第5話

「……ふん、だがまぁそんなことを今更知って何だと言うんだ。こことは無関係の世界の人間が……今から死ぬって罪人が」


 そうせせら笑いながら、オリバーは彼の手に見覚えのあるデバイスの品々を持ち出した。


 他でもない、千明のための変身道具一式。

 本来千明のもとに転送されるべきパスを自分の側にカットして、引き寄せたのだろう。


「こんなモンだって、もう必要ねぇってわけだ」

 それを開けたサイドウインドウの外から放り投げた。どれほどの時速が出ているから知れないが、派手な破砕音が聞こえ、そしてその音源からは瞬く間に遠のいていく。

 そして勝ち誇ったように拳銃を懐から抜き出した。


「おいおい、また魔法の世界の方とは思えねぇ味気ないモン抜き出してまぁ。というか、私刑かよ」

「たしかに生捕りよりも首だけってのは値が落ちるが、元から俺は将来を約束された人間だからな。言わば今回のはボーナスってわけだ」


 ネロはその嘲笑に嘲笑で返した。

 その上で、自身の手首を見ながら言う。


「ここに来た以上、目的はわかってる。……取引だろう、俺と」

「はっ! 死刑囚と下らん駆け引きなんぞするものか。このまま死ぬんだよ。力を奪われたまま、お前は今、ここで」

「しっかしなぁ、気が乗らねぇんだよなぁ。職人としての俺の沽券にも関わる話だ。それこそ、命を賭してもな」

「…………」

「あ? なんだよ。……あぁわかったわかった。下らない駆け引きはナシ。保障してやる。仕事を受けると公言した以上、やることはきっちりやるさ」

「……おい」


 そこまで来て、元技術顧問は異変に気がついたようだった。もっとも、彼にとっては要領を得ないこの『会話』が、何を意味するのかまでは理解していないらしい。


「いったい、なに喋ってんだ。おかしい奴だとは前々から思ってたが、ついに本格的に頭がイカれちまったのか」


 なるほど客観的に見れば、実情を知らねば、ついにネルトラン・オックス元公王はストレスと絶望のあまり狂を発したと判断されてもおかしくはない。


「あぁ、悪い」

 一応詫びたあと、あらためて現状を共有すべくネロは自身の手首を掲げて見せた。


「別に、


 その一帯の皮膚には、命と意志を持つ水墨画がまるでタトゥーのように張り付き、そして流動していた。

 直後、それが厚みを増して実体となり、獣となって車内の質量を満たした。



 暗転。

 反転。

 大回転。


 横転したバンはネロと、そしてその体表に『寄生』していた黒文とを車外へと吐き出した。


 アスファルトの上を転がり、衣服を削りながら緩やかに速度を落としてからネロは、獣の牙に襟首を捕まれて無理やり引き立てられた


「もう少しちゃんとしたフォローをお願いしまーす」

〈無茶を言うな。それより俺の依頼を受ける……曹鳳象に対抗する武器や武装を作る件、本当だろうな?〉

職人マエストロに二言はねぇよ」


 解放されたネロは、視線を先行車両に投げかけた。

 停車している。この大事故を目撃して思わずブレーキを踏んだか。そうも考えたが、どうにもそうではないらしい。

 となれば、考えられることは一つだ。


「赤石永燈の起爆スイッチを押しちまったな、ありゃあ」

〈どういうことだ?〉

「よくよく本質をわきまえてりゃ単純な話だろ」


 千明の父親は娘のためにこの街をクリーンにしようとしていた。

 ともすれば自分たちの秘密を暴露せんとしていたがために、消された。

 そこまでは先の『筆談』で黒文に説明されたとおりだ。


「つまり脅しの材料のためにそいつを使う気なんてなかった。じゃあ、自分の死後にそいつを残しておく理由ってなんだ」


 そこまで説明すれば、黒文もまた答えを導きだしたようだった。

 ――そう、あろうはずもない。


 もし自分に不慮のことが起こった場合、確実にそれを消し去るようプログラムそれ自体にトラップを仕掛けておいたのだ。

 ともすれば娘が、あるいは弟が、自分の手で家の宿業から解放の道を選ぶために。

 ――それ以外の何者かがそれを得ることあれば、彼ら自身の手で地獄に堕ちるように。


 であれば赤石永燈という人間はとんでもない食わせ者か、でなければただのゲスだ。

(何も知らずにデータを開いた娘が報復を受ける可能性を危惧してなかったのか? あるいはそれに対するカウンタープログラムもまた用意されているのか)

 思考を、首を振って打ち切る。

 すでに爆発したダイナマイトのことを調べているだけの余裕はない。


 車の燃料に引火したか。自分たちが乗っていた車が炎上した。

 だがその紅蓮の華の前で、黒々とした影が伸びる。

 平然とした様子で、いや明らかに侮蔑と優越の笑みを浮かべて、オリバー・アローテイルは無傷で立っていた。

 くつくつと喉を奥で何かを煮るかのような、心底気分が悪くなる声音を震わせて。


「オリバー……お前、さては最初から遺産の正体に気が付いてたな?」

「あぁそうさ。ほんっとにこの世界の連中のバカさ加減ったらないな。ちょっと考えりゃ分かるはずなのに、特にあのバカ社長、見当違いのことばっかして自分から破滅に向かってやがんの。ロクでもない世界だが、あのピエロは傍から見てて楽しかったぜぇ?」


 ニタニタと口端を吊り上げる元部下を、ネロは冷ややかな碧眼をもって見返していた。

 それから首を回して体調を確かめてから、あらためて黒文に言う。


「黒文、ついでに頼みたいことがあるんだがな」

〈……なんだよ〉

「千明を頼む」


 魔法少女への変身能力を喪った相方のいる方角に一度視線を遣り、その身を案じる。


〈それは別に構わないが、良いのか? 俺が彼女を人質にすることなんかは考えないのか〉

「そんな器用な生き方ができるなら、曹鳳象に真っ向から挑みかかるなんてことはしねぇさ。というかそれやったらお前の新武器、『光る! 鳴る! DX黒文サウンドバスター剣』にしてやる」

〈するなっ! 分かったよ、ただし手に負えなかったら一人で逃げるからな〉

「ほー、ちょっと影に隠れてた間にずいぶんと慎重派になっちゃったみたいで」

〈抜かしてろ〉


 強がってみせたが、正直に言えばこの旧敵に助力を求める以外に選択肢がない。

 もはやこの状況、ネロにさえどう転ぶのか、どう収拾をつけるのか予測がつかない様相だ。


 ただひとつ言えることは、オリバー・アローテイルとの戦いは不可避という点のみである。そこに、彼女たちは巻き添えにできない。

 よもや遅れを取ることはないだろうが、そもそもは自分の前の『仕事』から生じた廃棄物が、コレだ。


「俺は、このゴミを始末しておく」

ジャミングが消えてようやく取り戻した『カタログ』を紐解きながら、ネロはオリバーを睨みつけた。

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