6-03 虚言

 私達は今、タシュエリク王国兵に囲まれた状態にある。その大半はただ命令に従っているだけだ。流石に問答無用で蹴散らして、という訳にはいかないな。トップを説得するのが手っ取り早いのだが、あの様子では話を聞く気は無さそうだ。在りもしない魔王をでっち上げてまで滅ぼそうとしているくらいだ。……いや、本当にそうか?


「そもそも、魔王というのは何だ?」

「魔族の王に決まっておろう!」


 さも当然、とばかりにそう言う国王。だが、魔族に魔王などという役職は実在しない。その非実在魔王の手先だのと言われても困る。そんな存在しない魔王を討伐するために魔族が犠牲になるのも論外だ。まずはその辺りから確認していくか。


「魔族は王制ではないのだがな。そもそも魔王の存在を確認したのか?」

「何を言っておるか!魔王の配下を名乗る者達が既に我が国土を侵しているであろうが!」


 周囲を見回してみるが、誰もその言葉を疑問に思っていない。であれば、その侵略行為自体は事実だろう。だが、それは魔族によるものではないのだろうな。次はその辺りを確認させてもらうとしよう。


「では今現在、貴国の民が魔族の支配下にあると主張するわけだな?」

「そんな訳がなかろう!奪われた土地は既に奪還しておるわ!」


 やはり、か。並行してログから状況を確認してみるが、当然ながら魔族が関与している事実は見つからない。なにせ、その土地を襲撃して一時的に支配していたのは他ならぬタシュエリク王国軍だからな。そしてその後、増税と軍事費の増加を行っている。侵略と奪還はまず間違いなく自作自演だな。


「あの顔だよあの顔、自分で炎上させて自分で火消ししてドヤ顔してたクソ上司そっくり。その上、失敗を私達のせいにして手柄だけ自分が持っていってさ!」


 霧乃がそう耳打ちする。正しく今の状況そのままだな。支持率の回復と増税に対する不満を反らすのが目的と言ったところか。しかし、それならなぜ勇者召喚まで行って侵攻を計画しているのか、という所に疑問が残る。魔族領に侵攻すれば当然嘘がバレる確率が上がるのだ。追い返した所で良しとしておけば良かったのではないか?


「奪還できるだけの戦力があるにもかかわらず、なぜ勇者召喚が必要だった?」

「ま、魔族の一部隊を相手にするのとは訳が違う。なにせ魔王を相手にするのだからな!軍を危険に晒すわけにはいかん。幸い、我が国には異世界より勇者を召喚するための術式が伝わっていたからな!」


 術式は技術交流を目的に異世界と人員を交換していた時のものだろう。それが何らかの理由で残り、そして目的だけが忘れられ、異世界から勇者を召喚する術式として伝わってしまった、と言ったところか。そして、せっかく増強した軍を消耗したくないと考えた王が異世界から呼び出した者達にやらせようと考えた、と。


 国王としては侵攻には乗り気ではない可能性の方が高い。だとすれば侵攻を主張している者は別に居ると考えるべきだな。とすれば、私達を捕らえようとしたのもそれが理由か。魔王の手先として処刑することでそれを戦果に侵攻計画を穏便に中止にしようと言ったところだろう。だとすれば、説得するのは無理か。


『一旦、ここを突破するぞ。』


 エミーに念話で作戦を伝える。同時にウィランザールにザスリとミスリを連れて脱出するように指示を出す。このままここに居ても状況は悪化するだけだからな。ヴェルエリオとエミーに霧乃の護衛を任せ、私とアルシュで道を切り開く。


「殺すなよ?」

「ん。」


 短くそう伝えて窓の方に駆ける。兵士を峰打ちで気絶させ、道を作り出す。霧乃達を先に行かせ、その背後を守るように武器を構える。そしてエミー達が翼を出して霧乃を窓から連れ出したのを確認し、私とアルシュも空を駆ける。


「わお、定番の犯罪者スタートってやつね!」

「何の定番だ、何の……」


 エミーの魔法で空を飛びながら騒ぐ霧乃を呆れた目で見つめる。全く、アトラクションか何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。まあ、転生したと思ったら石器時代スタートだったのだから、テンプレなファンタジー世界にはしゃいでいるだけなのかもしれないがな。


 途中でヴェルエリオにはウィランザールと合流するよう伝え、別れる。そして私達はそのまま王都の外れの小高い丘に着陸する。私達を追えるような兵士は流石に居なかったようで、追手の姿はまだ見えない。だが、今頃は追撃の軍が編成されていることだろう。そして、そうなれば目的の人物と接触できる可能性も高い。そのためにわざわざ直線でここまで飛んできたのだからな。


 一応念の為ウィランザールの方も確認する。あちらは既に国を出たようだ。ヴェルエリオは高々度を経由して移動しているためまだ合流できていないが、このままなら問題なく合流できるだろう。ザスリとミスリについては2人に任せることにする。部下を信じて任せるのも上司の役目だしな。


「で、待ってる間暇よね?早速チート頂戴!できれば選びたいからカタログ見せてくれると嬉しいな!」

「チート、と言わず神の権限を与えてやるぞ。」

「……それ、義務とか付いてくるやつだよね?」


 半目で私を睨む霧乃。まあ、そう言うことだな。霧乃には色々と働いて貰う予定だからな。報酬の前渡し兼、必要な能力と権限の付与、と言った所だ。なにせ、私の知る限りに置いて霧乃はルートライムに対抗できる数少ない人物だからな。


 霧乃……朱鷺宮ときのみや霧乃きりのと私は中学時代からの腐れ縁だ。当時は色々とやんちゃをしたものだ。学校の共有端末を勝手にサーバ化してゲームを運営したりな。まあ、そのゲームはRMT……ゲームアイテムの現金取引にまで発展して慌てて止める羽目になったのだが。アレは惜しいことをした。


「あったね、そんな事。母校じゃあの事件って未だに噂になってるらしいよ。彗星の如く現れ、そして消えていった謎の運営……って。」


 まあ、教師たちは端末にゲームをインストールして遊んでると思ってたらしいが。まさかそれがオンラインゲームだとは思いもしなかったようだ。こっそり遊んでいた教師も居た様だから、その者達は気付いていただろうが。だが、彼らはそれを指摘することはなかった。それがバレて対策を取られたら遊べなくなるからだろうがな。それほどには流行っていた。


 ちなみに、その時環境を用意したのが私でプログラムを組んだのが霧乃だ。もちろん私達は学生なので当然、端末を触れる時間は限られている。学外からの接続も制限されていたため、深夜のメンテナンスなんてもっての外だ。そのため、霧乃は動いているプログラムをリアルタイムでデバッグするなどという人間離れした技を駆使していた。アレだけは私にも真似できない。


「そう言う紗雪だって外から学内に潜り込んでたでしょ。」

「アレは一応正規のルートなんだがな?」


 そんな世間話をしているうちに申請も通ったようだ。レイアから神籍の準備ができたと言う連絡が入る。そして、リーゼシスという神名と共に神としての姿が与えられる。まあ、霧乃にとっても念願のチートだ。大人しく受け取ってくれると嬉しい。


「それ、義務あるやつだよね?ね?権利だけ欲しいんだけど!」

「通るわけ無いだろうが!ほら、念願のチート作り放題だぞ?一応、業務はほとんど割り振ってないんだから我慢しろ。」


 微妙に抵抗された感もあるが、最後は諦めて受け取った。というか、受け取った瞬間喜々として術式を組み始めた辺りアレはポーズだな。前世でもよくやっていたやり取りだ。霧乃が本当に拒絶する場合はこんなものじゃないからな。私も霧乃が本気で嫌がってるのであれば無理強いするつもりはない。


 早速と言うか、業務の自動化を実現するプログラムを組み始める霧乃。主に自分の割当を自動化する目的だが、中にはレイアの領分も含まれている。そのおかげでレイアの休憩時間が増えたものだから大喜びしていた。もう少し業務時間が減れば仮眠くらいは取れるようになるかもしれないな。


 そうやっていくつかプログラムを組み終えた辺りで王都の門から出陣する軍の姿が見えた。どうやら追撃の準備が整ったらしい。戦闘に蒼い鎧が見える。銀色一色の中で真っ青な鎧は目立つな。そして、おそらく彼が目的の人物。魔族への攻撃を強硬に主張している人物だろう。


「彼を説得するの?」


 霧乃の問いにこくりと頷く。彼は例の占領事件が国王による自作自演だということを知らない。それを説明すれば彼も魔族への恨みは消えるだろう。そうすれば魔族討伐などという筋違いな計画も止まる。問題はそれを彼が信じるかどうかだが。


『しょーこはばんぜんなのです、かーさま!』

「かーさま……?」


 ルーエクスの声を聞いてプルプルと震える霧乃。そんなに笑う事か?憮然とした表情を向けると、また魔法使いがどうのと言い出した。霧乃の語彙は時折意味不明なのが難点だな。ともあれ、このやり取りもいつもの事だ。再びこのやり取りができるというのは嬉しくもある。


 ルーエクスが調べていたのは自作自演の証拠だ。王のサインが入った命令書など、彼らの関与を示す物が揃っている。既に燃やされたはずのそれらをルーエクスがバックアップから復元したのだ。世界全体をバックアップしてあるからな。既に失われた物でも復元は容易い。


 さて、このペースであれば軍がここにたどり着くまで早くても半日と言ったところか。彼1人であれば早駆けで数時間あればたどり着くかもしれないが、軍を動かすには時間がかかる。こちらの人数が不明な以上、そう無茶はするまい。


「流石にこのまま待つのも退屈だよね。」

「自動化プログラムを組み上げながら言われてもな。」

「ご飯、出来ましたよ。」


 私が霧乃と思い出話をしている間にエミーとアルシュが食事の準備をしてくれていた。どうやら気を使ってくれたようだな。私は2人に礼を言い、霧乃を2人に紹介する。同時にエミーとアルシュの事も霧乃に紹介した。それから食事を終え、亜空間に作り出した部屋で風呂と休息を取る。女子会みたいでなんだか楽しいな。前世では友人が少なかったからな。こういうのは新鮮だ。そうして軍がここにたどり着くまで、私達は楽しい時間を過ごしたのだった。

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