6-05 食糧

 愚王を討つ。それが決まれば騎士団の動きは素早かった。まずは証拠の確保、と可能な限り全速力で牢獄へと向かう。可能な限り、と言っても馬を潰すような無茶はしない。当然休憩は適宜挟むし、獣への警戒も怠らない。怒りに身を任せていても最低限の冷静さは失っていない。イストエイゼは優秀な指揮官らしいな。


 戦争のための部隊と犯罪者捕縛のための部隊ではやはり編成が異なる。戦争のための部隊であれば補給などの支援を行う部隊が欠かせない。対して捕縛のための部隊は一部隊ですべてが完結する。長期戦を想定していないのもその理由の一つだろう。食料は携帯食がメインだし、無くなれば現地調達も行う。当然捕縛した犯罪者のための食料などが用意されているわけもない。


「おなか空いたんだけどー!」


 そう抗議するリーゼに困ったような顔をする騎士たち。だが、流石に騎士たちの食料を分けてもらっておいてそれを言うのはどうかと思う。ちなみに、食事を我慢しているのはイストエイゼを始めとした指揮官たちだ。食料を分けようとした部下を制して名乗りを上げたのだ。それだけでも彼らが優秀な指揮官だということが伺える。


 私の居た世界では部下にメリットを与えたら負けだと思っているダメ上司が多かった。部下を自分の所有物のように勘違いし、自分の思い通りにできると思い込んでいるタイプ。部下は搾取するもの、部下に与える給料を減らすことがコストカットだと思い込んでいるタイプだ。会社が与えている給料を減らす事しかしていないくせに、自分が給料を与えているような思い違いをしているのだ。


 こう言うタイプの上司には当然部下は付いてこない。この様な上司のために働くことがデメリットでしか無いからだ。部下が上司に従うのはそれにメリットがあるからだ。従うことがデメリットでしかなければ当然従うわけがない。それなのに平然とデメリットを与え続ける。部下が無条件で上司に従うと勘違いしているのだ。人が何故動くのかを理解していない、いわゆる『部下を使う才能が欠けている』と言うやつだな。正直、何故この手の『上司の才能に欠けた人間』が昇格できるのか不思議でならなかった。


 イストエイゼの行なった行為は一見デメリットを負っただけに見える。だが、こう言う行動の積み重ねが『この人のために働きたい』と思わせる。上司のために働くことがメリットであれば、部下は率先して上司のために働く。この構造を理解しているかどうかが上司に必要な才能なのだ。もちろん、無意識にこういった行為を行っている者も多い。いわゆる『人徳』と言うやつだ。


 人徳がある者と人徳がない者が同じ命令を行っても結果は当然異なる。人徳のない者が人徳がある者をただ真似た所で同じ結果にはたどり着かないのだ。それにもかかわらず、『人徳がある前提のやり方』を行って結果が異なる事に文句を言い部下に当たり散らす『人徳のない上司』があの世界には溢れていた。


「おーい、ディーネだっけ?表情が暗いぞー?まるでダメ上司にパワハラ食らってる部下みたいな顔になってるぞー?ディーネもお腹空いてるのか?ダメだぞ、子供はちゃんと食べないと。」


 考え込んでいる私にリーゼが無遠慮な声をかけてくる。まあ、こいつはこう言う奴なので気にはしないが。そして、フッと心が軽くなるのを感じた。どうにもリーゼとのやり取りは心地いい。心が落ち着くのだ。まあ、腐れ縁で慣れ親しんだやり取りというのもあるけれどな。


 さて、実際問題食料が不足しているのも事実だ。理由は単純、例の愚王が兵糧を減らしたからだな。さて、このまま施されるままというのも気が引けるし、空腹を訴える友を放置するというわけにも行かないしな。ここは現地調達と行こう。我々は捕虜という訳ではないので自由は保証されている。幸い付近に食料となる獣も居るようなので、ここは犠牲になってもらうとしよう。


 もちろん、被造物だからといって自ら命を差し出すような獣は居ない。そこには命のやり取りが発生する。弱肉強食が獣の掟だ。彼らもただ食べられるために存在しているわけではないのだからな。人間も含め生物は他者の命を奪わなければ生きていく事もままならない。それは草食動物だろうが肉食動物だろうが変わらない。植物もまた命だからだ。動物と命の形が異なるだけに過ぎないのだからな。それを罪と呼ぶことも出来なくもないが、それでは存在そのものが罪となってしまう。故に生きるために他者の命を奪うことを罪とは定めていないのだ。


 そして、それは神であっても変わらない。神とて生きるのには何らかのエネルギーを必要としているのだ。どこかの世界の神が他者の命を奪わずに生きることが可能な生命の創生を試みたと聞いたことがあるが、それは失敗に終わったようだ。徐々に命の総量が減少していき、最終的には外部から命を供給する必要に迫られたという話だった。命を循環させることに何か意味があるのかもしれないな。


 私とリーゼで食料の調達に向かう。エミーとアルシュは騎士たちと待機だ。理由は単純、リーゼが『こう言う時、目を離した隙に全滅とかってお約束なんだよね』と言ったからだな。一応周囲に危険な存在がないのは確認しているが念の為だ。


「ディーネ、そっちに行ったよ。」

「ああ、把握している。」


 全力で突進をかけるボルク……猪に似た獣の攻撃を紙一重で避けつつ、脚を斬りつける。勢いの乗っていた状態で脚を失ったボルクはそのまま私の背後にあった木に激突する。これで2頭目だ。これだけあれば全員の腹を満たすのには十分だ。必要以上に狩るつもりもないのでこれで終了だな。


「いやあ、向こうの世界に比べたら狩りも楽だね。」


 猪を抱えたリーゼが楽しそうにそう言う。向こうでは牛に似た姿の巨大生物を狩って生活していたらしい。逆に食われることも多々あり、割と命がけの生活だったようだ。確かにそれと比べればこの世界の獣狩りは楽だと感じるだろうな。世界によっては人間が食物連鎖の最下層に位置している様な場合もある。それを考えればこの世界は生きやすいのかもしれない。その代わりに人同士の争いも絶えないのだが。


 私達が騎士たちの所に戻ると、数名の騎士が捕縛されていた。どうやら間者が紛れていたらしい。一部の者が王への報告に走り、一部がエミーを人質に取ろうと画策したようだ。なるほど、確かにこう言う時に目を離すと良くないのだな。ちなみにエミーを人質に取ろうとした者は返り討ちにあい、報告に走った者はアルシュに捕らえられた。まあ、エミーもこう見えて傭兵をやっていたからな。この手の対処には慣れている。アルシュは、まあ言うまでもないな。


「捕まえた。」

「与しやすいと考えたのでしょうが、この程度の事は私も慣れておりますので。」


 ロープでぐるぐる巻きにされた数名の騎士を一箇所に纏め、騎士たちが交代で見張る。その間に我々は食事の準備だ。料理はリーゼに任せることにする。なにせ彼女は前世では猟師の資格を持っていたからな。大学時代に取得したらしい。食べきれないからとよく電話で呼び出されたものだ。


「命に感謝を。」


 そう祈りを捧げて、ボルクを捌き始める。相変わらず手際がいい。皮は衣料に、肉は食糧に、骨は装具や武具に。余す事なく活用する。命の一欠片さえも無駄にしない様に。バルシュ人間の考え方に霧乃時代の考え方が混ざった感じだな。向こうの世界はただ肉をそのまま食す事しかできなかったようだが、この世界には香辛料もあれば山菜の類もある。ボルクを捕まえるついでに採取しておいたナクレやラクレなどの植物を使ってスープを作る。


「向こうの世界は肉しかなくてさぁ、ちょっと物足りなかったんだよね。」


 バルシュの巨大生物は雑食で野菜に含まれる栄養素も含んでいたらしい。それだけ食べれば生きるのには困らないという。だが、まあ、当然飽きる。調理法は色々と工夫されていたようだが、現代日本の記憶を持っている者にとってはやはり物足りないと感じるようだ。


「さて。お前たちは何故王の命令に従っている?」


 自分たちの食事を終え、捕虜となった騎士たちの所へ向かう。騎士としての忠誠心というわけでは無さそうだな。あの王が忠誠を捧げるに足る人物でないことは既に判明している。それでも王に従うということは、それにメリットがあるということだ。地位か、それとも金か。あの話を聞いても行動を変えないということは自作自演のことは知っていたのだろうな。実際、同じ様に王から監視の命令を受けていた者でも、王の自作自演を知らなかった者たちは既にこちらに付いている。


「喋ると思うか?」


 不敵に笑う騎士たち。なにがなんでも喋るつもりはない、と言ったところか。だが知る方法ならいくらでもある。思考を読んでもいいし記憶を読んでもいい。管理者権限を使用すればどうにでもなるのだ。私は彼らに手をかざし、あえて呪文を詠唱して術を発動する。多少の対魔術防壁はあったが、その程度は問題にならない。


「あ、私にもやらせて!」


 それを見ていたリーゼも真似をして術を発動する。見ただけでコピーできるのは流石というところか。同じ様に術を無詠唱で発動する。そうして騎士全員に術をかければ、彼らの記憶が空間に投影された。結論から言えば、賄賂だな。王に便宜を払ってもらい、甘い汁を吸っていたようだ。それを見た他の騎士たちの殺気が一斉に集中する。


「待て。こいつらの裁きは民に任せるべきだ。違うか?」


 殺すな、というつもりはない。こいつらの行動によって家族を失った者も居るだろう。だが、ここで殺すのは悪手だ。彼らの罪は国民全てに判断して貰う必要がある。でなければただの私刑だからな。そのまま彼らを魔道具で作り出した影の檻に放り込む。侵獣捕縛用の檻だからな、人の手でどうこうできるものではない。こうしておけばもはや何も出来まい。


「感謝する。」


 捕虜の尋問とも言えない尋問を終えた後、イストエイゼが騎士たちを代表して礼を言ってきた。愚王の件もまとめて、と言ったところか。だが、まあ、半分は我々神々の責任でもある。礼は不要だと伝える。だが、それでも彼らは礼を言いたいと主張するので素直に受けることにした。まあ、ここで意固地になる意味もない。


「照れてる照れてる。」

「ええい、茶化すな!」


 それを見てリーゼが茶化してくる。うまく誤魔化していたつもりだったがこの悪友にはバレバレだったようだな。そんな私達のやり取りに笑いが広がっていく。まったく、こいつは……。だが、まあ、妙に堅苦しい雰囲気になるよりは良いか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る