第2話

「いやー! 結構板についてきたんじゃないですかね、魔法少女!」

「相手が今までのよりよっぽど格下だったからな」

「そうかな、これでもちょっとは成長してると思うけど。世を忍び夜を忍び、陰ながら人々を救う! 全部解決したらモノホンのヒーローになってもいいかもねっ」

「そういうセリフはな」


 ネロはため息をついて、振り返った。

 そこには彼が予測したとおりの、赤石千明の姿があった。


「もうちょっと腰を据えて言うもんだ」


 ネロは鋭く指摘する。

 少女の両脚、膝から下はガクガクと踊り、笑顔を無理やり張り付かせた顔中に汗をだらだらと流している。


 そんな状態を自覚した瞬間、ストンと彼女の腰が抜けて、尻餅をつきそうになる。

 片手間に作業を続けたままに、空けたもう一方の手をかざす。


 少女の小ぶりな臀部を、やわらかなハンモック状のカーペットが覆い包む。そのまま彼女の腰掛けとなった。


 そこは、ネルトラン・オックスの領域アトリエ。望むものはある程度その場でに充満する魔力を物質化デザインすることで調達できた。


「あ、ありがと……」

 居心地が悪そうに膝をそろえた千明を見ながら、かざした手を左右に振った。

 次の瞬間、その手の動きに沿って鉄球つきのクレーン車が彼女へ向けて突撃した。


「のおおおああああ!?」

 少女というには野太い悲鳴が聞こえる。だがあくまでもホログラムでしかないそれは、仰天する彼女の身体を通過し、そのまま光の粒子となって空気中に分解された。


「……あと、こういうアンブッシュにもうちょっと柔軟に対応してほしいんだけどな」

「アメとムチはせめてワンテンポ置いてくれませんかね!?」


 千明の抗議を、ネロは無視して作業に戻った。

 本当はここに来られるだけで、彼女の魔術的な資質は格段に成長している。いちおうはそのことはそれとなく伝えてあるが、実感はないらしい。

 肉体同様の自然な慎ましさが彼女らしくもあり、損なってはならない美点だから、ことさらに褒めることはしなかった。


 ネオンサインの電光が四方に明かりを伸ばし、蒸気と霧が足元に満ちる広場。

 そこにデスクを広げ、宙に電子のタペストリーを立てかける。そこに投影された灯浄一帯の地図に印を刻み、交通、ライフライン、ニュースなどの情報を更新していく。


「で、君は何してるのさ」

「日経平均株価を見てる」

「なるほど! やっぱりそういうのも帝王学の一環なのかな、王様なんだし」

「……こんな雑な嘘にそこまでバカ丸出しのリアクション返せるのはこの街でもお前ぐらいだろうな……」

「ブッ飛ばしていい!?」

「飛ばす飛ばさないは勝手だが、まずここまでの状況を整理するぞ」


 そう言って、ネロはここまでの時系列を書き記した半透明のスクロールを引き延ばし、自分たちの眼前に押し広げた。


「お前にとっての事の発端は去年の秋。そこで自動車事故が起こり、アカシヤグループ本社の社長であった赤石永燈夫妻が死亡。同乗していたお前も死にかけた」

「うん」

「そしてその下手人と目下疑惑があるのが、その弟の永秀氏。当時自動車修理工であった奴は、お前らの車に細工をした」

「……うん」


 千明の頷きは、後者の方が重かった。

 すでに踏ん切りがついたことと、これから覚悟を決めなければならないこと。彼女の胸中でそんな風に線引きがされているのかもしれなかった。


「だが、不幸中の幸いにして、お前はこの俺に助けられた。その治療の最中に、永秀はお前の親父の後釜に割り込み、海外ドラマやアメコミよろしく会社を乗っ取ったってわけだ。いや、奴の場合は自分の工場がその時点で傾いていたらしいから、どっちかってぇとサスペンスだな」


 そう揶揄されて露骨に嫌な顔をされた。咳払いして、ネロは空気を改めた。


「ただ一方で、どうにもつながらない」

「何が?」

「どうしてお前の叔父御は今なお、お前の命を狙う?」

 ネロは答えを出ないことを承知で、千明に問いを投げかけた。

「もう地位やカネは手に入れただろ」


 案の定、千明は言葉に窮した。それは、と答えかけるものの、明確な答案があるわけもなく、喉に空気を押し込んで黙りこくる。


「口封じ、とか?」

 彼女なりに熟考した結果だとは表情とかけた時間だとは分かるが、それに対してネロは明確な否を示した。


「向こうはそもそもお前が感づいているとは思ってないだろ。細工したと告発したところで、それに警察やマスコミも、オーバーキルの事件やお前の身に降りかかる不幸を取り上げようともしないから、抱きこまれている可能性が高い」


 細工。自分で紡いだ言葉が引っかかって、考える。

 目の前で間の抜けた顔をさらす少女に、あぁと自分の考えを話す。答えは期待していないが、自分の頭を整理するためにはたまには出力も必要だ。


「そもそも、チェックを頼んだのはお前の親父からだったよな?」

「あ、うん。パパはいつも叔父さんに頼んでたから」

「妙なのはそこもなんだよ」


 自分の座を狙っていた弟を警戒していたのならまだ分かる。

 だが実際に行われたことはまるで逆だ。

 慣れ親しんだ修理工とはいえ、わざわざ故郷にいる工場長の弟を呼び出さなくともいいはずだ。


 それは逆に、他の何者には一切委ねられず、自分の弟信頼していたことに他ならないのではないか。


 つまり彼は命を狙われていたことを知っていて、そして狙っていたのは永秀ではない……?

 自分から断定していたが、千明の生命を狙っているのは永秀飲みならず複数の人物、いや勢力にまたがっている?


「もうひとつ、今日の件で気になることが増えた」


 叔父の件は出口が見つからないので保留し、ネロは次の話題に移った。


「今日の件って、銀行強盗さんのこと?」

「そうだ。あの破城槌の男バッティングラムは珍しくお前を狙った悪党じゃなかった」


 ヒーロー然と登場してイメージアップにつなげたものの、あれはまったくの遭遇戦だった。

 あの時千明は定期的に振り込まれる生活費を、ソシャゲのガチャに注ぎ込むために引き落としに来ていただけだった。

 まさかそんな理由で彼女が来ていたことも、その彼女がオーバーキルで妨害されることも予期していなかったはずだ。


「そして金品が目的といった感じの犯行でもなかった。隠し金庫まで一直線に向かい、書類でも小切手でもない何かを探していた」


 本人は取り調べに対し黙秘を続けているようで、遠からず彼の故国からの要請によって遠からず引き渡される、もとい釈放されるようだった。

 そして国交にも関わる重大時に関わらず、各メディアでそれを取り上げているのはごくわずかな地方誌だけだ。


 地元大企業の社長夫妻の死。その娘の奇跡の完治と帰郷後の不審な事故もとい暗殺。そして地方銀行の本店への襲撃。

 いくらこの灯浄が日本の経済基盤を支える大都市と言えども、ここまで大規模な事件が立て続けに起こって、まったく別の思惑で動いているとも思えない。

 必ずそこには何か繋がりがあるはずだ。


「銀行……金でも権利書でもない……そして複数人が人間と別の何かを狙っている……永燈氏の隠し遺産? 継承権が千明にある?」


 今まで疑問だった千明が狙われ続けた理由に、そして敵方の焦り。そこに銀行という歯車ファクターが組み込まれたことでネロの思考回路が本格的に動き始めた。おおよその絵図が、プリントアウトされていく。


 が、あくまで穴だらけの推論に過ぎない。確信するには決め手に欠ける。


 ネロは思索を打ち切り、顔を上げた。突然自分に注目されて不思議そうに覗き込む千明の顔が、そこにはあった。


「……ちょいと荒れるだろうが、こちらから仕掛けてみるか?」

「へ?」


 間の抜けたような顔に疑問符を浮かべ続ける当事者に、相談するような姿勢をとりこそしたものの、ネロの中ではすでに次の行動は確定事項だった。

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