第12話
天女が戦士の貌となった。
姿を隠した何者かと対話は終わったらしく、気後れし、腰を引かせながらもその奇異なる得物を握りしめている。
その目配は所在なく、足に重心なく、しかして軽妙の感もなく、丹田に力なく、上半身に弾性なく、武器の持ち手は力みに過ぎ、全体的な風体は女性としての肉感に欠く。
武練というにはあまりに拙い。
だが、暴発する大砲を手にした相手というのは、敵するにしても与するにしても、技量なき故に厄介に過ぎる。
だが関係ない。
相手が素人であれ玄人であれ、魔であれ人であれ、その真価を余さず引きずり出す。それこそが、自分が組織に課せられた使命だ。おのれは、その軽重を問う秤だ。
ショットガン撃ち放つ。
『オーバーキル』は銃を斧へと持ち替えると、それを地面へと叩きつけた。水道管を割ったかのごとく噴水が巻きあがる。防壁となって、散弾の威力を殺す。それ織り込み済みだ。
その壁は、防御性は、視界と引き換えだ。
素早く移動した『ワンショット』は、敵の側背に回り込みつつ、地面に散らした銃器のうち、マシンガンを手に取った。撃つ。連射は、相手に防御魔法の継続を余儀なくさせる。
このまま背後より必殺の一発を見舞わん。
そう勇む『ワンショット』ではあったが、ふと、鼻先に針先を突きつけられたような悪寒が奔った。その直感に従った肉体が二の足を踏ませ、かつ幾たびの死線においてそうであったように、彼の危機を救った。
遠心力をつけて薙がれた斧刃から、水流が……いや水龍が、飛翔した。
顎門を開いたそれが、飛び退いた『ワンショット』の脇腹をかすめた。それだけで激痛がこの男を襲った。
斬られた、と思った。それも深く、臓腑に達する苦痛だった。じくじくとその部分の痛みは続き薄らぐ気配がない。
だが、内臓の露出どころか出血さえもない。
あえて推し量るまでもなく、あの少女の現形態は、水を司るものだろう。
そして人間の多くを構成しているのは水分だ。おそらくは影響力は直接的に、あるいは魔道によって間接的に、肉体に干渉し、血管系、循環器系に痛撃を与えることができるのだろう。
だが彼は怖じない。退かない。喪心しない。
それが組織の命であるが故に、この身は『連衡』に預けた命であるがゆえに。
サイズによる違い、用途による違い、弾頭、装填数……。
狩猟、犯罪、戦争の歴史は弾丸を数多生み出したが、命を奪う銃弾は
外れるにせよ、命中して命を奪うにせよ、向かうべき道は一筋のみ。
ゆえに彼は進撃する。そして撃つ。
ダメージを与えてもなお進む彼に、わずかながら少女はたじろいだようだった。
矛先を向けたその銃口は、あらぬ方向へと向けられる。
――あらぬ方向?
『ワンショット』はその認識を即座に改めた。
案の定、それは軌道上でいくつも分裂し、網のごとく彼を絡めとろうとした。
バックステップで第一波をかわす。
二発目が天に向かって撃ち放たれた。
流星のように降り注ぐ水弾を、大崩れする体勢を覚悟で床をすべり、くぐり抜ける。
避けきれない。
制動の余裕はない。
『ワンショット』はショットガンを撃った。もちろんそれは、防がれる。防壁が爆ぜる。だがその真意は反攻にあらず。
その反動でもって強制的に身体をずらした。眉間の合間を、水蛇が通過した。
レミントンを、投げ捨てる。
可能な限りの軽量化のため内蔵マガジンを切り詰めた結果、最大装填数の少ないそれは、もはや弾を撃ち尽くした鈍器兼重量に過ぎなかった。
だが水攻めはすべてかわし切った。
もはやこの距離から有効弾なりうる武装は無くしたが、至近仕留めるならば充分だ。
小銃から弾をばら撒きながら牽制しつつ、駆け寄る。
だが、そのマズルを、地面に飛び散った水滴が伸びて巻き取った。そしてそれは彼自身の身体にも及び、肩や腰を縛りつけた。
手首への圧迫、上腕に対してかけられた、あらぬ方向への負荷。それらによって、武器をポトリと取り落とす。
(文字通りの、一筋縄ではないということか)
その魔性を、骨身より痛感した。
「追って来なければ、これ以上は何もしません! ていうかもう何をしようとしまいと逃げますけど!」
日本語でそう告げたあと、少女は後ずさる。その言葉には気弱さと同時に、その水縄に対するたしかな自信を感じさせた。
たしかに物理的な拘束のみならず、魔的な要素が絡んでくるとなれば、腕尽くでの抵抗の意味が薄いだろう。
陰陽五行に曰く、陽に属するは火と男。
かくも身動きがとれないのは、その摂理がゆえか。
となれば、それを破るのは容易だろう。
吐、納。
心を空に、足を地に。
大地の気脈を通じておのれの内に取り込む。
敵が水でもって火たるおのれを縛るのであれば、自身は土となって水に克てば良い。理屈さえ判明すれば童であろうとも抜け出せる。
「噴!」
震脚でもって汲み上げた土気を解き放つと、鷹を前にした子雀のように、まとわりついていた水が逃散した。
何の不思議なことがあらん。驚嘆しながら自身を顧みる少女の横合いまで、間を詰めた。
銃を拾う暇はない。だが、袖口に納めていたデリンジャーは健在だった、ように見えた。
だが引き金を引いた瞬間、装弾不良を起こした。舌打ちし、ただ一身でもって少女を攻めた。
『オーバーキル』自身が纏う防壁に彼の拳は阻まれた。バスで接近した時とは違う。あの熱波のごとき防壁とは性質が異なる。
あれが真正面から火力で攻撃をはね除けるものだとするならば、これは流水の運動でもって力を分散させてしまうもの。
兵法を修めるものは、水を治めるも同じこと。次いで繰り出した掌底は、防壁を破って彼女の鳩尾を叩いた。
今まで感じたことのないだろう激痛を味わい、少女の顔は苦悶に歪む。
だが、拳を打ち込むと同時に、その感触でもって感じたのは、
(無念)
の二字だった。
単純な言葉。
だが二字に込められた悔恨は、悟り得た限界と敗北は、深く、重い。
見誤っていた。過信していた。慢心していた。
武器の状態を、ここに至るまでの不調法な乱射による弾薬の浪費を。故に肝心要のこの瞬間に、錆びついた武技でもって肉弾戦を挑まなくてはならなくなる。
いや、であるが故にそもそも。
おのれは『ワンショット』なる名に溺れた。いつしかそうであることに固執し、銃器に頼り、一拳鬼であった我を見失っていた。
そして見誤りはあとひとつ。
技術は素人であっても、外法の補助を受けていても、甘ったるく弱腰であったとしても。
この少女は、武心を持っている。
少なくとも、自分よりも。
少なくとも、痛みの中でも、目尻に涙を死に体となった敵の腕に組みついて離さない程度には。
万力のような力とともに『ワンショット』は彼女の頭上に掲げあげられた。捨てばち気味の雄叫びとともに彼を放り投げた。
力任せの一投は、地面と並行する直線を描いた。殺し屋は鉄柵を突き抜け、水切り石のような弾道で海の表層をバウンドする。
そして今まで体感したことのない、『空中散歩』のごとき光景を体感しながら彼は、水面に対する張力を途中で失って、しぶきをあげて沈没した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます