第4話

 用意された車から、窓越しに洗練された街並みを眺めていると、移動はあっという間だった。

 マンションの一室にはにはすでに調度類や電化製品が用意されていて、彼女自身のすることと言えば鍵を運転手から貰い受けて、エレベーターで最上階まで上がることぐらいなものだった。


「おぉー!」


 今すぐにでも新生活が始められそうな環境に開口一番で喜びの声をあげる。


 その足下を、小動物的な何かが通り過ぎていった。


「ふわー! ベットふかふかだー!」

 寝室に入るなり、掛け布団の上からダイブする。

 そのベッドの下を、小さな影が覗き込んだ。


 そのまま寝入ってしまいそうだったので、はね起きる。そうだ、やらなければならないことは山ほどある。


 リビングの裏側にあるキッチンで、器用にシンクの上に飛び乗った影は、水を出しっぱなしにしていた。

 それからレンジの裏や冷蔵庫の下、中身の隅々までその青い瞳が覗き込む。


 何やってるんだかとそれを脇目で見遣りながら、彼女自身は荷解きをして取り出した携帯ゲーム、スマホ、そして通販で取り寄せていた据え置き機の配線をつなぎ始めた。


 その傍らで、影が非常口の有無と、あると分かるやその位置を確かめていた。


「はっ!」

 携帯を見て、彼女は思わず息を呑んだ。

 今そこにある危機。それに気づいたからだ。


「WiFiが……繋がらない」


 このままでは無線LANも使えないし、電話料金もパケット分を超えてしまうではないか。

 どうすれば良いのか、頭を抱える少女に、


「お前、テレビの裏の配線引っこ抜いたろ」


 と、吹き込んできた風とともに、答えた。

 顔を上げると、開けっ放しの窓の向こう、逆光を背に、バルコニーの手すりに、その小さな影が腰掛けていた。


「え? ……だってゲーム繋げられなかったし」

「それ、WiFi専用のコンセントだから。……って、注意書きすぐ上に書いてあっただろうが」


 深いため息とともに、『彼』は両肩を落とす。


「しゃーない。あとで電源タップ買ってこいよ。移動中、ヤマデンの看板見えたから、そこか商店街に戻りゃ見つかるだろ」


 頼まれもしないアドバイスをベラベラとまくし立てるその影に、千明は呆れとともに憮然と見返した。


「何だよ」

「いや君ってその……異世界、の人だよね」


 言語化するのもあまりに馬鹿馬鹿しい、率直な疑問を口にしてから、言い直す。


「というか、ネコだよね」


 太陽に雲がかかり、逆光が薄れる。

 彼女の視線の先にいた『彼』の姿が明確な輪郭を取り戻した。


「……たしかに、そうなんだが。けど異世界イコール自分たちより文化や技術が未発達、と定義するのはナンセンスだ」


 短い手足を組んで言い放つ。

 フード越しにピンと立った耳の下。影と黒い毛並の中に埋もれたターコイズブルーの両面が、知性の輝きを放っている。


「そもそも俺は、職人マエストロだ」


 ハロウィンの人形、と叔父が揶揄した魔法使いの黒猫は、傲然とそう名乗った。

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