第14話
殺到するマフィアたちは、赤石千明の不在に一瞬足を止めた。だが、打ち合わせることなく作戦方針を変更し、散兵となって左右中央に分かれた。
左右から脇をすり抜け、そしておそらく千明を確保すべく向かった刺客たちを、束本に止めるだけの余裕はなかった。
ただ当初の予定通り、自分たちを、厳密に言えば白泉内記を狙う敵を迎え撃つことしかできなかった。
「お下がりください」
「この足でかね」
笑えないジョークを無視して、彼女は腰元からチェーンを引き抜いた。
複数の鍵が取り付けられたそれが、風を切りながら旋回する。ちょうどいい塩梅に左右に展開しようとしていた彼らの首はそれに十把一絡げに巻き取られ、細腕からは想像もつかないようなスローイングをもって手すりから上、吹き抜けから投げ落とす。
だが投げ飛ばされた側もまた、空中で我が身を制動すると、中央に配置された巨大な動物の集合体のモニュメントにしがみつき、昆虫のような目でじっと彼女を見返していた。
「申し訳ありません、泰山連衡がここまで直接的なアプローチを仕掛けてくるのは予想外でした」
おそらくは警察も、現戦力で対応できないか、自分たちを裏切って署長の五龍恵と泰山連衡と連動しているだろう。護衛も、おそらくは彼らに始末されたか。何にせよ命があるだけで幸福な状態だろう。
なおも断続的に攻め来る拳鬼たちの攻勢を凌ぐ。
それだけでなく銃弾が飛んでくるのを、手にした強化ジェラルミンのスーツケースを盾として防ぎ、そのうえで上司を伴って後退する。
改修中につきシャッターを閉ざしていた店舗と突き当たる。
敵に応戦をする傍ら、寸暇を見つけてスーツのポケットをまさぐって十特ナイフを取り出した。
それをもって無理やりにシャッターを開錠してその内側へ潜り抜ける。だが、シャッターを再び締め切るよりも先に、彼らは顔なり腕なりを差し伸ばし、完全に締め切るのを妨げた。
いっそそれらの骨を叩き割る覚悟で、束本はシャッターに自重を乗せて圧迫をかけた。
だが、ともすれば頸骨が折られかねないというにも関わらず、彼らはたじろいだり痛みに苦しむ気配さえ見せない。
一本、また一本と手足は隙間に伸びて、束本の腕力を押し返していく。
そこに来て彼女は封鎖は諦めて護衛と逃走に徹することに決めた。
彼女の拘束から逃れた刺客たちはビスケットか何かのようにシャッターをむしり取り、大挙して中へと侵入する。
場所柄やシチュエーションも相まってまるでゾンビ映画の主人公のようだ。束本の心にふと私情と所感が交じる。
だが、これはスクリーンの物語ではなく、今自分たちに迫る脅威だ。
奥のスタッフルームを介して裏の通りに出ようとする彼女たちに、マネキンを押しのけアクセサリーの入ったガラスケースを乗り越えて追いすがる泰山連衡。
内記の足では、とうてい追撃を振り切ることはできない。
ある時点で諦めて投降するのが吉であるか。
そう判断した矢先、店内に流れ込む風の流れが変わった。
さながらハッチの開いた飛行機か宇宙船のように、まず此方に吹き溜まっていた空気が店外へと放出され、次の瞬間、荒れ狂う暴風がなだれ込んでくる。
さながら意思を持ったかのように彼女たちを避けて前後左右の異邦人たちをなぎ倒す。
さしもの拳鬼たちも、自然的な猛威が直撃すれば支えきれずに、壁やオブジェに突き当たって昏倒した。
「あのぅ」
店の口には、奇妙な少女がいた。
ケバケバしくならない程度に品を保った紫髪のツインテール。それが痛々しくならないほどに整ってはいるがいまいち記憶中枢に刻まれない美少女フェイス。
まるでどこぞの工員を想わせるショートパンツのツナギは、とてもそうとは思えないが巷間では魔法少女の一形態と認知されていた。
「『オーバーキル』……!」
果たして敵か味方か。
チェーンを腕に巻いて身構える束本の眼力におっかなびっくりと言った様子で視線をさまよわせ、心許なさげに彼らを彼方へ叩きつけたらしいその魔法の
「ハイ、上の方から参りました。魔法少女です。ハイ」
まるでやる気のない引越し屋か、水道の修理業者のような締まらない感じで、少女はそう名乗った。
超常的な力を使いながらも、なんとも頼りないスーパーヒロインの姿に軽く緊張を解く、というより脱力する束本の背の後ろで、車椅子の頭取は、
「お帰りお嬢さん。着替えろとは言ったが、またずいぶんと派手な装いになったものだ」
という、奇妙な感想を口にした。
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