第10話

 我が身をバスと切り離した『ワンショット』は、対岸にある領事館跡公園と行き着いていた。


 ふと空を見上げて、首を少しひねれば、目視できる距離に自分たちが落ちた橋があった。その上で湧き立つのは、狂乱の音。鳴り響くサイレン等の雑音。

 奇妙なものだとあらためて思った。


 すでに当事者たちはそこにいないのに、沙汰しているであろう人間たちも、そのことを知っているだろうに。逃げるでもなく追うでもなく、わざわざその場に留まって慌てふためいている。当事者にはなりたくなくとも、目撃者にはなりたい人間心理の複雑さか。


 さて、そうなれば問題はもう一方の当事者だ。第一目標である赤石千明。そして魔法少女オーバーキル。


 千明のほうは仕損じたといえ、それはあくまで表向き。自分はあくまで大物見で、実際のところはあの奇妙な戦乙女の戦力や行動原理、その力がいかな法則に基づくトリックなのか。それを探ることに尽きる。


 潮の流れからすれば、自分と同じ地帯に流れ着いて然るべきだ。生きてるにせよ、死んでいるにせよ。


 いや、確実に生きている。

 証はないが、はっきりと断言できる。その自信があったればこそ、周囲の被害を気遣う余裕があればこそ、彼女はバスごと海中に身を投げたのだ。


 そして生きている以上、後難を排するためにも、追跡を防ぐためにも、今一度自分との対戦を望むだろう。


「……」

 あるいは、誘い込まれたのではないかとも思う。

 石畳で舗装された平坦な道が海岸線沿いに広がっていて、緑地帯は少し離れた場所にある。つまり、銃撃戦において必要不可欠な遮蔽物がなく、いやでも真っ向勝負を挑まなければならなくなる。


 息を整える。

 残りの武装の弾数、動作の良不良を確かめる。彼から見本市のように取り出される銃器の類を見て遠巻きに逃げ散る観光客やランナーを無視して、意識を研ぎ澄ませている。


 大海の中に波紋を見出すがごとく、あるいは白峰に跳ねる白兎を眺望するがごとく、周囲の騒がしさに反して微細な変化だった。


 海だ。

 波濤の間、潮騒の隙に、異物が在る。


 気配は、大きくなっていく。おそらくはその中心にあるものの実寸に比して。


 地面に散らした複数種の銃器より、組織より配給されたショットガンを拾い上げる。実弾を込め終えて、『ワンショット』は海の中心に渦が作られていくのを視た。


 そして殻を破るがごとく、海面を開いてそれは現れた。

 小麦色の長髪をなびかせて、軍服を思わせるボタン付きの真っ白な詰襟の裾をなびかせて。

 それを彩るは、マフラーともマントとも、あるいはスカートともとれる、膝上にまで達した瑠璃紺の長い外套。腰には直剣と言えるほどに、反りの浅く幅の広い軍刀。


 まったく違う形状の異装の少女が、埠頭に降り立った。

 噴き上がった海水は、本来彼女が振りかぶるはずだったが、一滴一滴が意思を持ったかのように、その痩躯をすり抜けていく。


 今まで海中に浸かっていたはずのその身は濡れてはおらず、その外套は、あたかも飛天の領布ひれのごとく、軽やかに潮風を泳いでいる。


 そして、藍宝石サファイアの深い煌めきを秘めた、灯台のレンズを思わせるガラス細工が、ベルトの左腰に取り付けられていた。


 装いは違う。髪色も、司る森羅も異なる。

 顔は正視しているにも関わらず、霧が頭にかかったように判別がつかない。

 先の少女達との共通点と言えば、骨格ぐらいなものか。


 だが同じだ。同個体の魔法少女だ。

 『ワンショット』にはそれが直感と道理をもって理解できる。


 でなければ、二種の異能者が都合よく登場するものか。

 でなければ、自分と敵対の姿勢を見せるものか。


「お、おお……?」


 ……だが、その姿を信じきれていないのは、自身を水鏡に写したり頰や身体を、戸惑いながらも興奮気味に、べたべたとまさぐる彼女自身のようだった。

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