第24話
「『急がば回れ』……とはよく言ったものですな」
崩壊していく大商業施設を憮然と眺めながら、赤石永秀は秘書の言葉を漫然と聞き流していた。
ただ傍観していたわけではない。
発端は単純な出遅れではあった。
「もう少し状況が整理されるのを待った方がいい」
という、谷尾歳則の進言を容れたための。
だがいかな兵器を用いたか、時間経過とともに修羅場はより苛烈になっていき、果てにはもはやそこは人の踏み込める領域ではなく、ただ安全かつ視線の視覚より少数人でことの経過を見送らざるをえなかったのである。
――この俺の仕事なのに、勝手なコトをしやがって。
――この街を、滅茶苦茶にしやがって。
「あぁ、この場合、『残り物には福がある』の方が正しいのでしょうか。何しろ、ほら」
あえて促されるまでもない。そして、これが福であるものか。大禍としか言いようがないではないか。
客が建物から吐き出されるように逃避した後、件の魔法少女が出ていた。
その姿のままでは、さすがに人目につくのか。その変装が光と炎とともに解かれていく。そのうえで、廃人同然となった黒髪の小僧を引きずっていく。
彼を知っている。色小姓のごとく黄泰全につきまとっていた小者だ。
疑いようもなく、『クロ』であった。
シャレではない。あってたまるか。
電流のごとき驚きと閃きが、泥のごとき怒りと納得が彼の心に乱入し、かき乱した。
「そういう、ことかよ……っ!」
何故その面影に、当然の理屈に、今まで気が付かなかったのか。自分で自分を殴りたくなってくるほどだ。
裏切ったのは自分だ。謀殺せんとしたのも。その後も機を見つけては殺そうとした。
そのうえで、何事もなく家族のごとく取り繕った。
だが、何故こう思ってしまうのだろう。
「裏切られた」
と。
「『泰山連衡』の曹鳳象は謀反のうえ、残党狩りを他の者に任せこの街より離脱したことが確認されました。『ファミリー』もまた壊滅状態です。そのうえで、我々は如何いたしましょう?」
歳則が問う。
いつになく挑発的な物言いに思うところがないわけではないが、腹立ちの度合いはコスプレ女の……赤石千明のほうがはるかに勝る。
「決まってんだろ……!」
すべては、あれを仕損じたことから始まった。あそこから、すべてが狂い始めた。いや、あれの父親からか。
だとしたら、やはり彼女の命を、永燈の血脈をふたたび断つことでしか、この悲喜劇を終わらせることができないのだろう。
「あの小娘を殺す……! 『ノームズ』残党も含めて今すぐに兵隊をかき集めろ……ッ! 高見の見物決め込んでる五龍恵のクソ野郎にもこの始末をつけるように言っておけっ!」
永秀は鋭く命ずる。
幸か不幸か塞翁が馬か。出遅れたことで自身の戦力は温存できているうえ、現状誰の手にも『遺産』は渡っていない。
そして歳則よりもたらされた速報が真実だとすれば、もはや誰も邪魔は入らない。
もちろん自分も出向く。もはや『遺産』の正体以外のすべてを、千明は知っているのだろう。知っているからこそ、何度も何度も自分たちを妨害し、嘲笑ってきた。あの会食の瞬間とて。
ならばこちらも家族ごっこに付き合う意味などない。
自分で鉛玉をその前頭葉にねじ込まなければ、とうていこの殺意を抑えられそうになかった。
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