5-08 ガーディアンマネージャー

 扉の先はだだっ広い空間だった。扉を開いた事により空気が流れ、ひんやりとした風が足元をくすぐる。その空間の中心には巨大な樫の木があった。他に光源のない部屋の中で薄ぼんやりと木全体が光っている。


「アレがオークスブレインの中央管理機構か。だが……酷いな。」


 その根は四方八方に伸び、地面を侵蝕している。そこで動いている本来の機能などにはお構いなしだ。あるものは世界が機能する上で重要な回路の機能を阻害して稼働効率を十分の一以下にしてしまっているし、あるものは魂の循環経路を完全に駄目にしてしまっている。ここまで酷いのは珍しいな。


「まあ、オークスブレインの中央管理機構は管理する世界に設置してはいけないというのは既知の話ですから、こればかりはメーカーのせいと言い切るのは気が引けるのですけどね。」


 どうやらオークスブレインの管理ツールは外に専用の小世界を用意してそこに設置するものらしい。世界管理基盤を機能不全にする不具合が見つかってから要求仕様に追加されたらしい。今でこそ一つの世界基盤上に複数の世界を作るのは容易だが、一昔か二昔くらい前なら専用に世界基盤をもう一つ買え、と言っているようなものだ。いくらなんでもコストが掛かりすぎるのではないだろうか。


「当然、そこで追加でもう一つ世界を買う、なんて事ができる管理者なんてそうは居ません。結局、多分大丈夫だろうとそのまま管理対象の世界に設置する管理者が続出したみたいですよ。」

「お恥ずかしい限りです。」


 どうやらギリオンもそのクチだったようだ。まあ、言動を見ている限りレイアと同じタイプみたいだからな。そんな気はしていた。レイアが聞いていれば文句の一つでも飛んできそうな話ではあるが、残念ながらここは彼女が管理するレイアムラートではない。


「やはり、これも炎系統に弱いのですか?」


 ギリオンがそう訊いたのはオークスブレインの中央管理機構であるオークスブレイン・ガーディアンマネージャーを設置する場所が海底に限定されている事を知っていたからだ。でなければこんな所に設置したりはしなかっただろう。そして、ほとんどの世界ではこの条件に合致する場所は海底神殿くらいしか存在しない。ほとんど海底神殿を名指しで指定しているに等しい条件なのだ。結果として海底神殿を通して管理しようとする管理者の行く手を阻む最後の試練としてガーディアンマネージャーが立ち塞がる事になる。毎回これでは正直やってられないだろうな。


「確かに炎系統には弱いですが、それは通常の場所に設置した場合ですね。海底神殿に設置した場合は炎への耐性を獲得しますので炎は通じません。代わりに雷には弱くなるのですけれどね。」


 海底神殿への設置にはその弱点を補うためという意味合いもあるのだろうな。しかしその代りに別の弱点ができるのでは意味がない。この根ももっと張り方を考えれば機能を阻害せずに設置できるだろうに、能力がないのか手抜きなのかは判らないがあまりにも雑だ。


「完全に壊しても良いんだな?」

「ええ、アンインストールはツールによる完全削除ですから、壊しても問題はないですね。」

「お願いします、やってください。」


 状況を確認したところで戦闘を開始する。まずは私からだ。翼を展開して刀で斬り伏せる。盾は持たないため攻撃は基本的に見切って躱す形になる。伸ばされた枝を紙一重で躱しながらそれを斬り捨てる。後ろに居るギリオンに攻撃が向かうと拙いからな。ライムも同様に戦闘を開始している。こちらは鉄球を振り回し、全てを粉砕しながら突き進んでいる。相変わらず評価に困る戦い方をするな。


 それは枝の7割を刈り取った時に起きた。房のようになっている花の部分が一斉に光線を放ち始めたのだ。私やライムにはこれを躱すことなど容易だがギリオンにはかなり厳しいはずだ。防御を展開していれば耐えれるかもしれないがそれだとコストがどれほどかかることか。


「3番目の術式を起動してくださいな。それで大丈夫です。ついでに6番目も起動しておくと良いでしょう。」


 そこにライムから指示が飛ぶ。道中でライムが仕込んでいた術式か。一瞬術式の光が浮かぶがそれはすぐに消えてしまう。単発系の術式だろうか。そう考えた私の予想はあっさりと裏切られる。光線が飛来した瞬間、防御術式が展開されて光線を防いだのだ。無数の光線のうち、直撃する光線だけをきれいに防いでいる。ギリオンには傷一つ付いていない。その上、展開するのは攻撃が当たる瞬間のみなのでコストは殆どかかっていない。


「次、尖兵が来ますよ。」


 私が攻撃を回避しつつギリオンを観察している間にガーディアンマネージャーは次の行動に移っていた。尖兵の展開だ。種のようなものが飛来し、それがオークスガーディアンに変わっていく。それぞれが統一された意思の下で動いており油断はできない。しかも広範囲にばら撒かれたせいでいくつかはギリオンの方にも向かっている。


「き、来た!」


 慌てて術式を起動しようとするギリオンだが、その前に別の術式が起動し、範囲内に近づいたオークスガーディアンを次々と殲滅していく。これならギリオンの方は問題ないな。そう考えて目の前の敵に集中する。ギリオンにはライムが追加で指示を飛ばしているようだ。


「そろそろ2番目と8番目も併せて起動してくださいな。不要だとは思いますけど1番目を起動しておくと怪我に対処できるので安心できるでしょう。」


 もはやほぼライムの砲台と化しているな。しかも全てが条件合致による自動発動なのでコスト消費が果てしなく低い。条件判定も並列で実施される為取りこぼすこともなく、それでいて判定同士は同じ情報ソースを使うことで複数の術式を起動しても条件判定が無駄にコストを増やす事もない。


「ディーネさんは戦闘に集中してくださると嬉しいのですけれど。」


 っと、そうだな。観察しながらの戦闘になっていたので殲滅速度が下がってしまっていた。ともかく接近を優先する。ある程度取りこぼしてもライムの術式が対処してくれる様なので少々雑になっても良いからな。幹に肉薄し、刀で斬り刻む。これでほとんどの枝は刈り取ってしまったのでもはや光線攻撃はないだろう。


「魔術防御は切らない方が良いですよ。」


 であれば、と魔術防御を切ろうとしたらライムに止められてしまった。まだ何かあるらしい。解除をキャンセルしてそのまま攻撃を続ける。そして、もはや虫の息と言う所まで削りきった時にそれは起きた。


「魔力反応が増大しているな……これか?」

「自爆です。効果範囲は部屋全体なので逃げられません。大丈夫、今の防御強度なら問題なく耐えられます。」


 まあ、ライムがそう言うのであれば間違いはあるまい。それに、無理そうであれば強度を上げれば良いだけだ。そのまま攻撃を続けとどめを刺す。その瞬間、圧倒的な光が幹から溢れ出した。もちろん光だけではない。暴力的なまでのエネルギーの奔流が部屋を満たしていく。ちなみに、ギリオンはライムの準備しておいた防壁が完璧に守っている様なので心配はなさそうだ。


 光が収まった後には私達以外には何も残っていなかった。ガーディアンマネージャーの本体も、綺麗サッパリ消し飛んでいる。これでは、もしや世界管理に必要な機能も吹き飛んでしまったのではないか、という疑念に駆られる。だが、その殆どはライムが防壁で守っていたようだ。流石にオークスブレインが元から破壊してしまっていた箇所はどうしようもないが。


「このままでは拙いので、必要な箇所を修復します。……睨まなくてもバックドアを仕込んだりはしませんよ。」


 流石にこれを任せきりにする訳にはいかないな。妙な術式を仕込まないか確認しながら後で見守る。この手の作業は複数人でやっても仕方がないというのもあるが、やはり一番はライムの監視のためだ。特にこの様な世界の根幹にバックドアを仕込むと世界を乗っ取るのは用意になってしまうからな。監視をしていない訳にはいかない。それに、この手の作業はダブルチェックが基本だからな。


 ライムと私とで問題がないことを確認し修復を終了する。これで再起動後も問題にはならないだろう。後は海底神殿の最深部に降りるだけだ。入り口……ガーディアンマネージャーが居た丁度真下にあった扉を開き最深部へと向かう。そこは、古典的なコントロール設備がひしめく空間だった。相変わらずここは狭い。ここから先はギリオンに任せる必要がある。ギリオンがいささか緊張した顔でコンソールへと向かう。だが、流石にこのまま進ませるのは拙いな。


「ギリオン、一度すべての術式を止めて削除したほうが良い。」

「そうですね。私もタダで術式をあげるつもりはありませんから。」


 まあ、そう言う意図だろうとは思っていた。ギリオンに渡した術式には監視機能が付いていた。もちろん、何かあった際に遠隔で起動するためだ。だが、それらの術式はこの部屋にたどり着いた時点で不要。もし消去しなければ世界管理用のキーをライムに知られる、という仕組みだ。ギリオンの様にうっかり消し忘れた場合にも知られてしまうので油断できない。


「あ、すみません。すぐに消します。」


 そう言ってギリオンは術式を全て削除し、私もそれを確認する。そして問題が無いことを確認してからコンソールへと向かってもらった。まずは管理権限でログインしてもらう。その間ライムと私はお互いにキーを盗み見たりしないように監視し合う。


ログインが終わった後、世界を再起動するための操作を教える。なにせ再起動は完全手動だ。普通はコンソールが行ってくれているデータの保護や安全な終了などの操作を一つ一つ行わなければならない。私とライムとでダブルチェックを行いながら操作を進めていく。そうしてついに世界が停止した。

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