第2話

 なぜ、こうなったのか。

 たまさか居合わせたコンビニ強盗に魔法少女流の仕置きをしながら、彼女、本名赤石あかし千明ちあきはふと考える。


 半年ほど前にも、同じことを思っていたような気がする。

 煉獄の中で。


 横転した車。天を舐める煙。全身から活力を奪う痛み。目の前で両親を呑みこんだ炎が、自分に迫っていた。

 薄れる意識を強引に呼び覚まし、そこから逃れようとした。だが、車の残骸から飛んできた鉄片が、その手の甲に突き刺さり、熱した地面に縫いつけていた。


 それでもなお、腹立たしいほどに、空は青かった。


 溶けたコールタールが、少女の意識を同じ黒で塗りつぶす。閉じていく。


「おいおい。これはまた、ずいぶんと手荒な出迎えだな」


 声が聞こえたのは、その時だった。

 空気が裂ける音がした。何もない地点から風が生じて、火を消し飛ばした。

 その中心に、ほっそりとした男の影があった。

 あぁ、と千明は心中で嘆いた。

 いよいよ自分も終わりらしい。自分を救ってくれる都合の良い王子様が現れたなどと、こんな愚にもつかない、何の脈絡もない妄想をしている。


「おい、そこの娘」


 その陽炎のような幻影が、少女の枕元に膝をつけた。


「いちおう確認しときたいんだが、この国ではいちじるしく倫理観が衰退していて、人命軽視の傾向にあるとか、あるいはお前ら全員の総意で自殺、という訳じゃないよな。……セダンか。安定した収入を得ているだろうから、生活苦で心中ってわけでもなさそうだが」


 長々と、早回しで、彼は尋ねる。その意味は理解できるもの、自分の言語野で使われることはあまりないため、千明は応答ができなかった。


「発見した第一村人を見殺しにしちゃあ俺としても目覚めが悪い。が、本人の意思は尊重したい。お前らの使う単位で換算すると保って三十秒ってとこか。だから、単刀直入に聞くぞ」


 単刀直入、と言いつつ非常に長い前置きとともに、男が自分の目を覗きこんだ。

 深い滋味の、ブルーの瞳。それは物静かに、彼女に問いかけた。


「お前、生きたいのか?」


 ……果たしてこの影は実物なのか虚像なのか。それさえも判別がつかない。さっさと楽になりたいという気持ちがある。そんなことが可能なのかという疑いがあった。

 自分だけ生き残ったとしても、両親が死んだその先に何が待つのかという不安と絶望がある。


 だが。それでも。

 その全部をひっくるめても。


 彼女の中にくすぶり続ける原始的な願望が、上回った。

 彼が自分のその眼をのぞき込む。そこに渦巻く渇望を見透かすように。逡巡か、あるいはそれに似た時間があった。時限があるといったのは、彼だろうに。

 ややあって、彼は頷いた。


「ならば、この手を取るといい」


 差し伸ばされたその手を掴む。直後、吹き煽られた火炎が、ふたりを呑んだ。

 いや、恐らくは、自分が取り込んだ。

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