6-02 旧友

「え?……ホントに紗雪?」


 ぽかんとした顔で私を見つめる霧乃。いや、今はリーゼ、だったか。彼女の問いにこくりと頷く。瞬間、その目に涙が滲む。同様に私の目にも涙が浮かぶ。もう会えないと思っていた旧友との再会。それは想定以上に私達の涙腺に訴えかけている様だ。


「紗雪も異世界転生してたんだね。よかった。……で、でも、なんで紗雪の方が若いの?私より先に死んだよね?もしかして若作……」

「誰が若作りか。霧乃が転生した世界と時間の流れが違うからだ。」


 今の彼女の見た目は12歳程度。対して私の人間としての身体は6歳。私が死んだ時にはまだ霧乃は生きていたから普通に考えれば私の倍の年齢にはならない。少なくとも私よりは年下になるだろう。だが、それは転生先の時間の流れが同じだった場合の話だ。私達の世界と彼女が転生した世界では時間の流れが違うのだ。


 時間を測る尺度は2種類ある。あらゆる世界で共通に流れる絶対世界時間とその世界の中でだけ通用する相対世界時間だ。相対世界時間はその世界の人間たちが体感する時間、絶対世界時間はその世界の管理者が体感している時間だな。私も人界にいる場合は相対世界時間、神界にいる場合は絶対世界時間を体感している。神界には精神のみで行く事になるので私の身体自体は相対世界時間でしか成長していないが。


 そして異世界バルシュは私達の世界の倍の速度で時間が流れている。もし私達の世界の人間がバルシュを訪れ、1年を過ごして戻ってきたとしてもこちらでは半年しか経過していないと言うことだ。逆にこちらの世界で1年過ごして向こうに戻れば2年が経過していることになる。いわゆる浦島太郎だな。まあ、そもそも星の自転が異なっているから1年の定義はそれこそ全く違うのだが。


「あー、あの世界にはそもそも暦の概念がないからねぇ。生まれ変わったら原始人とかどんな罰ゲームかと思ったよ。」


 そう言えばバルシュは石器時代程度の文化レベルしか無いんだったか。なんとなく季節が巡っているという感覚はあるだろうが、1年が何日かといった感覚はまだ無いかもしれないな。その辺の説明も転生する際には一切無かったらしい。霧乃によれば向こうの管理者は転生直後に話しかけてきたそうだ。その上、チート……転生時に得られる特殊能力も無かったとか。


「チート無しで原始人とか酷いと思わない?その上、知識チートしようにも誰も話を理解できないわ、なにか作ろうにも原料も石器くらいしかないわでとんだハードモードだったよ。」


 まあ、そうだろうな。レイアによればバルシュは文明の発達が上手く行っていないらしく世界運営も赤字スレスレ。チートに割くリソースは殆どないらしい。その上なけなしのリソースを異世界から魂を買うのに使っていたわけだから、転生者にチートを与える余裕なんてあるわけがない。


「しかし紗雪が神の使いをやってるなんてね。これは私にも運が向いてきたかな?もちろんチートはあるんだよね?」

「まず、1つ訂正するが……」

「え、チート無いの!?嘘でしょ、ありえないよ!」


 話を聞け!私が霧乃の間違いを訂正しようと口を開いた途端そう捲し立てる。そんなにチートがもらえなかったのが不満だったのか。まったく、こいつときたら。昔からこの娘はこういった早とちりが多かった。そのやり取りに懐かしさを感じながら、とりあえず落ち着かせる。


「間違いと言ったのは私が神の使い、という部分だ。私は神の使いではなく……」

「え、魔王側?」

「違う!だから最後まで聞けと言うに。私は最高神の1人だ、この世界の!」

「ああ、そう言……はあっ!?」


 再びぽかん、とした顔になる霧乃。まあ、いきなり“神様です”なんて言われればそうなるのも致し方ないだろうな。それからマシンガン並みに問いただしてくる霧乃に1つ1つ答えていく。最終的には今までの経緯をすべて語らされていた。


「総集編か!」

「いや、お前が訊いたんだろう。」


 そんなやり取りをしながら他愛のない世間話をする。エミーやアルシュの事、家族の事、世界の事。ついでにこの世界を狙っているルートライムの事、など。霧乃からは転生するに至った経緯を聞く。どうやら私が死んだ数カ月後、やけ酒を飲んで川に転落したんだとか。


「それは私のせいか?」

「ああ、違う違う。うちのクズ上司が無茶な仕事入れやがって、3週間会社に泊まり込みする羽目になったのよ。その納品が終わった後の夜勤明けに、ね。」

「馬鹿か!連勤明け、しかも夜勤明けで酒を飲むとか自殺行為だぞ!普通に帰って寝ろ!」

「仕方ないじゃない、次の日昼からまた仕事とか言われてんのよ、飲まなきゃやってられないっての!」


 まあ、自殺行為も何も実際に死んでいるわけだがな。彼女の会社はブラック企業という訳ではなかったのだが、上司が典型的なパワハラタイプでブラック部署と化していたのだ。企業としては法令遵守の真っ当な企業なのだが、直属の上司とその一つ上の上司がどうしようもないクズだった。私は霧乃からそれに対する愚痴を何度も聞いていた。


 彼らは上手いこと会社に対して実体を隠し、部下を酷使していたようだ。その上、一つ上の上司は口だけは上手く、帳票のごまかしなども日常茶飯事で監査なども上手く躱していたようだ。上に訴えようにも、一つ上の上司もそんな感じでは手に負えない。更にその上となるともう会社役員という状況で流石に訴えるには遠すぎる。そろそろ我慢も限界で社外の組織に訴えようかと部下たちで相談している状況だと話していたのを覚えている。


「くぅ、せめて私が死んだ事でアイツラの首が飛んでれば良いんだけど……。あ、紗雪の上司はクビになってたよ。労基にガッツリ監査食らって。ニュースにもなってたし。」

「……それ、私がさらし者になったと言わないか?」

「あはは、ニュースに出てた写真は隈が酷かったからねぇ。」


 どうやら私の顔は全国のお茶の間に晒されたらしい。少しは死者のプライバシーに配慮していただきたいものだ。まあ、もう今さらなので若干どうでもよくはあるが。今の私としてはレイアがくれたこの姿を自分の姿と認識しているからな。


「ところで!話は変わるけどもちろん人の姿になれる刀は……」

「無い。」

「なんでよっ!?」


 新種族を作るというのは大変なことだ。ついこの間もレイアが魔族や他の亜人種をほったらかしにしていたフォローをしたばかりだしな。ゲームのようにいきなりポンと出現させるわけにもいかない。住む所も用意しなければいけないし、周囲の他の種族や生態系への配慮も欠かせない。


「ああ、やっぱり魔族って悪い種族じゃないんだ。邪悪な魔族を率いる魔王を討伐するのは正義の行いだみたいな事を言ってたけど、なんだか胡散臭いと思ってたんだよね。あの王様、顔がクズ上司そっくりだったし。」

「顔は許してやれ。それと、魔王と言うのは人族が勝手に呼んでるだけで厳密には族長だし、それも集落ごとに数人ずつ居るから魔族全体を支配してるような者も居ないぞ。」

「うわ、そう聞くといきなり脅威感が無くなるね。」


 魔族という種族は国と呼べるような社会体系を持たない。小さな集落がいくつもあり、その中で慎ましく暮らしている。多くの人間が想像しているような悪の大帝国を築いているような事もなければ、邪神の復活を企んで暗躍しているなんて事もない。全ては人間たちの妄想の産物だ。まあ、問題はこの国の王のような軍を動かせる権限を持った人間までその妄想を信じてしまっていることだが。


「じゃあ、魔王討伐とかしなくて良いんだ?」

「当然だ。慎ましく生きている善良な魔族たちを討伐するとか鬼か。」


 まずはこの国の連中を説得することから始めねばなるまい。異世界から召喚された者たちには使徒達が同じ様に説明している所だ。だが、彼らが否を国王に告げたところで解決するとは限らない。国軍だけで事を起こされても面倒だ。魔族が神に祝福された種族であることを伝える必要がある。


 一通り話し終え、部屋から出てみればそこには既にザスリとミスリ、そして彼らを説得していたウィランザールとアルシュが居た。既に説得を終え、2人には納得してもらえたようだ。だが、マリネとラザリアートの姿が見えない。


「マリネ様も納得いただけています。ですが、勇者としてではなく1人の人間として暮らしたいとのことでラザリアートが付き添って既に城を出て行かれました。」


 それを聞いて私は頭を抱える。いや、霧乃もといリーゼの事が気になって放置してしまった私の責任ではあるのだが。彼女が危険な事はというのに。


「どうしたの、何か拙いことでも?」


 頭を抱えた私を見て霧乃が心配そうにそう訊く。まあ、拙いといえば間違いなく拙い。私はひと目見た瞬間にマリネの正体に思い至っていた。そもそも、バルシュの管理者が世界から買った魂を手放すわけがないのだ。


「あいつがさっき話したルートライムだ。今度はどんな目的でここに潜り込んだのかは判らんが、ろくでもない事を企んでいるのは確かだろうな。」


 既に彼女の姿もラザリアートの姿も地図にはない。ラザリアートは探そうと思えば探せないこともないだろうが、アレは小者だ。それに構っていてはルートライムの思う壺。そのうちルートライムに切り捨てられるだろうから、それが早くなるか遅くなるかくらいの話だ。それよりもルートライムを探す方に注力した方が良いだろう。そう考えていたら……。


『ごめんなさい、少々厄介なことになってしまいました。』


 エミーからそんな念話が届く。どうやら王様の説得の方で問題が起きたようだ。ザスリとミスリをウィランザールに任せ、謁見の間に向かう。そこには大量の兵士と彼らに囲まれたエミー達が居た。


「来たか、神の使徒を騙る魔王の手先め!この様な所に上位の使徒様が訪れるのはおかしいと思っていたのだ!奴らも捕らえろ!」

「うわ、何この時代劇っぽい展開。」


 そのやり取りを聞いた霧乃がぼそり、と漏らす。確かに時代劇でよくある、“殿がこの様な所に居るわけがない!”パターンに聞こえなくもないな。でもそれ、普通は悪事を自覚してる悪代官とかが“余の顔を見忘れたか?”の後でやる奴だからな?


「え?やらないの、それ?最高神でしょ?」

「見忘れたかも何も、一度も顔を見せたことは無いぞ。」


 流石に最高神が一介の国王の前に覚えられるほど顔を見せたりはしない。それに、それをやるならこんな遠くの国ではなく自分の国でやった方が確実だ。一応私は王女でもあるしな。っと、うっかり話が逸れたが、今はここの解決だ。さてどうしたものか。

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