5-05 竜との戦い

「ライム、防壁を頼む。」


 流石に精霊竜の相手はセルシャには無理だ。下手をすれば一瞬で消し炭になりかねん。ライムの防壁であれば精霊竜といえども簡単には突破できまい。ライムが防壁を展開したのを確認して一足で接敵する。1体を鎖で拘束し、その間に後ろの1体に迫る。


「そっちは任せた。」


 影の鎖を展開したが、流石に他所の世界ではその力を十全に発揮することは出来ない。このレベルの精霊竜相手では保って10秒と言ったところか。拘束済みの精霊竜をライムに任せ、もう1体と斬り結ぶ。影の刀を爪で受け止めた精霊竜を力尽くで弾き飛ばす。流石にこうも近くては戦い辛い。


 この精霊竜は炎の精霊で構成されている。その本質は炎だ。だが、物質化した精霊竜は実体を持つ。故に武器で受け止めることができる。まあ、私の場合は炎体であっても受け止めることは可能だがな。同様に物質化している以上物理攻撃も有効だ。故にこの世界では冒険者が対処することが多い。私の刀もライムの鉄球も炎体に有効なのでいまいち違いがわからないのが難点だがな。


 精霊竜は物理攻撃が効かないと判断したのか、ブレス中心の攻撃に転じる。上空に退避しつつブレスを吐いて来るのは流石に厄介だな。こちらもブレスを避けながら影の翼を生み出す。たしかこの世界にも精霊の翼という魔術があったはずなので見られたところで問題はあるまい。


 対してライムは地上からの攻撃に専念している。無限に伸びる鎖と噴進機構を有する鉄球は対空戦闘能力も抜群だ。縦横無尽に空を駆け、逃げる精霊竜をどこまでも追いかける。相変わらずデタラメだな。


「よそ見をしていると危ないですよ。」


 そうライムが言った直後に背後から鉄球が迫る。私が紙一重で避けると、それは上空から迫っていたもう1体の精霊竜に直撃する。危ないのはどっちなんだか。


「今のは狙っただろう?」

「避けれると思っていましたから。実際避けれたでしょう?」


 腹黒さを垣間見せながらそう言うライム。やはりわざとか。全く、本当に油断ならない。私は精霊竜の攻撃とライムの鉄球を避けながら上空を目指す。上空、と言ってもここは火山の中。すぐに天井……岩肌が迫る。このままではぶつかるが、私はその直前にくるりと身を翻す。そうして天井にしながら体勢を立て直し、跳躍するように天井を蹴る。


 上下からの攻撃を受け、精霊竜2体が追い込まれていく。おそらくライムと私の目的は同じだ。その1点に2体を追い込んでいく。この洞窟の中心よりやや上、すべての壁からの距離が等しい1点。


「併せてくださいね。」


 ライムの合図で同時に異術を放つ。2つの術の力は完全に拮抗し、挟まれた2体の精霊竜は潰される。完璧なタイミングで放たれた2つの術に挟まれた精霊竜は悲鳴を上げ抜け出そうともがくが、それは叶わない。次第にその外殻がひしゃげ始める。


 どさり、と音がして1体の精霊竜が地に落ちる。それは次第に正常な精霊力に還元されていき、完全に消えていく。あとに残されたのは一塊の宝玉。精霊石というやつだな。精霊竜が取り込んでいた怨念が浄化され、純粋なエネルギーの塊となったものだ。これ1つで小さな領地が買えるくらいの価値がある。まあ、ここまで完全な形で精霊石が取れることは珍しいんだがな。


「や、やった?……レクルっ!」

「待ちなさい!」


 精霊竜が消えたのを確認してセルシャがレクルに駆け寄る。だが、消えた精霊竜は1体だけ。精霊竜はもう1体居る。慌ててライムが止めようとするが間に合わない。上空からボロボロになった精霊竜がセルシャに迫る。拙いな、あのままでは食われかねん。ライムの防壁があるとは言え精霊竜の胃に飲み込まれれば無事では済むまい。慌てて全速力で飛び込む。


「“グガァァ!”」


 精霊竜が咆え、食らいつく。障壁を展開しなんとかその顎を押さえつける。炎の精霊力が荒れ狂い、防壁が軋む。顎に力を込めるように精霊力を集めていく。それに応じて体が透けていくがお構いなしだ。私だけでも道連れにしようという事か。


「そのまま抑えておいてくださいね。」


 ライムがそう言った瞬間、一層激しい衝撃が障壁に襲いかかる。ライムの異術か。使っているのは風の異術だ。炎には水と考えがちだが、ここで水なんて打ち込めば酷いことになる。狭いところで水蒸気爆発が起きれば無事では済まないからな。私に咬み付いたままの精霊竜は風の異術をくらって私ごと壁に叩きつけられる。


「けほっ、ライム、少しは私に配慮する気はないのか?」

「あら、貴女ならこの程度はどうという事もないでしょう?」


 しれっとした顔でそう言ってくるライム。わざとやっているのではないかと疑いたくなるところだな。小一時間ほど問い詰めたいところだが、まだ精霊竜は倒れたわけではない。ほとんど虫の息だが。まずはとどめを刺すのが先だな。その実体を失いかけている精霊竜を刀で一閃する。それで精霊竜は消滅し、精霊石が残された。


 念のため他に敵が居ないことを確認し、一息つく。これでやっと冒険者の救出に移れる。ここにあるのは6個ほどの宝石だ。宝石化のブレスを受けて宝石に閉じ込められた者は精霊竜が倒されてもそのままだ。そのままでは完全に宝石に侵蝕されて石に変わってしまう。だが、今なら助けられる。


「ライム、宝石化を解除するぞ。」


 私が持ち込んでいる術だけでは到底足りない。今から組み上げてもいいが、得意な者が居るのであれば任せるべきだろう。ライムは相変わらずの手際で解除のための術を組み上げていく。


「ディーネ、これ、見てください。」


 解析を進めていたライムがある一点を指す。そのコードには見覚えがあった。ライムが指した先にあったのは、オークスブレインの特徴的なコードだ。どうやら、精霊が暴走して精霊竜になったのはオークスブレインの誤作動が原因らしい。確かにいくつも怪しいコードが含まれている。だが、これは意図的な物ではないな。いわゆるバグだろう。


「一度アンインストールしてもらった方が良いですね。」


 確かに、このコードは危険だ。精霊の暴走だけではなく、下手をすれば世界が停止しかねない。緊急用の連絡システムを使って危険を伝える。細かな話はできないが、今回の件を伝えるにはそれで十分だ。


「どう、なった?」


 セルシャが覗き込んでくる。途中で妙なものを見つけて話がそれてしまったが、解析は順調だ。後はこれを実行すれば……。最後の術式を実行すると、レクルを覆っていた宝石が分解され始める。それは氷が溶けるように赤い水に変わっていき、溶けてできた水もまたたく間に蒸発していく。


「けほっ、けほっ……あ、あれ、私……セルシャ?」


 目を覚ましたレクルがセルシャを見て驚く。次いで周りを見回し仲間の無事を確認する。ライムが自動化した術式は次々に冒険者たちを元の姿に戻していく。同時に治癒術式と浄化術式を展開して怪我を直し、毒気から守ることも忘れない。相変わらずそつがない。


「あ、あの、ありがとうございます。」


 冒険者のリーダーらしき男が代表して私達に礼を言う。彼らの記憶は精霊竜と遭遇してブレスを吐かれたところで止まっていた。精霊竜を倒したことを伝えるとほっと息をつく。彼らとしても精霊竜との遭遇は偶発的なものだった。倒せないレベルの格上の相手だったのだ。


「仕事だからな。」

「そんな言い方をしなくてもいいのに。」


 気にしなくても良いと告げる私をライムが嗜める。まあ、彼女はそう言うだろう。昔から被造物から感謝されるのが好きだったようだからな。彼女が最高神として人々に救いをもたらしていたのは感謝を求めてのことだからな。確かに感謝、というのは1つメリットだ。動機としては間違いではない。が、そもそも私は感謝を求めてやったことではない。報酬なら既にこの世界の管理者に請求しているからな。


 冒険者達を引き連れて街に戻った私達は盛大に歓迎された。街には彼らの仲間も残っており、戻ってきた冒険者たちに大層驚いていた。感動の再会という奴だな。そのまま宴会になだれ込み始めたのでそっと抜け出す。ライムと違ってそう言うのは苦手なのだ。


 屋上に上がってみたが、今回は他に人は居ないようだ。セルシャも下でレクルとの再会を喜んでいる。不幸が1つ消えたのは純粋に嬉しい。友人と死に別れるというのは悲しいものだからな。そう言えば私も友人にそんな思いをさせてしまったのだな。私は転生前の世界に残してきた友を思い、酒を口に運んだのだった。

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