Final Act:魔法少女オーバーキル

第1話

 ――肌が、燃える。

 ――肉が、焼ける。

 ――爪が焦げ、我が身は滅びゆく。


 だがそれは、さしたる問題ではなかった。

 自分よりももっとずっと生きなければならない人、ならなかった人。

 彼らは火炎に包まれて、もはや姿形さえ定かではなくなっている。

 在りし日の姿さえもはや思い起こせない様子で彼は、父は言った。


「ごめん……ごめんな……」


 それは、誰に対する詫びだったのか。

 自分にか、祖父にか、妻にだろうか。あるいは……それは叔父だったのか。


 それを問うことも出来なかった。常に四方八方を渡り歩く彼に、その都合に振り回されてきた。世間で言うところの親密な親子関係を気づくことはできず、この時も踏み込むことが出来ずにただ自分も彼も、焼かれるに任せていた。


 それは悪夢か、それとも覆りようのない現実か。

 今なら、そこで何もせず、何も声をかけてやれなかった自分が、間違いのように思える。



「ぶはっ!?」

 そこでようやく、千明は自宅における仮眠から目覚めた。

 眠りそれ自体は浅かったが、まるで深海から急浮上したかのような寝起きの心地だった。

 そして完全に覚醒したのは、一気に持ち上げた顎にネロの額がクリーンヒットしたためだった。

 ぐへっと呼気を吐き出し、ソファに上体が押し戻されてその痛みに悶絶する。


「な、なんで……」

「頭蓋ってのは案外丈夫なんだ。脳を守ってるわけだからな。下手に庇うよりも安全な場合もあるし、上手くいけばこうして相手にダメージを与えられる」

「僕が知りたいのは護身の心得じゃなくてそれを僕にした理由ナンデスケド……!?」

「あぁ、悪い。つい反射的にやっちまった」


 悪びれもせず金髪の美少年は自身のデコを撫でつける。

 文句の一つでも言ってやろうと、身を起こして立ち上がった時、窓の外にそれが見えた。


 断続的な爆発。

 いや、もはやその勢いは火柱と呼んで差し支えない。それが、街の各所で巻き上がって、室内に明滅を生んでいた。


 さながら、ニュースでしか見ないような紛争地域やテロに巻き込まれた旅行客の見る光景だ。

 でなければ終末戦争の始まりか。


「なに、コレ……」

 千明は呆然と呟く。


「『泰山連衡』による旧党首派の残党狩りだろ。もしくは、残党同士食い合ってるか」

 事もなげに、ネロは答えた。


「さっき爺さんの部下の女から連絡があってな。曹鳳象は街の外に出た。もうここに用はないんだろ。あのトンボ野郎どもの大元も似たような感じだ。ボスがケツまくって逃げ出したらしい。それによって、均衡が一気に崩れて数時間にしてこのザマだ」

「……つまり、これは僕の」

「違ぇよ」


 ネロは千明の肩を掴んだ。険しく睨みつけ、こちらが視線を逸らすことを許さない、力強い表情を見せる。


「何度言わせる気だ。お前みたいな小市民にこの状況の責任なんざ持てる訳がない。連中が勝手にしでかしてこうなったんだ。持たせようとするやつだってどうかしてる」

「償えるかどうかじゃない!」


 だが千明もまた、目を逸らすつもりはなかった。


「僕のせいだ。少なくとも、一枚噛んじゃったからこうなったんだ」

 理屈ではない。それでも、他人がどう言い立てようとも自分がそう思わざるを得ないからこそ、それは揺るぎのない事実だった。それを純然たる罪として、千明は受け入れる。


 ネロはしばし呆れ切ったような苦い顔で見つめていたが、やがて大儀そうに息を吐いた。


「じゃあ今生の晩年か来世では功徳を積んで坊主にでもなって、経をあげて困民救済のために身を尽くすこった」


 それでもこの憎まれ口には気遣いめいたものを感じさせて、それとなく千明の、一歩間違えれば折れてしまいそうな心の支えとなってくれる。


 ……というよりも、仏教にもある程度通じた異世界人とは一体何なのだろうか。

 深く追究しそうになってしまう己の思索を打ち切り、千明は窓のカーテンを閉ざした。


「それであの、彼……黒文くんは?」

「あぁ、さっきまでお前の寝室でお師さんに縋りついてベソかいてたよ」

「……そっか」


 それ以外にコメントらしいコメントも打ち出せないまま、千明は閉め切ったベッドルームを見た。ベソをかいていた、とは言うものの、少なくとも今は物音ひとつ立っていない。


「……にしたって初めて我が家に連れてくるゲストが死体とチンピラってお前……パリピも裸足で逃げ出す大胆さだな」

「うるさいな! 緊急避難措置的なアレコレでノーカンだよっ!」


 ――訂正。

 やっぱりこいつは正論と好き放題言うこととをはき違えている。


 ともすればノールールでの殴り合いも辞さぬ覚悟で身構える千明だったが、突如彼らの間で物音が立った。

 扉が勢いよくスライドして開け放たれ、そこから件の『チンピラ』がその痩躯を彼らの前へと晒した。


「…………」


 そして、とても命と一宿の恩人に向けるものとは思えない、冷めた目で千明を見つめ返していた。

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