Incident 6. 来訪者

6-01 異世界召喚

「勇者召喚?」

「そうなの。どうも東の方の国でやらかした奴が居たみたい。」


 神界に来るなりレイアから相談を受ける。どうやら問題が発生したようだ。勇者召喚などと言っているが何の事はない、異世界から人間を召喚したというだけの話だ。と言ってもただで魂をくれる世界は存在しない。もしそれをやったら誘拐だ。だから基本的には交換になる。どこの世界も交換のためのシステムは備えている。何をコストとするかは設定次第だが。私達の世界では魂同士の交換のみを認めている。必然的に勇者召喚の代償は術者の魂と言う事になる。向こうの世界が魂のみを求めている場合は術者は死ぬし、人を求めている場合は召喚した異世界人の代わりに術者が向こうの世界に転移することになる。もちろん術者と呼び出す対象の魂の価値が釣り合っている事も必要だ。これは呼び出す側での価値判断と呼び出される側での価値判断、その両方で承認される必要がある。


「相手の世界はバルシュ。地球の石器時代程度の文化レベルの世界だね。」

「そんな所にこちらの条件に合致する魂が在ったのか?」


 私達の世界が提示する条件は高度な文明レベルの知識を持つことだ。石器時代程度の文化レベルにこちらの条件に合致する様な魂が在るとは思えないのだが。対してバルシュ側は魔法の導入を計画しているらしく、魔法に適正のある魂であれば誰の魂でも良かったようだ。それであればこの世界の住人の大半が該当する。魔術を使える者は少ないが、皆何かしらの魔法的な術式の知識は持ち合わせているからな。こちらから流出した魂は大したリソースを持っては居なかった。既に転移も完了しており、彼らのアカウントも既に無効化してある。システムが対等な取引だと判断したのであれば取引自体に問題はないからな。召喚された魂に何らかの偽装が施されているとすれば問題だが……。


「どうやら、バルシュ側は別の世界から転生した魂を出してきたみたい。」


 レイアによれば別の世界と交渉してバルシュに転生させた者たちを差し出したらしい。魂を見てみればどれも質が良いものばかりだ。その上、科学技術に関する知識も優れている。確かにこれなら条件に合致するだろう。向こうとしても魔法の導入ができるし、こちらとしても科学技術が手に入る。取引としては十分妥当だ。この条件であればシステムも適正だと判断し異世界召喚は成立する。であれば問題はないのではないか?


「問題は呼び出した国の方。どうも、魔族マギアレイスの迫害を計画してるみたいなの。」


 魔族はレイアが世界を今の形に作り変えた後に生み出した種族の一つだ。ちなみにレイアが世界を作り変えてから人間の感覚では軽く数千年単位の時間が経過しているが、神々の感覚ではまだ数日程度。なにせレイアは未だに神界の部屋の位置を覚えていないくらいだ。まあ、私も地図アプリ頼りなので他人の事は言えないが。そして、世界を作り変えてからこっちレイアは仕事に忙殺されて地上へのケアは最低限しか行えていなかった。そんな状況だったので魔族に対するフォローも殆どできていなかったのだ。神の直属である使徒たちですら魔族は神の庇護を受けていない種族だと誤認していたくらいだからな。そのせいで人間たちは未だに魔族を含むレイアが作り出した亜人種を邪神を崇拝する神の敵だと認識している者が多い。


「それは止めないと拙いな。」

「そうなの。……というわけで、お願いできる?」

「ああ、任されよう。」


 まあ、私もレイアと同じく最高神だからな。魔族達への責任も分かち合わなければいけない立場だ。レイアが異世界との外交で忙しいのだから私が動くのは当然と言える。それに否を言うつもりはない。つい最近生贄に捧げられた魔族の少女と関わったばかりで気になってもいたしな。確か召喚を行ったのはタシュエリク王国とか言ったか?魔族達が住む地域の東にある国だったな。神界を経由すれば距離は無関係なので特に移動に時間は取られないが、しばらく滞在する事になるやもしれないな。


「私達もお供いたします。」

「ん。」


 どうやらエミーとアルシュも手伝ってくれるらしい。それに立候補した使徒を数名同行させる。今回は神殿の使いとして使徒の立場で行動することになる。エミーとアルシュはそれぞれ下級使徒エミリエイルとアルキエイルを名乗る。私は下級使徒の姿を持ち合わせていないので従使徒のままだ。それに上級使徒のウィランザール、ヴェルエリオ、ラザリアートの3名が同行することになる。表向きの代表はレーネの眷属であるヴェルエリオが務める。


「これはこれは使徒様、ようこそおいで下さいました。」

「異世界より召喚を行ったそうですね。その者達に会わせていただけますか?」

「おお、もしや召喚勇者が言っていた加護をお与えにいらしたのですか?」


 タシュエリクに着くなり王城に向かい、ヴェルエリオが面会を求める。面会の申請は驚くほどスムーズに受け入れられた。なんでも召喚した異世界人が『チートがないのはおかしい』と騒いでいたらしく、半信半疑ながらも召喚した異世界人には神より特殊な技能が与えられるかもしれないと考えていたらしい。いや、流石にその様な目的で訪問したわけではないのだが、説明が面倒なので誤解させたままにしておく。


 ヴェルエリオとエミーが国王に相対し、その間に残りの4名が召喚した異世界人に面会することになった。召喚されたのは4名らしいので丁度いい配分だ。召喚された者たちは貴賓室で国賓待遇を受けているらしく、豪華な部屋に通される。召喚された異世界人の内訳は男が1人に女が3人。全員10代前半の容姿をしている。バルシュは地球と同様の成長パターンなので、全員容姿通りの年齢と見て間違いないだろう。


「君たちが異世界から召喚された者たちか?」


 ウィランザールが代表して声を掛ける。言語翻訳は問題なく起動しているようでその質問に全員が頷く。どうやら4人は3つのグループに分かれているようだ。まあ、4人のうち2人が親しげにしているだけ、という方が正確か。1人はウェーブがかった鮮やかな青髪の女の子、親しげにしている2人はよく似た顔の男女で共に赤髪。この2人は姉弟か何かだろう。最後の1人は黒髪のショートカット。4人共獣皮で作った簡易な衣服を身に着けている。


『それでもバルシュの平均的な衣装よりは上等な服よ。』


 レイアによればバルシュの文明レベルの衣装ではないらしい。私は服にそこまで詳しくはないのでさっぱりわからない。私の悪友はこういうのに詳しかったから見れば判るのかもしれないが。よくよく見れば青髪の娘の服が一番上等で次が黒髪の娘。それから何段か落ちる形で推定姉弟の服、と言った感じだな。2人は同じ服を着ていることから元より知り合いだったのは間違いあるまい。


 代表して男の子が答える。ザスリと名乗った男の子と似た顔のミスリという女の子の2人はやはり姉弟だったようで、科学の発達したマルティエイアという世界からバルシュに転生してきたのだという。科学が発達している分服を自分で作るということもなく、また獣皮を扱った経験もないらしい。それでも僅かな知識からなんとか服を作り上げたそうだ。まあ、文明が発達した国では服は工業製品になるからな。知識を持っている者が少ないのも頷ける。


「私はマリネ。魔法科学が発達した世界から転生しました。世界の名前は残念ながら存じませんが。」

「私はリーゼだよ。ええと、世界の名前は知らないけど地球って星から転生してきんだ。科学は結構発達してる方だと思う。マルティエイアって世界みたいにワープ技術とかはないけど。」


 残りの2人は転生する際に元の世界の最高神と話をしていないらしく、世界の名前は知らないようだ。だが、黒髪の少女リーゼが地球という名前を出したことに私は驚きを禁じ得なかった。もしその地球が私の知っているところであれば、彼女は同郷ということになる。


「リーゼだったか、少し話を聞かせてもらえないだろうか。」

「では私はこのままザスリと話をしよう。」

「ふむ、では私はマリネ殿と話をさせていただこう。」


 ウィランザールがザスリと、ラザリアートがマリネと話をすると宣言する。必然的にアルシュはミスリと話をすることになる。少々気になる事もあるが今はリーゼの件が最優先だ。どうしても確認せねばならないからな。それぞれ与えられている個室に移動して話を続ける。


「それで、あなた達がチートをくれるんだよね!?」


 部屋に移るなりそう詰め寄ってくるリーゼ。思った以上にグイグイと来るな。どうやら物怖じしない性格のようだ。チート、というのは転生時に与えられる超常的な能力のことで、私の世界で流行っていた異世界転生物や異世界転移物のお約束だった。彼女の語った地球が私の知っているあの地球である可能性がますます強まったな。


「その前に、転生前の世界について聞かせて欲しい。」

「良いよ。えーとね……」


 話を聞く限りリーゼの言う地球は私の知っている地球で間違いないようだ。レイアにも問い合わせてみたが、ここまで一致する世界は私の世界の他には存在しないらしい。そして、彼女が元日本人であると言う事も判った。とすれば、名前くらいは訊いてみたいと思うのは仕方のないことだ。


「それで、君の転生前の名前を訊いても良いかな?」

「あー、そだね、それも話しておいたほうが良いね。私の転生前の名前は霧乃きりのだよ。朱鷺宮ときのみや霧乃きりの。」

「は?」


 その名前を訊いた私はうっかりと間抜けな声を出してしまった。間違いなく顔も間抜けな顔をしていたに違いない。なにせ、彼女が名乗った名前は私の悪友のものだったのだからな。ぽかん、と口を開けたままの私にリーゼこと霧乃は怪訝な顔をする。まあ、名前を答えたら間抜けな面をされたのだからこんな反応になるのも仕方あるまい。


「えーと、もしかして日本語って難しかったかな?確か難解だって話を聞いたことあるし。あーゆーすぴーくじゃぱにーず?」

「英語で言う意味が不明だし、そもそも色々と間違っているな。」

「ひどっ!?」


 このやり取りも懐かしいな。気がつけば私は涙を流していた。元の世界に未練など無いと思っていたのだが、霧乃の存在は私にとって特別だったようだ。私が急に泣き始めたので霧乃はオロオロとし始める。流石に説明もなしではこうなるのも仕方ないか。


「私だ、霧乃。紗雪だ。」

「ほへ?」


 そうして前の世界での名前を名乗った私に、今度は霧乃の方が間抜け面を返したのだった。

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