えねばならぬのだ!
「筋肉はいいぞ、人生が変わるくらいに」
俺が言うと、三匹のオークは目を見開いた。
最初に発言したのは、一番小柄で気の弱そうなオーク。
「キンニクってのは、俺たちの村を救ってくれますか」
俺は胸を張ってこたえる。
「もちろんだ。筋肉はすべてを救う」
次に発言したのは中ぐらいの体形、むしろバランスの取れたデブである中オーク。
「あの、あのあの! 勇者とか倒せますか?」
俺はまたもや胸を張って。
「それは鍛錬次第! しかし、筋肉のために精神的修養を積むことで、肉体も今より数段パワーアップすることだろう!」
最後に発言したのは一番でっぷりと大柄なオークで、どうやら彼がこの三人のリーダー格らしい。
「そのキンニクって、俺達でも体得できますか?」
俺は彼の肩をつかみ、その瞳をのぞき込んで言った。
「もちろんだとも! 正しい食生活と正しいトレーニング、これがあればだれでも筋肉を手に入れることができる! それ故に筋肉は万人に対して平等であるともいえるのだ!」
ついに、三匹のオークはそろって頭を下げた。
「お願いです、そのキンニクってやつ、オレらにも教えてやってください!」
「いいとも! では早速、トレーニングメニューを作成しよう。どこか落ち着いて話のできる場所はあるかい?」
「あ、じゃあ、俺らの村に来てください。召喚が成功した時のために、ちゃんと家を用意してあるんです」
こうして俺は、オークの村に向かうことになったのである。
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