第8話
千明は念じて己を観る。内を視る。命の形を覗く。
自分の命には、補助装置が、あるいは代用品が組み込まれている。
心臓他内臓器官ではなく生命そのものに。
認識できない領域に。
その説明を受けても、いまいちピンとは来なかった。
本復して後、そのエネルギーを源に戦うことになったとしても、うすらぼんやりとその存在を感じることぐらいしか出来なかった。
いや、しようとしなかった。
無意識の内に、自身の傷跡を覗くことを躊躇っていたのかも知れない。
まるで手術痕の生々しさ、あるいは肌を貫通してチューブと繋げられた喉や心臓を、鏡越しに見返すのを、厭うように。
そして何よりそう成ってしまった事故を、思い出してしまうから。
だが、今は違う。今この瞬間だけは、せめて。
また家族が苦しんでいる。己の業に焼かれている。
だからもう二度と同じ火傷を、不可視の領域に増やさないためにも、今その命の、根源を見つめ、そして引き出す……!
その所在を確かめ、取り出すことは、拍子抜けするほど容易だった。
控えめな自らの胸部に手を当てて、より一層に命を燃やして輝かせる。それを頼りに、像を引き出す。
と言っても、胸中より生じたその装置は実物ではない。今なお器具それ自体は自分の命と融合している。
普段自分が使っていたものと似て非なる『鳥籠』。そのイメージが具現化したものに過ぎない。
だがそれを介して、フル稼働させる。
籠の中に囚われた何者かが、翼を拡げてけたたましく鳴き声をあげる。
生皮を剥がれるような激痛が総身の表層を疾る。
だが屈さず、膝を折らず、歯を食いしばりながらそれを乗り越えて、力を発揮させた。
彼女の身は再び炎に身を包まれ、そして大きく天空へと飛翔した。
・・・・・
高らかに空を飛んでいく火球を、ネロは仰ぎ見た。
それが何なのかは瞬時に理解できた。千明が何を決断し、どう行動したのかも。
あれは原初の種火。自分たちの世界の技術、人智の進化を基礎となったとされる始まりの光明。次元を跳躍し、その際に発生する熱量を糧とする宇宙生物『
いかな天才ネルトラン・オックスとはいえ、徒手空拳で世界の壁を破ることは容易ではない。
そのため元は世界を渡るための燃料として使ったわけだが、半死半生の千明を救う『鳥籠』のシステムに動力源として組み込んだものだった。
それを己の内に知覚し、他に与えたデバイスのサポートなしに展開した。
それほどまでに、ただの少女だった肉体は彼の予想を超えて適合した。
「――かくして籠は破れ、中の鳥は空の広さを求めて旅立つ、か。もう俺の作った補助輪は要らないってわけだ」
妙に詩人めいた口調でネロは呟いた。
そしてその危険性を説いて引き留めようとするのは、囲った側のエゴと未練でしかない。
「って、他人のことでおセンチになってる場合じゃねぇやな」
感傷にふけるようなキャラでも時でもない。
彼の
かつての家臣が制作し、かつ彼のミンチを搭載した高機動ロボットは、執拗に、かつ自動的にネロを追っていた。
破壊力は言うまでもなく、触れれば蒸発するレベル。
そして手数もまた、その頭部と肩の側面に展開された機銃でもってこちらの反撃を制圧していく。
一応術者としてそれなりであったオリバーの数十年の蓄積を、肉体もろとも余さず絞り切っているのだ。このままの出力で連続運用を続けても、概算数日単位は持続する。この街を焦土と化し、疲弊した自分を葬るには十分すぎる時間だ。
対するネロの武装は、今は『No.121』の狩人タイプ。
鉄の森をビルの合間に、蜘蛛の巣のごとく接続させ、伸縮自在に可変しながら敵の攻撃を退けている。
敵の速攻猛攻の合間に反撃を撃ち出しているものの、鋼鉄の巨人相手に狩人の矢など通じるはずもない。
逃避用、防御用に比重を置いた武装の中、比較的攻撃性の高いものだが、それでも蟷螂の斧でしかない。このままでは無意味に被害が拡大していくだけだ。
「……仕方ねぇかっ!」
光弾による斉射三連と、ステップ式のドリルに変形した腕部をかわし、あるビルの屋上へと降り立つ。
武装を解き、代わり異空間より引き出したのは一本の、鉄さび色の棒。
イグニシアが誤用し、そしてオリバーに示唆されて赤石永秀が乱用した物とまったく同じものだ。
曰く、この国の刀鍛冶は一振り打てばその対になるものを神へと奉じるそうだ。
それと同じように、時間的、物理的な余裕がなかった千明のそれはともかくとして、かつて造ったこれについては、スペアや試作モデルぐらいは用意していた。
「いや、剣じゃねぇけどな」
こんな死ぬほど頭の悪い使い方、本来なら御免こうむりたいところだ。
だが、自分のクライアントが殻を破ったのだ。自分がつまらないプライドや気質に拘泥しているわけにはいかないはずだ。
意を決して、ネロはバルブを回転させた。
彼自身をリアクターとすべく、プレートメイルの外殻が痩躯を覆う。
形状はイグニシアの武装とほぼ同様。ただし差異があるとすれば、イグニシアのごとき猛き焔が天を衝くがごとく上がることはない。
鎧を形作っていくのは、武器と化した棒の排気口から吹き出るのは煙、あるいは霧……自身のエレメントだ。
そして隙間から生じるのも、首をマフラーのごとく巻き取ったのも、やはり灰色に近しい白煙であった。
あえて呼称するのであれば、それは『
猛烈に自身の魔力を燃焼させていくことを感じつつも、それだけにネロは確かな出力を感じ取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます