5-06 本末転倒

『ディーネ、ちょっとお願いが……って、なんでルートライムが居るの!?』

『私を呼び捨てにするなんて、貴女も偉くなったものですね。』

『今は私が最高神ですもん。それに、いくら先輩でも私の世界に侵略仕掛けてくるような神は呼び捨てで十分です!』


 久々にレイアから通信が入ったと思えば、いきなり口喧嘩を始めてしまった。映像付き通信で会話をしたため、こちらの様子がレイアにも見えたのだ。しかし、見た瞬間に喧嘩を始めるとは2人にも困ったものだ。まあ、今の所は敵ではないのだからとりあえずレイアを落ち着かせるとしよう。そもそも、レイアも何か話があって連絡してきたはずだしな。


『あー、そうだったそうだった。その世界の最高神から何かお願いがあるみたいなんだよね。なんか、世界の管理ができなくなったとか言っててー。』


 相変わらずと言うか、レイアの話は感覚的過ぎるのが難点だな。レイアの話を総合すると、どうやら世界の管理に使っている標準ツールが動かなくなったらしい。一応代替手段がないわけではないが、細かな処理を1つ1つ手動で行わなければならないためあまり現実的ではない。


『オークスブレインが原因じゃないかしら。確か、いくつかの管理ツールが動かなくなったって話を聞いたわよ。』


 確かに症状は一致しているようだ。だが、調べもせずに疑うのは良くない。まずは調査からだな。だが、それ以前に。


『ちゃんと報酬の交渉はしたんだろうな?』

『もちろん!バッチリだよ!』


 流石に無報酬で働くわけにはいかないからな。その位やってあげても、と思うかもしれないが、一度無報酬で働いた実績ができると次からも無報酬で働かなくてはいけなくなる。それは非常によろしくない。


『それ、私の報酬も考えてあるんですよね?』


 当然、とライムが訊いてくる。まあ、最初の仕事は奉仕の一環だったが、それ以降の仕事については無報酬になるからな。まあ、もちろんそれも考えてある。いくらライムとはいえ、タダ働きをさせるのは私の信条に反する。


『既に協会の奉仕活動にカウントしてもらえるよう頼んであるぞ。』


 実は竜退治の際に既に頼んでいたのだ。ここでの彼女の活動に関して、有益なものであれば協会に奉仕としてカウントするよう申請する、とな。彼女に対してはいろいろと思うところはあるが、私達の世界に不利益をもたらさない限りは敵対する理由もないからな。


 冒険者ギルドの支部に向かい、神界へのゲートを開いてもらう。神界はどこもあまり代わり映えがしないな。一様に白い部屋だ。そこに並んだいくつものコンソールには今何も表示されていない。これが例の不具合か。


「起動はしているみたいなんですけど、画面に何も表示されないのです。」


 見る限りコンソールは真っ白。一切の操作を受け付けていない。だが、その実は違う。別のコンソールからリソースの状態を見てみれば、機能自体は立ち上がっているようだ。


「ちょっと起動している機能の情報を取得してみますね。」


 ライムがそう言いながら何かの魔導具をコンソールに触れさせる。と言っても不正なツールではない。むしろよく見るツールの1つだ。システムの稼働情報をコピーして可視化してくれるデバッグツールと呼ばれているものだな。


「どうだ、何か判ったか?」

「やっぱりオークスブレインのツールで停止していますね。」


 ライムが指さしたのは起動プロセスの一部。オークスブレインが不正改変を検知するために差し込んだツールだ。それが起動を妨げている。破壊されるのを防ぐためのツールが破壊行動を行っているのでは本末転倒だな。


「オークスブレインのツールを削除すれば起動するようになると思いますよ。」


 まあ、ここまでくると他に手はないな。ただ、問題が1つある。ツールを削除するためには一度世界を停止しなければならないのだ。そして、世界を停止するためには管理ツールを必要とする。だが、その管理ツールはオークスブレインのせいで起動しない。


「ほとんどウイルスだな、これじゃ。」

「あのツールはろくなことをしない、と有名ですからね。こうなってしまうと、海底神殿に潜るしかないんじゃないかしら。」


 ライムの提案は私も考えていたことだ。海底神殿、というのはツールを使わずに世界管理を行う方法の1つだ。管理ツールをコマンドを代わりに実行してくれるアプリケーションだとすれば、海底神殿による管理は1つ1つのコマンドを直接実行する手順のようなものだ。その分作業は複雑だし、1つ間違えれば影響も大きい。


「まあ、それしかないか。」


 正直素人におすすめできる作業ではないのだが、幸い私もライムもその手の作業には精通している。ライムはその手のアプリケーションをよく自作していたし、私は直接操作でいろいろとやる事も多いからな。問題は、そこに行くまでが大変なことだ。


「まあ、オークスブレインのガーディアンと戦う羽目にはなるでしょうね。」


 オークスブレインの機能の1つにその手の管理機能への不正アクセスを防止する、というのがある。管理コンソールを通してだけ管理している神にとってはどうという事はないのだが、直接管理を行う者からすれば不便で仕方がない。初心者ほどオークスブレインに安易に手を出すが、上級者ほどオークスブレインを嫌う、という理由はこれだな。まあ、最近は問題を起こし過ぎて初心者からも嫌われ始めているようだがな。


 もちろん私達だけで突破するのは容易だ。だが、私達だけでたどり着いても意味はない。操作を行うにはこの世界の管理権限が必要だからだ。つまり、この世界の神を守りながらオークスブレインのガーディアンを倒し、海底神殿までたどり着かなければならない。これは少々どころではなく骨が折れるな。


「まあ、無理やり世界を止めて修復モードから削除するという手もありますけど。」


 修復モード、というのは世界が致命的な状態に陥った時に世界を修復するためのモードだ。このモードの時には必要最低限の機能以外は起動しないので、当然オークスブレインも起動してこない。その間に削除してしまう、という方法が存在するには存在する。だが、当然世界を無理やり止めるわけだから世界に何らかの被害が出る。生まれてくるはずだった命が消える、なんてのはよく聞く影響だな。


「それは避けたいです……。」


 そう答えたのはこの世界の管理者……最高神ギリオンだ。その見た目は翼の生えた卵……この世界の人間の胎児の姿をしていた。これはまた変わった姿を選んだものだな。普通、一般的に管理者はその世界の人間の標準的な成人の姿を取ることが多い。その方が住民に受け入れられやすいからだ。まあ、中には不定形の粘体の姿をとってみたり、正多面体をとってみたりする者も居るが。正多面体は割と人気があったりするようだな。全体の1割が正多面体を選択している。他はだいたい5割は成人の姿で、3割が老人の姿。残る1割は多種多様な姿をしているため説明が難しい。


 子供の姿は時折見るが、流石に胎児は殆ど見ない。そう言う意味では結構珍しい部類だな。まあ、どんな見た目であれ最高神としての力を持っていれば問題はない。中には耐久力まで子供並みにして実際に死んでしまった最高神なんてのも居るらしいから油断はできないが。


「だ、大丈夫です。平均的な神としての力は持っている、ハズ。」


 見せてくれたステータスを確認した所、及第点と言ったところか。これならなんとかならない事もない。ライムにもステータスを確認してもらって問題ない事を確認する。後は持っていく術だな。ライムの様に即席で組めるのであれば問題ないが、普通はそんな事できない。容量と目的を勘案して持ち込む術を決める。今回はオークスブレインのガーディアンが相手なので炎系統の術が良いのだろうが、問題は場所が海底神殿ということだな。水中でも使える炎系統の術が必要になる。


「それぞれに耐水を付けるのは無駄ですよ。耐水の術と普通の術を持っていって、その場で組み合わせた方が良いと思いますけど。」


 ライムならその場で組むから問題にならないが、私達の場合は組んだ状態で保存しておく必要がある。それぞれの術に耐水を付けると明らかに容量の無駄だ。それを回避するためには発動直前に組み合わせる必要がある。一から作るのと比べればそこまで難しくはないが、それでも少々コツが要る。


「ライム、組み合わせるための術は作れるか?」


 組み合わせるのに慣れていなければ上手く扱うことは出来ないだろう。術ひとつ分無駄にはなるが、組み合わせを行ってくれる術を経由して発動するのが確実な方法だな。そして、その手の術を作るのはライムの得意分野だ。


「出来ましたよ。」


 私がそれを言い終わらないうちにライムは術を完成させていた。相変わらずの手際だな。これで術の発動は問題ないだろう。それをギリオンに持たせておく。流石に私は術の組み合わせ程度なら問題なく実行できるから不要だがな。


 一通りの準備を整え海底神殿へと向かう。まずは神界から光の柱を海に向かって降ろし、海底神殿への道を作る。そこをゆっくりと降りていけば海底神殿にたどり着けるという寸法だ。地上に降りるところまでは問題ない。神界から光の柱の中を人の世界まで降りていく。海面のある高さまでは問題なく降りることが出来た。


 問題はここからだ。海面のある位置には光でできた地面がある。本来これは存在しないはずのものだ。これはオークスブレインが作り出した防壁なのだ。この地面のどこかに下への入口がある。まあ、これ自体はよく知られた情報なので探すのは難しくない。目印を元に海底神殿に向かうための道を探し当てる。


「さて、問題はここからだな。」


 扉をくぐり、下へと向かう。隠されていたのは光でできた階段だ。オークスブレインが作り出した防衛機構……防衛用迷宮ダンジョンだな。中はオーソドックスな石造りの迷宮になっている。そして、そこに踏み入れた私達の前に樫の木オークで出来た人形兵が立ち塞がる。オークスブレインのガーディアンだな。さあ、ここからが本番だ。


__INFO__

今年の更新は来週が最後となります。

来年は12日より更新を再開する予定です。

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