6-04 犠牲者

「と、言うわけでこっちで話す時はリーゼと呼ぶこと!転生したら転生先の名前で呼ぶのが基本だからね。紗雪もわかった?」

「それを言うなら私もディーネなわけだが?」

「うぐっ……」


 霧乃改めリーゼがそう宣言する。まあ、それについてはわからなくもない。私も転生して以降、転生前の名前を使う機会は殆どなかったからな。ディーネと呼ばれることに慣れきってしまっている。微妙に慣れないが、ここは新しい名前で呼ぶようにしよう。


「それで、ええとリーゼだったか?……バルシュでは名前持ちは珍しいと聞く。なにか特殊な功績を上げていたのか?」

「えーと、んー……じ、自称?」


 どうやらバルシュに転生した後、自分で名前を名乗っていたらしい。霧乃時代に小説を書いていた時のペンネームなのだとか。そう言えば本を書いているという話を聞いたことがあったな。何故か内容に言及すると全力で誤魔化しに入っていたが。


「そ、それについてはいーのよ!それよりも、そろそろ来るんじゃない?」


 霧乃……リーゼに言われてMAPを確認してみれば、確かに王国軍はすぐそこまで迫ってきている。その先頭に居るのが件の青鎧。情報によればイストエイゼ・イェルツとなっている。タシュエリク王国の王国騎士団第1師団長だ。彼が強硬派のリーダーだろう。


「ここに逃げ込んだ事は判っている、神妙に出てこい!」


 魔導拡声器を使って山中に響く声で呼びかけるイストエイゼ。魔導拡声器と呼ばれているが厳密には声を拡大しているわけではない。地球で使われていた拡声器は元の声を拡大することで遠距離に声を届ける装置だ。つまり大きな声出すことで音の減衰に対抗しているわけだ。魔導拡声器も音の増幅は行うが、本質はそこではない。その真価は魔力によって音の減衰を防ぐことにある。つまり、距離によって聞こえる声の大きさが異なる地球の拡声器と違い、魔力が尽きるまではどこに居ても同じ声の大きさに聞こえるのだ。この辺りは魔法のある世界ならではだな。


「やっぱり魔法のアイテムってあるんだ!流石は剣と魔法のファンタジー世界、やっぱり異世界転生はこうじゃなくちゃね!」


 まあ、『転生したら石器時代』はどう考えても新し過ぎだからな。知識チートも何もあったものではない。その上、何の転生特典ももらえないのでは確実にハードモードだ。確かに文句も言いたくなるだろう。だが、今はリーゼの愚痴を聞いている場合ではないな。MAPを確認しながら王国騎士団の居る辺りに向かう。呼び出しただけあって騎士団は見晴らしのいい場所に陣取っていた。奇襲を想定していないのではなく、奇襲されても問題ないという自信の現れか。確かに練度は高い。


「あー、この世界ってレベル制じゃないんだね。」


 騎士団のステータスを見ながらリーゼが呟く。能力を数値化こそしているが、この世界の成長は無段階成長制だ。筋トレをすれば筋力の数値が上がる、と言った風に結果を数値によって視覚化しているに過ぎない。その分、都度計算が必要になるため世界への負荷は大きい。それを実施可能にしているのはルートライムが構築したシステムだ。


 実はこの成長演算には世界中の全生物の脳の未使用領域を使用している。仕組みとしては地球でブロックチェーンと呼ばれていた技術が近い。そして、能力の成長に限らずこの世界のプログラムの多くがこの演算システムで動いている。少ないリソースで多くの生命を収容するためにルートライムがこのシステムを採用したのだ。今となってはリソースに余裕があるためこの仕組みに頼らなくてもいいのだが、システムの更改には多大な労力を必要とする。ボタン一つで切り替えとは行かない。


「ほう、素直に出てくるとはいさぎよいではないか。……いや、人数が少々足りないな。なるほど、仲間を逃がすための囮という事か。だが、それならお前たちを捕縛してから居場所を吐かせれば良いだけの事だ。」


 騎士団の前に姿を見せた私達にイストエイゼがそう声を掛ける。声に魔力が籠もっている所を見るに、魔導拡声器はあの鎧に組み込まれているようだな。全身鎧に身を包んでいるためその表情は判らないが、声には若干の怒りが込められている。単なる好き嫌いで魔族討伐を主張しているわけでは無い事がわかる。


「まあ、まずは話を聞け。おそらく貴殿は誤解をしている。」


 どうやらイストエイゼは誠実な人物だったようだ。心に怒りを秘めているとは言え問答無用に斬りかかってきたりはしない。私達の話を聞いてくれるようだ。さてどこから話したものか。まずは魔族についてだな。彼らが女神ルートレイアが創った種族であり、人族と敵対する邪悪な種族ではないという事を伝える。誤解で彼らを滅ぼさせる訳にはいかないしな。


「それを信じろ、と?奴らは我らの国を攻撃してきたのだぞ?」

「それも誤解だ。今回の襲撃に魔族は関わっていない。」


 そう言いながら例の指令書を渡す。王国第7師団宛に王が書いた指令書だ。公式にはタシュエリク王国の王国騎士団には6つの師団しか無い。第7師団などというものは存在しない事になっているのだ。当然イストエイゼは訝しげな表情になる。だが、間違いなくその文書の筆跡は国王のものだ。奴隷で構成される第7師団に命令を実行させるための魔術文は主人である国王が自ら記載しなければならないからな。この文書は命令を受領した奴隷兵によって燃やされていた。だが、ルーエクスにより復元されて今ここにある。


「あの作戦が自演だというのか……?こんな事のために多くの将兵が死んだというのか?」


 それを読んだ騎士たちに動揺が走る。当然だろう。あの戦いでは双方に死者が出ている。国を守るためだからこそ命をかけて戦ったのだ。それが国王の自作自演だったとすれば無駄死に以外の何物でもない。そして、その仇討こそが彼らが魔族討伐を主張する理由だったのだ。真実ならその正当な理由が失われたことになる。


「貴殿の娘は婚約者をその戦いで失ったのだろう?それが貴殿が魔族討伐を主張する理由だ。違うか?」


 そして、その戦いでイストエイゼの娘の婚約者が死んでいる。それ以来彼の娘は部屋に篭りきりらしい。それが彼の心を魔族討伐へと向かわせている。それが誤解であれば魔族を討伐する理由はなくなる。私は続けて国王が自作自演をしたという証拠を並べていく。これだけあれば国王の関与を立証するのには十分だろう。


「感謝する。我らは危うく敵を見誤るところだった。しかし……」


 そう言ったイストエイゼを含め、騎士たちの表情は暗い。敵だと思っていた者が無くなり、そして真の敵は自分達が仕えている主だったのだ。皆一様に暗い顔をしている。怒りの向ける先を失い、思いつめた顔の騎士たち。


「や、よく判んないけどさ、あの国王を糾弾して引きずり下ろしちゃダメなの?」


 リーゼが居た世界はそれこそ弱肉強食の世界だった。リーダーが不適格だと判断されれば即座に引きずり降ろされる。リーゼがこの様なに言ったのにはその経験も関係しているのだろうな。まあ、霧乃時代のダメ上司を引きずり下ろし損ねたという感情的な部分もちらりと見え隠れするが。上司に似てると言っていたからな、あの国王。


「しかし、国王は神に認められた者のみがなれる神聖な……」

「いや、あんな男を認めた覚えはないぞ。」


 当然だがこの世界では国王を神が選んだりはしない。騎士たちが言っているのはおそらく神殿を私物化していた悪質な使徒たちの事だろう。国王選定に口出しをして私財を得ていた者達が居たことは報告を受けている。そして、その使徒達は既に神獄に送られている。故に国王が神に選ばれたなどという事実はどこにもない。だが、その様な理由であの者が国王に選ばれ、この様な事件が起きたのだとすればそれは私の責任だな。


「紗雪、じゃなかったディーネ、やる気だね?いいよ、私手伝っちゃうよ?って言うかアイツは私に殺らせろ。」


 いや、殺さないからな。正当な裁きを下すだけだ。まずは糾弾するための追加の証拠集めを行う必要があるな。国王の不正を証明するのには私が集めた証拠でも十分だが、魔族が敵ではないと示すには不十分だ。襲撃した者達が魔族ではない証拠が必要になる。魔族とされた者達の死体は既に焼却されているが、牢獄の中に囚われている者達が居るはずだ。指揮官クラスの者達だな。殺していないのはまだ利用価値があるからだろう。隷属魔術で自白する事はないから生かしておいても問題はないしな。その彼らを確保し魔族でないことを証明すれば、国を襲ったのが魔族ではないと証明できるだろう。


「それで、貴殿らはどうするつもりだ?」


 私は騎士たちを見回してそう告げる。確か私に責任がある話ではあるが、私一人で進めていい話でもない。これは彼らの国の問題だ。彼らにこそあの国王を裁く権利はあるのだ。だから訊く。どうしたいのかと。


「王に正当性がないのであれば、我らが剣を捧げる価値はない。過ちを犯した王は裁かれねばならん。」


 イストエイゼの言葉に騎士たちが声を揃えて応える。皆、愚王を倒す決意を固めたようだ。ならばこちらも色々と準備をせねばな。まずはその戦いで死んだ者達の魂を輪廻の輪から外しておくようルーエクスに伝える。無闇矢鱈と死者を甦らせる気はないが、今回の件が不正を働いた使徒による物であれば補償は必要となるだろう。それに、証人として必要になる可能性もあるからな。


『それ、贔屓にならない?』

『まあ、私の目に触れたのが彼らの幸運だったということだ。幸運もその者の資質だと考えれば、まあ問題はあるまい。』


 残念ながら神といえどすべてを完璧に見通すことは出来ない。見落としもあれば取りこぼしもある。こればかりはその者の運だと言うより他はない。それよりも不公平を理由にして行うべき補償を怠る方が問題だ。幸い魂はまだ浄化される前なのでこの段階なら生き返らせることもできる。ソールアインが授ける蘇生魔術でも可能な内容なのでこれを行うこと自体は問題ない。もちろん、安易に許せば全ての者がそれを乞うだろう。故に蘇生魔術の対価はかなり大きく設定されている。まあ、今回は我々の不手際なので魔族を救うことを対価とするつもりだがな。






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■用語集

○ブロックチェーン

 仮想通貨などで利用されている技術。ブロックのようなデータを連結していくことからブロックチェーンと呼ばれる。ブロックを連結する際にそのデータが正しいかどうかを検証する仕組みがあるが、これを単一のサーバで実施するのではなくネットワークに参加する全端末で実施する分散型の仕組みを採用しているのが特徴。

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