5-07 防衛用迷宮

 木材が砕けるような音がして樫の木で作られた人形……オークスガーディアンが破壊される。私の居た世界ではオーク材と言えば楢の木を指していたが、魔術素材としてよく使用されるオークは樫の木だ。樫の木は疑似生命との相性が良く、この様な所謂ゴーレムを作成するのに非常に適している。文学作品ではオークを樫の木と訳することが多く誤訳と言われていたが、あれは異世界の知識が影響を与えていたのかもしれないな。


「ボーッとしてないで倒すのを手伝ってくださいな。」


 ライムの言葉で我に返る。考え込むと周囲の情報が入って来なくなるのは私の悪癖だ。ライムに任せておけばどうにかなりそうな気もするが、油断するのはよろしくない。特に護衛対象ギリオンが居る状況では悪手だ。余計な考えは一旦頭から追い出して戦闘に集中する。オークスブレインのガーディアンと言えば侵獣検出率一位を誇る有名な侵獣対策ソフトウェアだ。だが、その分誤検知や誤動作も多い事でも有名だ。確か有名な誤作動の1つが……。


 世界管理ネットワークで得た情報を元に、1体のガーディアンを他のガーディアンの前に誘導する。するとガーディアンは目の前にいるガーディアンを敵と誤認し攻撃し始めた。それによって隊列を乱したオークスガーディアン達は次々に同士討ちを始める。「オークスブレインはオークスブレインを不正ツールだと認識する」というのは数あるオークスブレイン・アンチ・インベイダーのバグの中で最も有名なものだ。


 他にも世界管理システムの標準セキュリティ機能から怪しいツール扱いされるため標準セキュリティを切らないとインストールできないとか、とにかく良い話を聞かないのがこのツールだ。そのくせネームバリューだけはあるから初心者が手を出しやすい、というトラップでもある。初心者が必ず通る道として用語集に載っているくらいだ。


「これは、酷いですね。ここまで酷いツールとは思いませんでした。」

「まあ、誰しも通った道ですよ。気にしてはいけません。」


 オークスガーディアンが同士討ちを始めたために暇になったライムがギリオンを慰める。実際問題が起きなければ気付かないのだから知らずに使い続けている者も多いと聞く。低層の管理ツールを触らない者にとっては気付き辛いからな。ツールの起動がツールによって妨げられ、全く何も防御していなかった、なんて世界も結構多いらしい。


「オークスブレインは特定の世界間経路の通信を防御する性質がありますので、使用していることはすぐに分かります。まずはオークスブレインが防御する世界間経路に攻撃を仕掛けてみて、オークスブレインのエラーメッセージが返ってきたらオークスブレイン向けの攻撃コードを送り込む、というのは常套手段ですよ。」


 流石は異世界侵略の常習犯だけあるな。この手の情報は軽い話はよくやり取りされているが、細かな話はなかなか聞けない。攻撃手段を知る事は防御する上で非常に重要だ。こういった話を聞けるだけでもかなりの勉強になる。まあ、ライムのことだから肝心な話はしていないのだろうが、それでも十分知見は増える。


 ライムとそういった話をしているうちにオークスガーディアン達は軒並み自滅してしまった。私達はほとんど手を出していない。まったく、とんだセキュリティツールもあったものだな。無人になった迷宮を進む。罠のたぐいは感知術で判別できる程度なので進むのに問題はない。


「そこ、罠がありますよ。」

「え?私のマップには何も……」

「こちらをお使いください。」


 どうやらギリオンの使用している感知術は罠を上手く検知できていないようだな。度々ライムが指摘をして事なきを得ている。ついにはしびれを切らしたのかライムが感知術を構築し入れ替えた。ギリオンが使用していた感知術よりも遥かに容量が少なく、高機能な感知術だ。ついでに空いた容量に便利な術をいくつか追加する。


「よく即席でそんなにポンポンと術を組めるな。」


 ライムが組んだのは割と複雑な術だ。それを即席で2つも3つも並列して組み上げているのだからもう笑うしかない。術を予め用意しておく必要のある者にとっては脅威以外の何物でもない。これではいくつもの世界がライムの侵入を許したのも仕方がないな。


「だから、その犯罪者を見るような目をするのは止めて欲しいのですけれど。」


 見るような、も何も犯罪者そのものなわけだが。証拠こそ見つかっていないが、彼女が侵入したと思われる世界は両手でも足りない。証拠がないとは言うが十中八九は彼女の仕業だろう。そして、それを除いても私達の世界に不法侵入した事実はあるからな。世界管理協会は証拠を見つけることは出来なかったが、彼女は私の前に姿を晒している。あくまで罪に問えるだけの証拠が見つからなかっただけに過ぎないのだ。


 まあ、今はライムの件は置いておこう。通路を先に進んでいくと大きな部屋にたどり着く。オークスブレインのツールが作り出した防壁だ。侵入者が不正に操作を出来ないように経路を塞いでいるのだ。ここは正規のパスワードを入力すれば通れるようになる。だが、それが問題だった。


「パスワードを受け取った記憶が無いのです。」

「確かオークスブレインの不具合に管理者にパスワードが送られてこない、というのがありましたね。ツールを導入したのは何時いつ頃ですか?」


 この防壁のパスワードは自動で生成され、ツールをインストールした時に管理者に送られてくる。だが、そのパスワードが送られてこない不具合が起きていたことがあるらしい。バグ自体は既に修正されているが、一度送られたパスワードを再入手する手段はない。インストールし直すよりほか無いのだ。まあ、今はアンインストールすらできなくなっているからそれすら出来ないのだが。そして、ギリオンがこのツールを導入したのはちょうどバグが発生していた時期だったようだ。


「さて、どうしたもの……」

「仕方ありませんね。ちょっとパスワードクラックでもやりますか。」


 そう言いながらライムが何かの術を発動する。ものの数分も経たないうちに扉は見事に開かれた。いや、そんな軽いノリでパスワードを破らないでほしい。確か結構複雑なパスワードが設定されていたはずなのだが。


「あら、オークスブレインのパスワードは結構簡単に破れますよ。生成ルーチンが単純な上にパターンも限られますもの。そのくせパスワードの変更は出来ないんですよね、あのツール。」


 本当に問題だらけだな。ともあれ扉は開かれた。これで先に進める様になった。しばらく通路を慎重に進む。細かな罠は結構あるが、全て感知できるレベルのものばかりだ。30分ほど歩いた辺りで通路が3つに分かれている。だが、通路に違いは見られず、正しい経路が不明だ。不正に侵入したものを惑わす仕組みのようだ。


 今まで出現していた罠も、この罠も、本来は出現しないものだ。なにせ、私達は手段こそアレだが正規の手順とパスワードでここにアクセスしている。本来これは出現してはならない。だが、例によってバグがあり、正常なアクセスと不正なアクセスを逆に認識するらしい。……ん?


「なあ、ライム。不正な手段でアクセスしたら罠は出現しないのではないか?」

「罠は出現しないのですけれど、最終的な通路が袋小路になってしまってたどり着けなくなるんですよね。このバグがどうしても直らなかったので苦肉の策をとして実装したらしいんですけど。」


 どうやらこのまま進むしかないようだ。仕方なく正しい道を探る方法を考える。この通路も一度進んでしまえば後戻りはできない仕様だ。その上、チャレンジする度に経路が変わるため、1/3の確率でしかたどり着けない。そしてその分岐がこの先も無数にある。正解にたどり着ける確率はかなり天文学的数値になるな。


「何か良い手はあるか?」

「可能世界演算以外にこれを突破する方法はありませんわね。」


 可能世界演算というのは無数の可能性の中から望む結果を収束させる演算法だ。無数の可能性を検証し、その到達結果からそこに到達するための経路を割り出すことができる。枝分かれ型の迷路で、すべての経路が提示されている中でゴールからスタート地点を目指して歩くのに似ている。こういう迷路を攻略する際の力技の1つだ。


「それしかないのであれば仕方ないな。」


 問題はこの演算は結構なリソースを消費することだ。1万通りあれば1万通りの経路を一斉に歩くようなものだからな。とはいえ他に手がないのであれば仕方がない。手の上に1羽の小鴉を作り出し、それを飛ばす。小鴉は分かれ道で3つに分裂し、そのまま経路を進んでいく。この小鴉は分岐が現れる度にその数に分裂するのだ。分裂する度にコストを消費するのがこの術の難点だが、こればかりはどうしようもない。そうして暫く待っていると、1本のラインが緑色に光り始めた。


「どうやらゴールに辿り着いたようだな。」


 緑色の線を辿って先に進んでいく。いくつもの分岐があるが正しい経路が判っているので問題はない。そのまま緑に光っている経路だけを進んでいけば、問題なくゴールに辿り着くことが出来た。迷路を抜けた先は巨大な部屋だった。そこには天まで届きそうな巨大な門がある。


「この先に居るガーディアンを倒せば海底神殿にたどり着けますわ。」


 どうやら、所謂ボスエネミーが居るようだ。それを倒さなければ海底神殿にはたどり着けないらしい。どれほどの茨の道なのだろうな。ここから先は今までの比ではないほど危険だ。私やライムには問題ないレベルだが、ギリオンにとっては少々厳しいだろう。だが、ここから先に行かなければ世界の修正は叶わない。


「大丈夫です、行きます。」


 決意を秘めた瞳でギリオンがそう言う。彼もこの世界の管理者だ。この世界に責任がある。危険を冒してでも世界を正しい形に直さなければならない。その決意を秘めた瞳に私もライムも頷き合う。そうして私達3人は扉を開き、最後の試練に赴いた。


__INFO__

告知していましたとおり、今年の更新はこれで最後となります。

来年は12日より更新を再開する予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る