第12話
「対象二名の接触を確認。これより作戦を遂行する」
命を受けた彼は、モールの屋外に出た。
海沿いの通り。そこにある一本の柱。その材質を確かめるかのごとく一撫でした後、数歩分の距離を置くように退いた。
その彼……曹鳳象の背後には、数十人単位の『泰山連衡』構成員が直立していた。まるで師の演舞でも見るかのような、静かな熱を滾らせながら、鳳象の緩慢に泳ぐ手足を、一挙一動を注視していた。
直接退くように示唆された訳ではないが、来客たちは物量的なプレッシャーに気圧されるかたちで、その奇妙な集団を遠巻きに眺めていた。
「何あれ、なんかの撮影?」
「邪魔だなぁ」
「ウワ、カンフーだよカンフー」
「アチョーってか? ぶはははは」
嘲笑する者がいた。興味本位で見る者、携帯のカメラをオンにする者、反応はまちまちだった。
それら雑言を聞き流していた鳳象の耳に、師たる黄泰全が短く命ずる。
「始めい」
その意を受けた鳳象は、動きを止めた。
ひた、と柱に掌を当て、大きく息を吸い、丹田に気を充溢させる。
そして一気に我が身に流した勁を掌に一極化させた。
次の瞬間、柱に亀裂が入った。
止まることなく伸びる。
広がる。
やがて建造物それ自体に入り内部へと衝撃を伝え、鉄骨を粉砕し、繋ぎ止めていたビスを弾き飛ばし、電力系統の施設に過剰な負荷をかけて爆発し、それがまた他の設備に誘爆を引き起こしていった。
その浸透までは知るべくもないが、それでも亀裂が、東西いずれの棟に、鶴が翼を広げるがごとく乱入する有様を見て、ギャラリーは皆固まった。レンズ越しだろうと肉眼だろうと、彼らにとっては知覚しえない状況が目の前で展開されていた。
そして我に返った時、悟る。
自分たちの身さえも、この正体不明の現象の前には危ぶまれると。
次の瞬間。
蜘蛛の子を散らすように、人々は指向性もなくバラバラに、崩落を始めたショッピングモールから叫喚とともに逃げ散った。
・・・
「なっ、なんだぁっ!?」
ブルーノ・セルバンテスは、見た。
みずから管理を任されているその
天井のガラスや電飾が一瞬で砕け散り、建造物それ自体が傾くその地獄絵図を。
最初は計画や組織の思惑とは無関係に、大地震でも起こったのかと思った。
だが、階下に乱入してくる黒い集団の姿があった。詰襟のシャツに、機能性を重視しながらわずかなふくらみも持たせたズボン。『泰山連衡』の構成員だった。
「おい、一体全体何がどうなってる!? なんで奴らがここを知ってる!? つか、お前ら何してた!?」
哨戒に当てるべく上空に展開したヘリへ回線を繫げ、端末から怒号を飛ばす。
だが聞こえてくるのは電波状況の悪化によるノイズと、断末魔の悲鳴だった。ただその雑音の合間に、ようやく聞き取れる単語が、搭乗していた部下の声で聞こえてきた。
「……
という、よくわからない単語ではあったが。
「あ? なんだって? おい!」
聞き返したが返事はない。その代わり、天窓のガラスを遠望すると、失速したヘリがきりもみしながら流星のごとく落下していくのが見えた。その死角で爆発音。オレンジ色の光が明滅し、煙が立ち上る。
垣間見えた墜落の様を、ブルーノは打算も忘れて呆然と見送るしかなかった。
数秒の時間を費やして、彼は野心を奮い起こした。
そうだ。こんなものは捨てて良い戦だ。国に帰れば栄達が待っている。
こんなところで死ぬわけにはいかない。こんなところで終わる人間ではないはずだ。
「くそっ……予備兵力の『
そのオーダーが通じたのかそうでないのか。その返答がブルーノの耳に届くことはなかった。
ふだんはせわしない彼が足を止めたことが、今回の場合、彼自身に災いした。
その頭上に鉄骨を孕んだコンクリート片が礫のように押し寄せ、その断末魔もろともに彼と随伴していた部下の姿を、瞬く間に飲み込んだ。
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