5-09 旅の終わり
世界の停止を確認し作業を続ける。まずは削除に必要な最低限の機能だけを起動するところからだ。管理ツールが一切使えないため、全て手動で起動しなければならない。手順を確認し、問題がないかをライムと2人でチェックする。注意しなければならないのは世界そのものを起動しないようにすることだ。世界が起動してしまうと世界内時間が進んでしまう。そうなれば住民の認識時間と世界時間にずれが生じてしまうのだ。時間のズレというのは存外に深刻だ。体が9時だと思って起床したら実は11時になっていたということが起これば生活リズムは大きく崩れてしまう。それを修正するには多大なコストがかかるのだ。
「こういう作業は新鮮ですね。」
ギリオンが感慨深そうにそう呟く。まあ、ここまで細かい手作業はめったに無いからな。私達でもほとんどやらない作業だ。世界管理機構には最低限の状態で起動するための仕組みが備わっているからな。今回それが使えなかったのはオークスブレインの管理ツールがそのシステムを破壊していたからに他ならない。なぜこの様な危険なツールがシェア1位を誇っているのか不思議でならない。
「まあ、よく知らない人はネームバリューに弱いですからね。」
確かにそれはあるな。特に見た目ばかりを気にして中身を見ない者にその傾向を強く感じる。この手の見た目にばかりこだわった製品は見た目のためなら平然と性能を落としたりするからな。オークスブレインの管理ツールも見た目を気にして機能性を無視した結果、重要なシステムを破壊する結果になっていた。
「起動、終わりました。次はどうすればいいですか?」
「まずはオークスブレインのツールで削除を実施してください。その後、ツールで削除できない部分を手動で削除します。ツールについては問題ない事を確認していますので、気にせず実行して大丈夫です。」
ライムに指示されたとおりにツールを使ってオークスブレイン・アンチインベイダーを削除していく。途中、削除理由を訊いてきたり少々鬱陶しかったが、なんとか削除が完了した。ここからツールで削除されない一部のシステム設定を削除していくことになる。これが残っていると存在しないデータへのアクセスによって世界管理システムのパフォーマンスが落ちるのだ。
「結構残っているのですね。」
削除を実施しながらギリオンが呟く。微妙に色んな所に設定をばら撒いていたようで、一つ一つ削除していくのは思ったよりも根気を必要とする作業だった。こうしてようやくオークスブレインのアンインストールが完了する。その後、破損したシステムの修復を実行する。これで次回以降は問題なく起動できるようになるはずだ。それを確認してから代替のセキュリティシステムをインストールする。こちらは私達の世界でも使用している実績のあるものだ。流石にセキュリティシステム無し、というわけにはいかないからな。これで世界を起動しても問題ないはずだ。一旦システムを終了させ、再度起動する。
「あ、起動時間が半分以下になっていますね。」
起動時間が体感できるくらいに早くなっているらしい。オークスブレインのセキュリティツールは余計なことをすると有名だからな。起動時に不要なスキャンを行っていたため起動時間が余分にかかっていたのだろう。それが無くなったため起動時間が短縮されたのだ。程なくして世界が完全に起動する。念の為神界に連絡して管理ツールが起動できるかを確認してもらう。
「問題ないそうです。リソースの消費もかなり減っていますね。ここまで減ると逆にちゃんと動いているのか不安になってきます。」
リソース消費が四分の一以下になったのを見てギリオンが驚きの声を上げる。あまりに消費が少ないので動いているのか疑わしく感じてしまったらしい。確かに軽量を謳ったセキュリティツールが実は何もしていなかった、という事件もあったからな。不安に思うのも仕方あるまい。
「では、試してみましょうか。」
それを聞いたライムが即座に攻撃を仕掛ける。おい、今結構ヤバイ攻撃を実行しただろう?流石にライムが全力で攻撃すれば防壁も保たないので全力というわけではないが、下手なセキュリティツールでは防げない程の攻撃だった。しかも、破壊力の高い割と危険目のやつだ。だが、画面には攻撃が失敗したことを示す表示が出ている。
「このとおり、きちんと動作していますよ。」
ギリオンは今ライムが何をしたのかよく判っていないようで、ツールの攻撃警告と防衛結果を見てしきりに感心している。私はといえばかなり危険な攻撃内容に若干引き気味だ。やはりライムは油断ならないな。防げるのを判っているからと言って疑似侵獣ではなく本物の侵獣をけしかけるか、普通。
「ちょ、ちょっと、そんな危険人物を見るような目で見られると私でも傷つくのですけれど。」
いや、どう見ても危険人物だろうが。下手をすれば危険侵獣の不法所持で捕まるレベルだぞ。まあ、悪意がないのは判っているので報告したりはしないが。
「不法所持だなんて……即席で作っただけですよ。」
おい、今なんと言った?世界の半分を軽く破壊できるレベルの侵獣を即席で作ったとか聞こえたのだが。不法所持より質が悪い。所持しているのであれば取り締まる事もできるが、即席で作られては証拠を探すのも一苦労だ。やはり気を許せる相手ではないな。
「あ、あの、お二人とも、落ち着いてください。」
私達の間に漂うピリピリとした空気に気付いたのだろう、ギリオンが慌ててとりなす。まあ、私も他人の世界で事を荒立てるつもりはない。ライムは私達の世界に攻撃を仕掛けているわけではないからな。ともあれこれでこの世界は正常に戻ったのだ。私達の仕事も終わりだな。
「では、報酬の方はよろしくおねがいしますね。」
ライムが私に向かってそう言う。まあ、ライムの減刑は私の報告次第だからな。正直、危険人物の減刑など気が進まないのだが、彼女がこの世界の修復に貢献したのは事実だ。正当な労働には正当な対価を払わなければならない。たとえ犯罪者だとしても、だ。功績と罪過は別だからな。罪を犯した者だからといって、その者が行った事全てを悪と断じるのは問題外だ。罪は罪、功績は功績として別々に考える必要があると私は考えている。悪事は悪人が行うから悪事なのではなく、その行為が悪事であるから悪事なのだからな。
ギリオンと別れ、世界管理協会に向かう。ライムを引き渡すためだ。彼女を野放しにする訳にはいかない以上、これは私がやらねばならない。当然、その分の報酬は頂くつもりだがな。特に今回の案件は想定以上に大変だったからな。それなりに報酬を貰わねばやっていられない。
「ディーネ、お疲れ様。」
世界管理協会にはレイアが待っていた。ライムの監視について追加報酬を要求に来たのだそうだ。私では会話が通じるか不安だったので正直助かる。異世界の管理者は思考形態が大きく異なる者も多く、通訳なしには会話の成立も困難だからな。
ライムを引き渡し、レイアと一緒に報酬の交渉を行う。ついでにライムについての報告も済ませておく。特に、侵獣を即席で作成する能力については警戒が必要だからな。もちろん功績の評価の方は正当に行う。そこを偽るのは私のポリシーに反する。
「お疲れ様でした。オークスブレインのツールについては世界管理協会から危険性を周知いたしましょう。」
「お願いしますね。私もあんな危険なツールとは思わなくて……世界を移行する時にディーネが止めていなければどうなっていたか。」
実は、私達の世界をリプレイスする際にオークスブレインの営業がレイアに売り込みをかけてきたのだ。管理者がルートライムだった頃は断固拒否していたらしいのだが、レイアに変わったことで与しやすいと考えたのだろう。レイアから相談されてネットワークで情報を収集し、出てくる情報のあまりの酷さに慌ててストップをかけたのだ。もし止めていなければ今頃ランギリオンと同じ目に遭っていただろうな。
ともあれ、これでオークスブレインの被害も治まるだろう。彼らはシェアを大きく落とすことになるだろうが、それは自業自得だ。更新料の値上げもあってシェアは既に落ち気味だったのだが、これが止めになるだろう。まあ、危険なツールが減るのは良い事でもある。願わくばこれを契機に他の管理者たちにもセキュリティツールに興味を持って欲しいところではあるが。
報酬の交渉を終えて世界に帰還する。実際はそうでもないのだが、ずいぶんと長いこと離れていた気がするな。ライム相手に油断できなかったのと、シェリー姉様やシルヴェリオス、エミー達に会えなかったせいだな。
「あら、私の事は?」
「もちろん、メルキュオーレ叔母様もだ。」
どうやら私の独白は聞かれていたらしい。叔母様から即座に文句が来た。もちろん信頼できる叔母様の存在も大きい。安心感が違うからな。叔母様ならあのライム相手でも平然と渡り合ってくれそうだしな。
「おかえりなさい、ディーネ様。」
「おかえり。」
神界に戻るとエミーとアルシュが迎えてくれた。どうやらわざわざ神界に赴いて待っていてくれたらしい。久しぶりのルートディーネの体なので身長差に少々戸惑う。エミーたちの身長が低いので少し屈む形で抱き合う。やはりこの世界は落ち着くな。懐かしの我が家、という奴だ。そのまましばらく神界で溜まっていた仕事を片付け、一区切り付いたところで人界へと向かう。
「ディーネ、おかえり!」
「ディーネ姉様、おかえりなさい!」
王宮に帰るなりシェリー姉様とシルヴェリオスが飛びついてくる。この世界のディーネの体は6歳程度。むこうの世界で12歳の体に慣れてしまったせいか少々視界が低く感じる。だが、目の前に姉様たちの顔があるのは良い。そのままハグし合って帰ってきた事を実感する。こうして長い旅を終え私は元の日常に戻ってきたのだった。
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