第16話

 三つ巴の、空中戦である。

 『トンボ』たちは上下自在に飛び回り、風に乗って浮上した千明は滑空し、そして曹鳳象は……最上の座より飛び降りた。


 地上百メートル弱の自由落下。当然彼に魔法の力も特殊なガジェットもない。地上のタイルにそのまま触れた瞬間、彼の頭部は陶器ボーンチャイナのように崩れるだろう。

 にも関わらず、彼は頭を逆さまにして他の二陣営を襲った。


 当然、人間ドローン部隊はまず彼を狙った。

 空中を移動する術を持たず、ただ落ちているだけ。方向転換などできようはずもない彼を。


 それのみで破壊できそうな轟音を立てて、機銃が連射される。


 ……彼は、避ける素振りすら見せない。

 下から天へと向けて登ってくる鉄の雨。その中にあえて飛び込む。

 彼に当たらなかった大部分の銃弾は、まるでクッキーの型抜きのようにはその背後へまとまって飛んでいく。

 ではその彼の肉体の面積部分に向かっていた分の20mm弾はどうか。彼を挽肉にしたのか、跡形もなく粉砕したのか。


 答えは、ノーだ。

 彼の二の腕から先が消えた。弾威によって消し飛んだ訳ではなく、魔法少女の動体視力をもってしても完全には捉えきれないほどの速度で瞬発的に動いていた。


 そして彼の肩に腕が戻った時には、彼を討つはずだった銃弾は、その指の間に収まっていた。


(なるほど)


 千明はすべてを理解できずとも、納得した。

 あの拳鬼にしてみれば、撃ち放たれた銃砲すべてに対応する必要はなかった。無数の弾丸と言えども被弾するのはほんの一部で、肉体に到達するより速くそれを見分け、神経を集中させて掴み取った。

 これならばたとえ生身の人間であっても決して無理なことではない。


「…………わけがあるあかぁっ! 無茶の苦茶しかないわぁっ!」


 一瞬感覚がマヒしていた自分に憚らずツッコミを入れながら、少女は空を滑る。


 だがその狼狽は、撃った本人たちの方がはるかに勝ったことだろう。ゴーグル越しに動揺が窺える。

 しかし、結果論で言うのなら、彼らは驚くべきではなかった。ことこの不安定な戦場において、心に虚を作るべきでは。


 鳳象はその隙を見逃さない。

 捉えた弾丸を、身体を捻って投げ返す。

 まるで礫のような乱雑さで指から離れたかに見えたそれらは、『トンボ』が撃った時も速く、観測手付きのスナイパーのように正確に、彼らの搭乗機の、飛行に必要不可欠な部品のみを破砕した。


 ドローンが失墜していく。

 三勢力の中でもっとも自在に空を飛翔できていた航空戦力が。


「っ!」

 悲鳴をあげて、彼らは落下していく。

 千明は、一度柱に行き着いてそれを足場に速く推進する。


 ヒーローを気取るわけではない。

 こういう場だ、死人が自分の見えないところや力の及ばないところで出るかもしれない。

 ――それでも、目の前で造作もなく奪われて良い命など、それを看過していい理由など、何一つとしてない。


味方のプロペラに巻き込まれかけていた搭乗者を半ば蹴るようにして最寄りのフロアに押し飛ばす。

 大ダメージだろうが、命は存えることが出来ただけマシだと思ってもらいたい。


 同じ要領で、高度を下げながらも二度三度、四人五人と安全地帯へ強制的に送り込んでいく。

 最後の一人が半狂乱になりながら連射してくるのを風の圧で防ぎつつ、二階へのブースと蹴り込む。

 店舗の口に吸い込まれていく様は、さながらサッカーゴールに入ったボールのようだ。

 そして間近に迫る床に向かって、巻いた風を吹き付ける。


 反動が、地面に跳ね返された風が、千明の足回りを覆い包み、落下の衝撃から彼女を護る。

 若干の浮遊感とともに地面に降り立つ。


 だがそれを追う曹鳳象は、さすがに生身では衝撃に耐えかねるらしい。

 一旦体勢の上下を入れ替えて、落ちる方角を若干調整して壁に行き着き、そこから飛んで一フロア下層の壁を足で叩き、衝撃を殺し、重力に抗いながら着地する。


 ……おのれの身ひとつのみを駆使して。

 それはもう、拳法家とか只人だとかそういう次元を超えている。


 すでに人々は逃散し、資格はそれぞれの戦場に身を投じ、吹き抜けの中心地、千明と彼の間を妨げるものなど何もなかった。


 だが彼の眼差しは穏やかだ。

 まるで春先にふと桃花を見遣るかのように。


 その凄まじさを見せられてもなお、とても彼が戦場に立つ人間とは違い思えなかった。ネロの語るような人物評に、当てはまるとは。


 アイスを買い、そして談じた時と同じようなその表情のまま曹鳳象は、腰を落とし、爪を研ぎ澄ます虎の構えを取った。

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