Act2:ワンショット

第1話

〈……昨夜未明、コンビニ強盗が発生しました。襲われたのは、港南区の住宅街付近にあるコンビニでに鈍器のようなものを持って現れた女は、身長一五〇前後の、年齢は十代後半と推定されます。いわゆるコスプレのような格好で店内に押し入った女は、みずからを『オーバーキル』と名乗りました。そして、男性に軽傷を負わせて店内を荒らしまわった後、店員に顔を見られると逃げるように走り去ったとのことです。同様の姿をした女が先月はじめに起こった放火事件の現場付近でも目撃されており、警察ではこの『オーバーキル』の行方を追っており……〉


「なんか、アメコミのヴィランみたいなコードネームだな」

「い゛やだァー!?」


 春のうららかな休日。

 朝アニメの時間つぶしのために、何気なく見ていたニュースで、自分のことが取り上げられ、しかもあしざまになじられていた。

 頭を抱えてのけぞる『魔法少女オーバーキルコンビニ強盗』こと赤石千明は、勢いをつけて額をフローリングへと押し付ける。


「へ、偏向報道ですよヘンコー! これじゃ僕が強盗やったみたいじゃない!? っていうかオーバーキルって名乗ってないし、そういう意味で使ったワケでもないですしッ!?」


 実情としては、軽くフラッシュを杖から出してみたら想像以上に強盗が驚いて、店内の棚を巻き込んで倒れて気絶したから、その隙に逃げ出したというだけなのに。


「まぁ、たしかに誰かの意図によって捻じ曲げられてる感じはある」

 その場には居合わせなかったネロだったが、千明の訴えには同意の姿勢を見せた。


「ただ、なぁお前」


 ネロは今している手作業を止めて、テレビと少女の間に腰かけた。短い膝をそろえて、千明を正視する。もはや半年の付き合い。その所作が、この黒猫が何らかの説教を垂れる兆候だと千明は見切っていた。


「なに、大切な力なんだから使うなって?」

「いンや? 使うのはべつに良い。ただ一ヶ月ぶりの変身がコレってのはしょっぱすぎだろ」


 ネロは深々と息をついて言った。


「深夜アニメ見たさにコンビニ強盗を制圧? 今まで他に使うべき場面があったと思うがな」


 ネロの言葉は道理だった。それは千明とてわかっている。


 あの『モグラ』たちに襲撃されて一ヶ月。それで済めば良かったのだが、その後もたびたび彼女の周囲では不審な人物や事故がつきまとっていた。


 ある時は襲撃時と同様に足音や影が執拗に彼女に張り付き、またある時は頭に当たれば即死は免れない重荷が不自然に落下してきたことがあった。


 警察には訴え出たものの、事務的に受け付けられただけで、今のところ彼女を安堵させる報告はない。


 いずれもネロの洞察と機転によって回避できたが、それでも彼女は変身しなかった。


「官憲があてにならない。街中にお前に対する害意が張り巡らされている。なのにお前、なんで変身しようとしないの」


 まるで母親のようにくどくどと言い募る彼は、ふとフードの奥の目元を曇らせた。


「もしかしなくともお前、変身に抵抗があるな」


 指摘されて、言葉を詰まらせる。

 その反応を見たネロは、深々と息をついた。

 

「たしかに、炎に巻かれて全てを喪ったお前に、それを動力源リアクターとする武装をしろ、というのは惨い仕打ちだとは思っている」


 我が事のように苦悶の情を声に乗せて、ネロは言った。


「だが、お前が死にかけたあの間際、手近にあったエレメントがあれだった。加工も容易だった。だからもしお前がそれ使うことで心の傷を抉られるなら、別のアプローチを考える」

「違うよ」


 それだけは、絶対に。そう千明は断言した。

 夢現も定かではなかったとはいえ、あの地獄の中で選んだのは自分だ。彼の好意にすがったのは、自分だ。

 その結果がこの先どれだけ苦難を生むことがあっても、現世に命を留めたことと、魔女となったことだけは、絶対に後悔なんかしない。したくない。そしてネロのせいにしてはならないのだ。


「ただね」

「ただ?」


 神妙に自分に視線を注ぐネロに、千明はほう、と物憂げな吐息をこぼして言った。



「あの服、色が、汚いねん」

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