第11話

 これだ、という言葉が、自分を含めて起こった奇跡のすべてを把握しきる前に、赤石千明の内側より弾け出てきた。歓喜とともに。あるいは安堵とともに。


 色相と言い、意匠と言い、千明の知る魔法少女のそれとは少し異なるが、このあえて少し外した感はヘタにパステルカラーで統一するよりもオリジナリティがあって自分だけのオンリーワンを得たという確たる手ごたえがあった。

 新鮮で良い。千明の好みとも合っているといえた。

 正しくコスチュームじみていて、ドキドキとワクワクが同時に押し寄せてくる。


(やればできるじゃん!)

 と、素直に自分のカラーを棄てて顧客の要望に従った職人マエストロに、惜しみない賛辞を内心で贈る。


 試着もなく、お披露目もなく、ぶっつけ本番だったから喜びもひとしおだった。

 敵前でなければ、思い切りはしゃいでいたものだった。


〈喜んでいただけたようで何よりだ〉


 だが、嬉しさは隠しきれないものなのか。どことなくやり切ったような余韻を含んだ念波がネロから飛んでくる。


〈とは言え悦に入っている場合でもないんでな。手っ取り早く武装を整えてもらおうか〉

「へ、武器ってこのカタナじゃないの?」

〈そっちはサブだ。メインはもっと海の色を出してみた〉


 これも海軍然としていた全体のデザインに合っているようだが、それよりもさらなる自信作がこのコスチュームの機能の中には含まれているらしい。


〈やり方は一着目と同じだ〉

 教唆されるままに、新型ユニット『灯台ファロス』の、留め金の鍵を回した。


 中のレンズが青く閃きながら回転を速め、そして光が泡となり、形を長く細く変じながら、彼女の利き手を覆い包んだ。


「こ、これは……っ!?」


 光の泡が彩を生む。手触りを作る。

 引き金やハンマーやレバーの、金属質な硬さ。

 高級デスクを想わせる磨き上げられた木材の、柔らかな触感。



 そして、歯車。



「…………」


 トリガーのあたりから銃底にかけて、数もサイズも、盛りに盛られて配置されている。どう考えてもこんなにいらねぇだろ、と言いたくなるぐらい。


 素体となっているのはマスケット銃だ。まだそれは良い。軍服風衣装の雰囲気にはひとまず似合っている。


 だが本来ならバヨネットを取り付けるであろう銃口の下にあるのは、斧だった。


 ハルバードのような、三日月の形状の刃は、絶妙な比重で銅と黄金の色が入り混じっている。

 美しさがあるのだろうが、反面どう見ても錆びているようにしか見えない。


「……ヲイ」


 千明は、自分の中でテンションとネロに対する株価が急降下していくのを実感した。


「なんスか、コレ」


 思わず肉声で問う声は、いちじるしく低かった。


〈なにって、武器だろ。しかも、遠近両用。撃ってよし切ってよし、殴ってよしのスグレモノだぞ〉

「もうちょっとオトコノコを抑えんかい! やだよこんなヘンタイ武器!!」

〈アックス付きの銃はメジャー武器だろ〉


 相手の要望に応える職人とはいったい何だったのか。出来上がったのはスチームパンクの妄執を捨てきれない未練の武装であった。


 はたから見れば、虚空にがなり立てる自分はどう見えていたのだろう。表情のない殺し屋は、何を思っているのかじっと佇んでいた。

 ただただ呆れているのか、彼女の姿に驚愕して固まっているのか

 ――あるいは、彼女が自分の眼には見えない何者かとコンタクトをとっていると判断し、それを探ろうとしているのか。


 だが、互いの視線は正面の敵へと戻る。ショットガンを片手で携えた男の、ぞっとするような気配がゆらりと、ドライアイスが気化するようにたちのぼる。


 刹那、男は銃口を魔法少女へ向けていた。

 千明もまた、『ワンショット』へと向けて応射した。

 互いの発した弾丸は雷鳴のような音とともに空気の壁を引き裂いた。


 なまじ発達した視覚は、ショットガンの弾道を捉えてしまう。

 たしか、スラッグ弾とか言ったか。チェスの駒ほどはある弾が、高速で迫ってくるのが見えるくせに、あれを避けるのは至難だろうと感覚が冷たく見積りをつけている。


 つい西部劇のガンマンよろしく撃ち返してしまったことを、千明は後悔した。

 大人しく回避に徹するべきだった。趣味でこしらえたような大昔のマスケット銃が、散弾銃に太刀打ちできるどおりがない。

 もし万が一の僥倖があって弾丸同士がかち合うことになったとしても、自分の撃ったものは飴細工のように破砕して、一方あちらはスズメバチのようなパワフルな弾道で自分の頭蓋を突きえぐるだろう。


 せめて、弾がもっとサイズの大きなものであれば。

 せめて、撃ち出されるものが相手銃撃を防ぐ類のものであれば。


 そう想う千明の手元で、


 がちり


 ……と。

 時計が針を刻むような鉄音とともに、歯車が噛み合った。


 次の瞬間、彼女たちの間で水が爆ぜた。

 チェス駒のような単発弾が、威力を失って地面を転がった。


 空中へ飛散した水が、呆気にとられている両者に雨のように落ちていく。


(僕にの撃った弾が、大きくなってかち合った?)


 いやだとしたら、あの水の説明がつかない。斜線だって、接触するような角度にはなかったはずだ。


 そもそも、水が爆ぜる直前……マスケット銃から放たれた弾丸が、壁というか、網か袋のようなものに変形をした、ような……


〈お前な、この俺が懐古主義をこじらせて無意味にマスケット銃に歯車取り付けたと思うのか?〉


 呆れたようなネロの声が、頭の中に響く。


〈その武装ユニットはお前の思念によって発射速度、数、弾道、形状、口径やもろもろの特性をギアで調整できるようになってんの。言わばそれ自体が無限の鋳型を持つ兵器廠ってところだな。その原材料が水素と微量な鉄だから、ここが最適だったんだよ〉


 とんでもないことをごさりげなく言われているような気がしたが、その解説を証明するかのように、銃斧の把手で、千明の意思に合わせて歯車は回る。


 大きさを変え、位置を変え、回転数を変え、組み合う相手を変えて、廻る。まるで舞踏会のように。


 使い慣れた保湿液のように手に馴染むそれを、千明はあらためて握り直した。


「でも斧を取りつける意味はないですよね」

〈……〉

「というか、その機構が歯車である必要もないですよね?」

〈…………〉


 それについては、ネロはノーコメントを貫いた。

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