魔法少女オーバーキル
瀬戸内弁慶
Act1:魔法少女、灯浄に帰る
第1話
令和。日本。
中国地方にある、沿岸道の近くに設置された、ごくありふれたコンビニに、彼女は現れた。
そこには、夜勤の店員がいた。
少数の客がいた。またそういう体を装ってはいるが雑誌を立ち読みするだけの冷やかしがいた。
……店員に、改造エアガンを突きつけるコンビニ強盗がいた。
そして彼らの視線の中心に、魔法少女がいた。
真紅の瞳に、腰まで伸びた水色の長髪。日本人離れしたカラーリングだが、それが似合っているだけでも、高い水準の美少女と言えた。
が、所在なく、落ち着きなくさまよう視線が、そのグレードをいくらか落としていた。
くすんだ赤色のケープに、フリルのついたミニスカート。その下にレギンスを履いている。
錆びついたような色合いの、用途不明の金具がそこかしこにあしらわれ、腰には細長いカンテラのような、あるいは鳥かごのような筐体が取り付けられていた。
世間一般が女児アニメより想像する所謂『魔法少女』とはやや意匠がズレているが、魔法を使いそうな少女という広義的な捉え方をすれば、それはまさしく魔法少女と表すのが妥当だろう。
申し訳程度に、槍のように先端を尖らせたその小柄な身長ほどにはあるステッキが、雨降りを予期した店員の用意したであろう傘立てにかけてあった。
それは唐突に現れた。
固まる彼らをよそに、出入り口に陣取った。
当惑の視線を慣れない様子で受け止めながら、
「ふへへ、どうもどうも」
と、ややだらしない愛想笑いを浮かべる。
そして、両手で抱えるように持った紙コップを、そろそろとコーヒーマシンに入れて、おっかなびっくりといった調子で、申し訳なさそうにボタンを押した。
ただでさえ混沌とした状況下に現れた異物そのものにどう対応していいか分からず、客も店員も強盗も、視線同様その手足を止めたままになっていた。
店内に流れる恋だか友情だとかを賛美したアイドルソングが、空疎に流れていく。
「――いや、僕もどうかと思うよ。思いますよ」
コーヒーがカップに溜まるのを待ちながら、魔法少女は切り出した。
「そりゃあ深夜のコンビニにこんな格好の女が現れたら、ポリス案件かでなきゃ何かの罰ゲームだと思いますよ。ああうん、まーモノホンなんだけどさ。あ、そっちの意味じゃなくてですね」
BGMと彼女の弁は続いていく。
ただ、透明感はあるものの覇気だとか活力だとかにいちじるしく欠ける彼女の声は、アイドル声優のキャンペーン紹介より声量で劣っていた。
「いや、ほんとにね。コンビニ強盗さんに魔法少女って、オーバーキルだと自分でも思うよ? けど居合わせちゃったもんは見過ごせないし、警察待ってたら事情聴取やなにやらで、帰りが遅くなっちゃうし? もうすぐ始まるアニメ録画してないんだから、そろそろ帰んなくちゃいかんのですよ。ってなわけで、まぁうん。そういうことです」
すさまじく冗長な物言いに、雑な話のまとめ方。
コーヒーマシンが異音を立てて動作を停止した。タンクが水を切らしたのだ。
その原因に思い至らない彼女は、自動停止した機械をあわてて撫でさすったり、叩いたりした。
だが悲しいかな、彼女の魔法でタンク切れは直せなかったようだ。
それらを含めた緊張感のなさが、強盗の混乱を収束させ、怒りに転じさせた。
誰かが止める間もなく、覆面姿の彼は銃口を彼女の顔面に向けて、ためらいなく発砲した。
本物の弾丸と遜色ない威力と速度で撃ち出されたそれは、間違いなく『コスプレ女』の目鼻を潰す、はずだった。
ばしん
風を破るような音がする。
少女が難なく、スナップを利かせた右手で銃弾を弾いたことによって、生じた音だった。
羽虫のようにはたき落とされた鉄球の先端は、半ばが溶けてひしゃげていた。
払ったその手が虚空にかざされれば、まるで磁力に引かれるように、微妙な距離にあった彼女の杖が浮き上がって、一瞬後にはその手中に収まっていた。
今度こそ、その場にいた彼女以外の全員が、目の前の現実と自らの正気とを疑った。
「というわけでッ、さっさと片づけさせていただきますハイッ」
彼らの様子など気にもかけず、一転、強い意気込みとともに魔法少女は踏み込んだ。やけっぱちで。
そして、コンビニの店内を、赫奕と閃光が埋め尽くした。
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